オペレーション・ファーストコンタクト

月天下の旅人

戦争の果てに

かつて人類は、地球圏と火星圏を二分する、長く暗い戦争をしていた。

 ロボット兵器が空を覆い、人工知能が戦場を支配し、少年たちが鉄の巨人の中で命を削った。

 ——だが、それも過去の話だ。

 今や戦火は鎮まり、かつての兵器は「開発用外骨格」や「植民地建設用重機」として転用されている。

 戦争が生んだ殺戮の機械は、今では“希望を運ぶ道具”として再び動き出していた。

 ユウマ・カザマも、その一人だった。

 彼は中性的な顔立ちの青年で、年齢は二十代の半ば。

 その細身の体には、かつて少年兵として戦場に立たされた影が今も微かに残っている。

 だが、彼の瞳は過去を映さない。——未来を見ていた。

 外宇宙開発部隊オルフェウス計画

 それは、人類が太陽系の外へと初めて手を伸ばす壮大な試みだった。

 目的地は、恒星HD-40321を周回する惑星——オルフェウス。

 地球とほぼ同じ大気組成を持ち、表面には豊富な海洋と複数の大陸。

 ただ一つの問題は、そこに「既に生命反応がある」ということだった。

 地球連合は慎重を期し、惑星本体への降下はせず、

 まずその衛星軌道上に中継基地を建設することを決定。

 ユウマはその作業員兼外骨格パイロットとして配属されていた。

 宇宙暦2319年。

 オルフェウス衛星基地アガルタに、朝が訪れる。

 観測窓から見下ろす惑星は、青と緑のグラデーションを描きながら静かに輝いていた。

 それは、かつての地球を思わせる美しさだった。

「……まるで、こっちの方が“本物の地球”みたいだな」

 ユウマが呟くと、隣の整備士が笑った。

「おいおい、詩人みたいなこと言うなよ。今日も降下準備だ。感傷は後にしろ」

「分かってる。……でも、なんか、落ち着かないんだ」

 降下任務のリーダー、レナ・ハルトマン博士は、ユウマの肩越しに惑星を見つめていた。

 金髪を束ねた若い科学者で、彼女は生態調査チームの主任を務めている。

「ユウマ、今日の調査はあくまで“観測”よ。接触は禁止。彼らを刺激しないことが最優先」

「了解。あんたの言葉は、軍の命令より重いよ」

 レナは少し笑いながら、ヘルメットをかぶった。

 彼女の瞳の奥には、科学者としての好奇心と、それを押し殺す理性が同居していた。

 降下艇が惑星の大気圏へと滑り込む。

 視界いっぱいに広がる海原、そして白い雲の切れ間から見える緑の大陸。

 着陸地点は、南半球に位置する浅瀬の島——“デルタ湾域”。

 衛星観測で、複雑な熱源反応が確認されている場所だった。

 ユウマたちは外骨格スーツ《ハウンド09》を装着し、砂浜に降り立つ。

 足元には青く透き通った水。遠くで、奇妙な生物の鳴き声がした。

「……まるで、地球の熱帯みたいだな」

「生物密度が高い。酸素比率も豊富だ。ここなら人類も定住可能……だけど——」

 レナが言いかけたその時だった。

 レーダーが、動く影を捉えた。

「接近反応!? まさか——!」

 砂丘の向こうから、何かが現れた。

 それは明らかに“機械”だった。

 だが、そのデザインは地球のどの国にも属さない。

 人型。金属と有機繊維が混じり合ったような外装。

 そして、その胸部には——脈動する光球があった。

 ユウマは反射的に構えたが、レナが叫ぶ。

「待って! 撃つな! 彼らは——観測対象よ!」

 その瞬間——。

 乾いた破裂音。

 調査員の一人が転倒し、銃が暴発。

 閃光が走り、機械の装甲を掠めた。


 一拍の静寂。


 次の瞬間、敵機の腕部が変形し、光線が放たれる。

 地面が爆ぜ、調査隊は一瞬で混乱に陥った。


「全員、退避ッ!! 退避だッ!!」


 ユウマの叫びも虚しく、次々に外骨格が撃破されていく。

 通信は途絶え、視界は火と煙に覆われた。


 レナの姿が見えない。

 ユウマは彼女を探し、崩れ落ちた岩陰に飛び込む。


「——レナ!!」


 彼女はかろうじて生きていた。

 だが、背後では“何か”が近づいてくる。


 青白い光。蠢く装甲。まるで深海から現れた異形の戦士。


 ユウマは、自分の胸の鼓動が止まるのを感じた。


人類が、初めて“他者”と出会った瞬間だった。

——それが、最悪の形であったとしても。

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