某月某日
イノエ
一月十三日 成人式
朝、目が覚めた私が部屋の窓を見やると、ちらちらと雪が舞っていた。
白い粒子がゆっくりと落ちていく様子を、みんな「めでたい」と言う。雪というものに私は触れたことがない。実物を見たこともない。居住区の天蓋を丸ごと覆うディスプレイに映し出される、ただの立体映像なのだけれど。
それでも、祝日の朝は雪が降る。それが当たり前なのだ。
部屋から出てリビングに向かうと、母が待っていた。
「ようやく起きたのね、もう準備はできてるよ」
困ったように笑っている。浮き出しあっているようで、それでいて少し寂しそうでもあった。
用意してくれたのは、淡い朱色の成人衣だった。
肩から足元まで流れる布で、ところどころに古い幾何学模様が刺繍されている。袖がとても長くて、手を伸ばすと布がふわりと垂れた。
「引っかけないようにね」と母がぼそりとくぎを刺す。
そう言われても、こんなに長いと無理だと思う。
袖が長いほど、未熟な人間であることを示すのだよ、といつか祖母は教えてくれた。
だから成人の日には、みんな少しだけ不便な服を着る。
私は十六歳で、まだ完成した大人とは言えない。
だから今日は、未熟なままの自分を包む長い袖をつけて成人式に臨む。
新しい自分になるために。
母に手伝ってもらって着付けはどうにか終わった。鏡に映る自分は、少しだけよそ行きの顔をしている。
なんだか借り物みたいで、でも少し誇らしい。どこか高揚した足取りで玄関を出た。
「いってらっしゃい」
母は手を振って送り出してくれる。
「いってきます」
と、私は返した。
変に他人行儀な空気に、二人して笑ってしまった。
中央広場へ行くと、同い年の子たちが集まっていた。
みんな色の違う成人衣を着て、落ち着かなさそうに袖をいじったり、髪を直したりしている。式が始まる前に、互いの姿を撮影し合うのも決まりごとだ。
ミオが私のそばに来て、ひそひそ声で言った。
「その色、すごく似合う」
「……ほんと?」
「うん。大人っぽい」
その言葉だけで、胸のあたりが少し熱くなった。
ひとしきり撮影を終えたあと、みんなで講堂のドアを開ける。
しばらくして、式典が始まった。壇上に立った区長は、特に緊張している様子もない。
彼は毎年、同じ文言を読み上げる。
「あなたがたは、今日をもって成人となります。
星々のあいだで生きる一個の人として、誇りを持って歩みなさい」
この言葉がどこから来たのかは、もう誰も知らない。
それでも、静かな声で読み上げられると、広場全体が少しだけ引き締まる。
名前を呼ばれた順に、成人石の前へ進む。
黒くて滑らかなその石に、そっと手を当てる。ひんやりしていて、なぜか落ち着く。目を閉じて、ほんの少しだけ息を止めた。
昔はここで、何かを誓っていたのだという。
それが何だったのか、今はもう知るすべもないのだけれど、みんな自然と黙って、冷たい石に自分の体温を分けていった。
それだけで、十分な気がした。
式が終わると、家族と合流して記念食をとる。
赤い粒が混ざった、もちもちした主食が出てきた。毎年、成人の日にはこれを食べる。見た目は甘そうなのに、口に入れると意外な塩味がする。兄弟の成人の日にも一度食べたが、正直あまりおいしいと感じたことはなかった。まあ、伝統なのだろう。
「いっぱい食べなさい。今日はお祝いの日なんだから」
母に言われて、私は少しだけ多めに取った。口の中が塩辛い。
写真もたくさん撮った。
袖が邪魔でうまくポーズが取れなかったけれど、みんなで笑ったから、きっといい記録になる。
夜になって、居住区の外壁越しに星々がゆっくり流れていくのを見ながら、私はこの日記を書いている。
今日一日で、何かが劇的に変わったわけじゃない。
それでも、「ここまで」と「ここから」を分ける線が、確かに引かれた気がする。
その線の上に、少し長い袖を引きずった私が立っているのだ。
1月13日は成人の日。
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