優しい吸血鬼

緋奈 椋

第1話



 逃げ惑う人間たち、そして機械の体を持つ吸血鬼。追われるものと追うもの。それがこの国の全てだった。ちなみに、吸血鬼には普通の吸血鬼と機械の吸血鬼がいるということも書き足しておこう。

吸血鬼は尖った八重歯を持っていて、ほとんどのものは人間と姿形も変わらない。だから、人間には吸血鬼がどこにいるのかわからない。

吸血鬼は忌み嫌われている。想像しやすいように例を出そう。

虫の中に、蚊がいる。吸血鬼はそれのでかい版だ。そして、血を吸い上げすぎると吸われた人間は死んでしまうこともある。

特に吸血鬼は少女の柔らかい首筋と濃い血の匂いを好む。実は私は成熟した女性の血の方が好きなのだけれど。

私が教会のコックピッドの中にいる間も、時々聞こえてくる。人間たちの喧騒は。街とは少し距離があるけれど、吸血鬼は耳がいいため聞こえてしまうのだ。

「吸血鬼が来たぞ!」

誰かが叫んで、街中にパニックが広がる。母親は子供を隠し、男たちは松明と武器を持って外に現れる。逃げることしかできない弱者は吸血鬼に血を吸い上げられる。月に一回ほど、そういったイベントが起こるというわけだ。

特に私は人間たちに嫌われている。というのもちょうど百年前、村の人間たちを皆殺しにしたことがあるからだろう。

母親は子どもに、森の奥に行ってはならないと忠告する。

私のような吸血鬼に皆殺しにされてしまうと。しかし私とて鬼畜ではない、一応は。暗い森の中で子供をいたぶるような真似をしたところで、腹は膨れない。


説明はこのあたりで切り上げるとして、私は目を開ける。

眠っている。ようでいて、そうじゃない。起きている。ようでいて、そうじゃない。

 彼女は巣の中で産声を上げた。今までは卵の中にいたのだ。私は彼女に、

「おめでとー」

と言う。と言っても、人工皮膚で覆われた私の喉では、はっきりとした発音ができない。もう一日の大半をコックピットの中で過ごしている私は、だんだんと意識というものが薄くなっていくのを感じていた。

 小鳥はスクスク大きくなっていくのに、私はだんだん萎んだ風船みたいに力を失っていく。

そのことが、なんだかとても、悲しい。

ひゅうひゅうと貧しい息をして、私は目覚める。吸血鬼がこんな真っ昼間に目を覚ますことは滅多にない。要するに、眠れるだけの体力すらもうないということ。しかし私は死ぬことはない。血が通っていないからだ。

窓の外の空は青く、豊かな雲が広がっていて少し秋の匂いがする。田舎町らしい、少し煙くさい匂いだ。機械吸血鬼は鼻がいい。人間よりも感覚が強いので、人間が寝静まる夜を好む、という説もあるけれど、私はただ単に夜の方が夜目も効くし何かと都合がいいので夜の方が好きだ。

この境界にやってくる人間はいない。昔はいたけれど、それは昔の話だ。

廃れた教会の中に一つの黒い棺の形をしたコックピッドがある。そこの教会の神様の顔は失われている。

時々、どうして生まれてきたんだろうってっことを考える。この尖った八重歯も、真っ赤な血みたいな髪の毛も、黄色い瞳も、私を憂鬱にさせるには十分すぎる力を持っている。特に赤い髪は、血を連想させて、私のお腹は妙な音を立てる。黒ならまだ良かったのに。どうしてよりにもよって赤色なんだろう。

時々、人間の食べ物を食べてみようとする。それは心がというよりも、体が何かしらの栄養を欲しがっていて、無理矢理にでも何か蓄えようと画策しているような感じだった。蝙蝠の姿になって夜、人間の店に入り込み、パンをくすねてくることが増えた。体が勝手に意思を超えて動く感覚は、どこか物悲しく、ひもじいものだった。

帰ってきてパンを食べてみるのだけれどこれがまずい。パサパサに乾いていて、よく人間はこんなものを食べられるなと思う。素直に感心する。私は残り少なくなってきた血の詰まっていた瓶からグラスに注ぐ。

これがなくなる時が、私の最後だ。そう思うとなんだか頭がぼんやりとしてきて、私は考えるのをやめた。

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優しい吸血鬼 緋奈 椋 @omotimotiti

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