手の道にかえる

清水らくは

手の道にかえる

 この交差点の信号は長い。


 五差路になっているのが主原因だ。そしてどの道も交通量が多い。


 目の前の車道に、小さな緑色の何かがあった。いや、私はそれが何かはっきり知っている。蛙が好きなので、アマガエルなのだと明確に分かった。ただ、なんでいるのかはわからない。


 車の車輪が、ぎりぎりのところを駆け抜けていく。いつ轢かれてもおかしくない位置だ。


 助けたい、と思った。けれども、ひっきりなしに車が通る。


 私は、自分の命を賭けてまでは、と思っている。当たり前だ。蛙のために普通はそこまではしない。


 ただ、右手を伸ばしていた。助けたい気持ちはある、と言い訳をするかのように。


 一筋の闇が、蛙に向かって伸びていた。夜になる前のような、薄い闇、そして周囲の車が、光の中で止まっていた。


 何が起こったのだろう。わからないけれど、手を引っ込めてはいけないと思った。蛙がこちらを向いて、はっきりと頷いた。私もつられて頷いた。


 ぴょんぴょんと跳ねながら、蛙は闇の中を飛んでいた。そこは、道のようだった。


 そして、蛙は私の手のひらまでやってきた。私は近くの空き地まで歩いて行って、草むらの中に手を置いた。蛙は大きく跳ねて、自然の中に戻っていった。


 私は右手をじっと見た。そこには、いくつもの白線が刻まれていた。


 何か奇跡が起こったのだろうか。私は超能力者なのだろうか。右手を道に向けて伸ばしてみたが、闇の筋どころか何も現れない。


 とりあえず一匹の蛙が助かった。それでいいじゃないか。


 横断歩道に戻ってくると、歩行者用の信号は赤になっていた。再び、長い信号待ちが始まる。

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