臨死・後・体験プロジェクト

白沼仁

第1話

 どのようにしたら死後の世界を知ることができるだろうか。


 あの世、冥府、彼岸、黄泉の国とも呼ばれる死後の世界について、古来より人々はそれを思い描き、また語ってきた。しかし、その世界が本当はどうなっているかを知る者はいない。なぜなら生者と死者の世界は完全に分かたれていて、死後の世界を見て生還した者はこれまで誰一人いないからだ。

 完全に分断されている生と死の境界を越えて、死後の世界を垣間見ることはできないのだろうか。最先端の科学技術を使えばそれが可能になるのではないのだろうか。


 死後の世界については、神話でも宗教でも様々な形で語られてきた。宗教の描くあの世では天国と地獄に分かれていることが多い。宗教を信ずる善人は天国に行けるが、信心なき悪人は地獄に落ちるというのは、それが本当かどうかは別にして、信仰を広めるためには有効な教えであっただろう。神話が描くあの世でも天国や地獄に似た世界が描かれることもあるが、大概は生気のない状態で死者は生前と同様の姿で永遠の時を過ごしているとされている。

 異なる神話や宗教においては、そこで語られる死後の世界の様子が大きく違っている。そのことが、(見て来たと自称する人はいるが)誰も確証を持ってあの世の実像を語ることができないということを逆に示しているように思える。


 一方、近代科学の見方では、神話や宗教で語られているようなあの世の存在にはかなり懐疑的だ。科学論者は、意識あるいは魂と呼んでいるものは脳の神経ネットワークの複雑な電子の流れから2次的に創発しているものに過ぎず、肉体が崩壊してしまえば、脳を基盤にして生じている意識は消滅すると考える。肉体も精神も塵が寄せ集まった物からできた我々は、死んでまた塵にかえっていくだけだという思想だ。この考え方では死後の世界が存在する余地は無い。

 しかし、理論物理学の知見から、死後の世界が存在する可能性があると考える人もいる。これは宇宙の成り立ちを説明するホログラフイ理論という考え方を拡張した考え方だ。元々はブラックホールの研究に基づいている。ブラックホールでは、事象の地平線、つまりシュヴァルツシルト半径を越えて物体が中に落ち込んでいくと、光さえも脱出できないので、そのブラックホールの内部情報は知りえなくなる。ブラックホールの理論的な研究からブラックホールの中に落ち込んだ物体の情報はブラックホールの内部ではなく表面に保持されていることが明らかにされている。

 このブラックホールの研究から、今の宇宙における我々自身の存在もホログラフイのように宇宙の果ての2次元情報から映し出された影のようなものではないかという考え方が出てきた。これがホログラフイ理論と呼ばれる考え方だ。この宇宙に生起する全ての出来事が、もしも宇宙の果ての2次元情報として書き込まれていたものが投射されてできた影のような存在だとすると、この世で誰かが死んだとしても死後を含むその人の全情報は2次元に消えることなく残っていているはずだ。それの情報が投射された世界があれば、それがあの世なのだとする考え方だ。しかし、そもそもホログラフィック理論が正しいかどうかも今のところ確証があるわけではない。


 死後の世界を知るためには、まず死とは何かということをきちんと定義する必要がある。一般的に医療現場で行われている死亡定基準は呼吸、心拍、瞳孔反射の3つの停止である。この3点を確認して死を判定する。


 これまでに死後の世界にかなり接近していると考えられている現象が、臨死体験だ。臨死体験とは、死の判定を受けたか、あるは非常に死に近い状態から蘇生した人が体験したことを指す。この現象については、多くの科学的な検討が行われてきた。臨死体験者は人口の10%程度いるとの報告もある。

 臨死体験には共通した特徴が見られることが知られている。例えば、小川の流れる花畑のような場所に行ったとか、光に包まれるような体験をしただとか、既に亡くなっている親しい親族が現れて、引き返すようにさとされた、といったような体験である。これらの体験をあの世の入り口を見た体験だと主張する人も中にはいる。

 しかし、これらの体験はあの世に行った証拠というよりも、死に直面して脳内に放出されるエンドルフィンのような麻薬に似た作用のホルモンの影響による幻覚と考えた方が合理的だとする研究者が多い。

 死後に脳はどのような経過をたどるのかはある程度解明されている。心拍が停止して血流が止まると、10秒以内に意識がなくなる。そして1分以内に呼吸も停止する。脳の神経細胞は通常の温度では、徐々に死滅していくが、適切に処置された低温状態では半日以上生存可能である。

 脳波については、生きている間に主に検出されるアルファ波やベータ波は、血流停止数十秒後には周波数の少ないシータ波やデルタ波になり、1分以内に平坦化(フラットライン)する。一方で、心停止直後にガンマ波が爆発的に増える現象が観察されていて、これが死の直前に見るとされている走馬灯のような現象と関連しているのではないかと考えられている。しかし脳波は脳の神経回路の電気信号の総体は反映しているが、脳神経の詳細な活動状況については、具体的にどうなっているのかはよくわかっていない。


 死亡の判定後に、脳を低温状態で長時間維持し、脳波のような大雑把な信号ではなく、神経細胞ネットワークの微弱な活動状況を全て検出して記録し、死亡後にどのような思考や感覚が生じているかを分析できれば、私たちが、死後の世界を垣間見ることができる可能性があるのではないか。この仮説の検証を私たちの研究所では「臨死・後・体験」プロジェクトとして推進することになった。


 このプロジェクトを達成するための基本技術は、マインドアップロードの技術開発によってもたらされた。マインドアップロードというのは、簡単に言えば、個人の意識は脳の神経細胞ネットワーク上での電子の流れから発生するので、それをコンピューターの電子回路上に再現できれば、個人の意識をコンピューターに移植できるとする考え方である。人間の脳からコンピューター上で意識を再生できれば、それで人間の不死化が達成できるのではないかという考えのもとで、一部の人たちはマインドアップロードのための技術開発を強力に進めていた。


 マインドアップロードを実現するためには、二つの大きな技術的なハードルがあった。脳の神経細胞ネットワークの解析とそこに流れている電子の状況を検出して記録するための技術開発だ。

 脳では1個の神経細胞が約1万個の突起(シナップス)を持っていて、他の神経細胞のシナップスと結合してネットワークを形成している。脳は約1,000億個の神経細胞と数百兆にのぼるシナップスで複雑なネットワークを形成しているが、先ずこのネット―ワークの構造を分析する必要があった。この課題については、超高解像度の脳断層撮影の技術開発により、神経細胞のシナップスで形成されている複雑な脳神経ネットワークのマップを完全に作成できるようになった。


 さらに、脳内に極小の生体適合センサーを埋め込むことで、神経細胞間の電気的な信号がどのように伝わっているかも解析できるようになった。このセンサーは埋め込まれた後に神経細胞ネットワークの隙間にナノサイズの細いプローブを無数の糸のように伸ばして、それを介して神経細胞間の電子の流れを網羅的に検出できる。このセンサーはその形状からスパイダーと呼ばれている。検出された膨大な情報は外部に無線通信により接続されたコンピューターに記録されて分析することができる。


 脳神経ネットワークのモデルとスパイダーで得た電気信号を組み合わせてAIで解析することにより、マインドアップロードの基盤技術は完成の域に達していた。

 さらにスパイ―ダーを使って得られた信号を視覚情報に変換する技術はAIを使ってかなりできるようになっていた。この脳活動から視覚情報を得る技術は、これまでにもfMRI(機能的磁気共鳴による画像解析)とAIを使ってある程度できるようになっていたが、スパイダーから得られた大量のデータを使えば本人が視覚として捉えているものを、リアルで鮮明な画像として完全に再現することができるようになった。


 スパイダーのもう一つの大きな利点を挙げておかなければならない。これまで脳波の解析では死亡の数十秒後にはフラットラインになってしまう。つまり脳の活動は停止してしまうと考えられていた。しかしスパイダーによる脳内の電気信号の解析では、神経細胞が死滅してしまわない限り、非常に微弱な電子の流れが続いていることが明らかになった。脳をある程度低温にしておくことにより死亡後24時間から48時間まで脳の信号を記録することができるようになった。つまり、死亡判定後に死者がどのように死後の世界をどのように見て感じているかをこの方法で追跡し調査することができるということだ。

 

 マインドアップロードを目指す人たちはスパーダ―を装着しているので、その人たちが死亡判定を受けた後の脳の微弱な活動状況のデータが実際に得られるようになっていた。マインドアップロード自体の目的には、この死亡判定後の脳の活動情報は全く不要なので、これまで死亡後の脳の活動状況について詳細な解析はされていなかった。

 その結果、死亡後に得られた脳の活動データをAIにより視覚化した結果から、死亡直後には、これまでに報告されているような臨死体験が起こっていることが裏付けられた。まず走馬灯のような自分の過去の記憶が早送りのビデオのように高速で再生されていた。次に個人によって異なるが、様々なあの世のイメージが想起されていた。例えば、花畑が見えるとか、綺麗な小川があってそこを渡っていくとか、光に包まれる体験とかであった。中には地獄のような風景のイメージが現れてくる人もいたが、いずれにしても、今までの神話や宗教の中に出て来るあの世のイメージあるいは臨死体験で報告されてきた内容を越えたものはなかった。これらのイメージが検出されたのはいずれも脳波でいうとデルタ波やシータ波が検出されるあたりまでだったので、死亡判定後の短時間で得られたイメージだった。


 しかし、死亡判定後に長時間が経過して、脳波がフラットラインになってしまう領域に入るとAIによるイメージが生成できなくなった。微弱な電気信号は増幅しても画面はノイズのようになってしまった。AIは基本的に電気信号と実際に見ている画像を比較して、画面の生成のための学習を行っているので、全く見たことがない信号の画面生成は難しいようだった。


 コンピューターを使った臨死・後・体験のイメージの生成がうまくいかなかったので、スパイダーを電気信号の取得ではなく、逆に出力に使って被験者に脳波がフラットラインの時の微弱な電気信号の変化を被験者に体験させる方法をとることにした。

 つまり、Aという人のスパイダーから得られた死亡後の脳の活動情報をBという被験者に設置したスパーダ―を通じてBの脳に送り込む。このことにより、BはAの死後の意識や知覚を体験することが可能になる。


 このAの死亡後の脳活動を被験者Bの脳にアップロードするやり方は、技術的にもかなり難しくて、被験者のリスクも高くなる。しかし、この臨死・後・体験プロジェクトを推進している主要メンバーの一人として、私はこの死亡後の脳活動を自分の脳にアップロードする被験者になることを志願した。そのための準備として私の脳内にスパイダーを埋め込んだ。


 臨死・後・体験の実験は私が所属する研究所の医療施設で行われた。まず麻酔で意識を消失させ、さらに低体温処理することにより、私自身の基本的な脳神経の活動はほぼ完全に抑制された状態になる。その上で、スパイダーで記録した死亡した人の脳神経の活動記録の信号を増幅してスパイダーを通じて私の脳に流す。

 これらの処置によって私自身の脳の活動はスパイダーを通じて上書きされて、別の人の記録された臨死・後・体験を、私が主観的に体験できるという仕組みだ。私が昏睡状態の間は、心電図、血圧、脈拍、酸素飽和度などのバイタルサインをモニターが行われ、万全の体制で私の安全は確保される。そして死亡後脳記録を私が体験した36時間後には蘇生処置が行われることになる。


 この方法で私はついに臨死・後・体験をすることに成功した!


 私の脳内でスパイダーを介した臨死・後・体験が再生されると、先ずこれまで臨死体験で報告されているような、走馬灯のように生前のビジョンが高速の早送りビデオのように展開した。それが終わると私は明るい草原に立っていた。季節は初夏のようだったが、清水が流れている小川を裸足で渡って行った。下を見ると浅い川底には小さな魚が泳いでいた。水面には光が反射してきらきら輝いていた。川を渡り終えると老夫婦が微笑みながら出迎えてくれた。随分前に亡くなった私を可愛がってくれていた祖父母だった。私は懐かしさとともに深い安堵を覚えた。二人と手を繋いで赤い花の咲き乱れる美しい草原を歩いていくと、向こうに光の輪のようなものが出現していた。その向こう側に引かれるようにして私は光の輪を潜って行った。


 輪の先は暗闇だったが、足元にはぼんやりと道のようなものが見えていた。後ろを振り返ってみるともう光の輪は無くなって、祖父母の姿も消えていた。遠くに少し光が漏れている場所があるようだったので、とりあえずそこを目指して歩いていくことにした。だんだん暗闇に目は慣れてきたが、私は山道のような所を歩いているようだった。狭い道の両側には黒い山々のようなものが迫っていた。見上げても星も月も見えなかった。道にはなだらかな起伏があり上り坂だったかと思うと、次には下り坂になり深い谷底を歩いているようだった。時々立ち止まっては、周囲を見回した。しかしほとんど全てが黒く塗りつぶされたシルエットのようになっていて、何があるかはわからなかった。時間の経過に対する感覚は曖昧で、まだ数時間しか歩いていないようにも1カ月以上こうしているようにも思えた。


 谷を抜けて上に登っていくと、向こう側の開けた場所に出た。後ろを振り返ると、やって来た道は消えていた。私には、ここが終着点であり、死者が行きつく最後の場所であることがわかった。


 眼の前に展開している死後の世界は、これまで神話や宗教で語られてきた、あの世の姿とは全く異質なものだった。


 昼とも夜ともつかない灰色の曇天のような空の下、遥か遠くの地平線には山脈のような巨大なものが少しずつ形を変えながら移動しているようだった。広大な大地の所々にはバイオモルフの幾何学的な塔のようなものが点々と立ち、無数の何かが地表を覆い尽くしてひしめきあっていた。それらは、タンギーの絵の中に出てくるような、青灰色や薄いピンク色のバロック真珠のような光沢があり、大小様々な歪んだ貝類のような形状をしていた。そして私はいつの間にかその奇怪な形状の物に同化していた。 


 時間はなくただわずかな変化だけが続いていた。遥か遠くまで広がる曇天の雲のような所の隙間からチューブのようなものが幾つも静かに降りてきた。そして地表にうごめいている鉱物とも生物とも区別がつかない物を次々と吸い上げていった。私は為す術もなく吸い上げられて意識が遠のいていった。


 気づくと、私は研究所の医療施設のベッドの上で蘇生処置を受けていた。医者や看護婦、同僚たちが私を心配そうにのぞき込んでいた。ベッドの周囲には、医療機器や私の脳内のスパイダーと接続するためのコンピューターなど電子装置が並んでいるのがぼんやり見えてきた。曖昧だった意識は徐々にはっきりしてきたが、まだ朦朧もうろうとした状態が続いていた。

 そして突然、私は臨死・後・体験プロジェクトの被験者になっていたことを思い出した。

 私はとうとう今まで誰も見たことのなかった本当のあの世の姿を見てくることに世界で初めて成功し、生還できたのだ。私は歓喜の気持ちでいっぱいになり、起き上がろうとした。


 けれども何か周囲の様子が何か変だった。私は何か大事なものを見落としていたのではないかと思った。私の周囲いたはずの人たちは皆、いつの間にか巻貝を裏返したような光沢のある名状し難い物に変容していた。そして、周囲にあったはずのコンピューターや機器類は遠くに遠ざかって、溶けた塔のように点在していた。治療室の白い天井と思っていたところには茫漠ぼうばくとした灰色の曇天のような空間が広がっていた。


 どうやら私はまたあの奇怪な世界に引き戻されてしまったらしい。


 あの世を見た者は二度と生者の世界には戻ることはできないという、神話の時代からの鉄則があったことを私は思い出していた。

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臨死・後・体験プロジェクト 白沼仁 @siranuma

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