王宮のサスペンダーズ

火之元 ノヒト

第1話 始業のベルは重力と共に

 午前6時30分。王宮地下、第三騎士控室。

 空気は湿り気を帯び、微かにサロンパスと高級な百合の香油が混ざり合った、独特の匂いが充満している。


「今日の湿度は68%だ……。重くなるぞ」


 ゲイルは、無骨な手でロッカーを閉めると、深く息を吐いた。

 彼はまるでこれから爆弾処理に向かうかのように、右腕に幾重ものテーピングを巻き付けている。手首、肘、そして上腕二頭筋。白亜の包帯が、彼の太い腕をさらに一回り大きく見せていた。


「またそんなにガチガチに固めてんのかよ、石頭ハードヘッド


 隣で優雅にコーヒーを啜っていたのは、ジュリアンだ。彼は左手の指一本一本に、専用の柔軟オイルを塗り込んでいる。


「言っただろう、ゲイル。陛下は剛より柔を求めておられる。君の右腕は、まるで建築現場の鉄骨だ」


「うるさい、軟弱男ソフトハンド。俺たちが支えるのは建築物以上の質量だ。お前のその貧弱な手首が砕けないことを祈るんだな」


 二人は視線をぶつけ合う。だが、そこには奇妙な連帯感があった。

 これから向かう場所は、この国で最も過酷な戦場――女王陛下の寝室なのだから。


 午前7時。女王の寝室。

 天蓋付きの巨大なベッドの中央に、その山脈は鎮座していた。

 女王エルザ。大陸全土の魔力を一身に集める彼女の肢体は、薄いシルクの寝間着越しでも、暴力的なまでの官能を放っていた。


 特に、その胸部。それは単なる膨らみではない。魔力が結晶化した、流動する宝石。推定重量、片側32キログラム。重力に逆らい、たわわに、そして傲慢に存在を主張する国家の宝珠。


「……おはよう、二人とも」


 エルザがけだるげに身を起こすと、その動きに合わせて、寝間着の下の質量が重々しい音を立てて揺れた。まるで水風船に水銀を満たしたかのような、重厚な揺らぎ。

 ゲイルはごくりと喉を鳴らした。劣情ではない。恐怖と、畏敬だ。


「おはようございます、陛下」

「これより、装着ドッキングを開始します」


 二人はベッドの両サイドに膝をつく。ここからが、本日最初の、そして最大の難所だ。

 エルザが寝間着の前をはだける。

 視界が白一色に染まる。雪崩のような肌の輝き。血管の一本一本が魔力の光を帯び、透き通るような白磁の肌が、熱を孕んで脈打っている。


「失礼いたします」


 ゲイルは右手を、ジュリアンは左手を差し出す。

 目指すは、その巨大な半球の底。重力の負荷が一点に集中する、最も柔らかく、最も熱い場所。


 ゲイルの右手が、右の乳房の下へと潜り込む。

 手のひらに伝わるのは、人肌を超えた高密度の魔力熱。そして、指が沈み込む感覚。

 低反発のクッションなど比較にならない。武骨な指が、掌底が、吸い込まれるように肉の海へと没していく。

 あまりの柔らかさに、どこまでが自分の手で、どこからが女王の肌なのか境界が曖昧になる。


(くっ……! 今日の張りは凄いぞ……!)


 ゲイルは歯を食いしばる。手のひらいっぱいに広がる、圧倒的な重量感。ずしりと手首に食い込むその重みは、まるで温かい鉛の塊だ。

 だが、表面は恐ろしいほど滑らかで、指先が少しでも気を抜けば、つるりと滑り落ちてしまいそうになる。


「……んッ」


 エルザが微かに艶めいた声を漏らす。

 ゲイルの太い指が、敏感な下乳のラインを無意識に押し上げたせいだ。

 

「ゲイル、力が強いわ……もっと、優しくして」

「も、申し訳ありません!」

「ほら見ろ、不器用な奴め」


 反対側で、ジュリアンは涼しい顔で左乳をホールドしていた。彼の細長い指は、まるでピアノを弾くかのように肉の弾力に合わせて絶えず微調整を繰り返し、衝撃を殺している。

 ジュリアンの左手が、たわわな肉を掬い上げ、揉みしだくように――いや、最適化するように形を整える。その指の動きに合わせて、左の乳房が妖艶に波打つ。


「陛下、左側のポジションはいかがですか?」

「ええ……ジュリアンは相変わらず上手ね。そこ……指の腹が当たるところ、気持ちいいわ」

「光栄です」


 ジュリアンがニヤリとゲイルを見る。

 ゲイルは額に脂汗を浮かべながら、必死に右腕の筋肉を硬直させていた。

 彼の役割は固定。ジュリアンが免震なら、ゲイルは耐震。

 右乳の圧倒的な質量を、掌全体で受け止め、広背筋を使ってリフトアップする。手のひらの皮膚一枚一枚が、女王の肌に吸着し、汗と熱で密着度が増していく。

 

 むわり、と甘いミルクのような香りが鼻孔をくすぐる。

 目の前には、自分の顔よりも巨大な果実が、今にも溢れ出しそうな迫力で迫っている。先端の桜色は、薄い生地越しに怒張し、その生命力を誇示している。


「では、立ち上がります」


 女王の号令。これが一番危険だ。

 エルザが腰を浮かす。

 その瞬間、二人の腕に掛かる重力が倍増する。


「ぐぅッ……!」

「っと……!」


 物理法則を無視した重さ。

 肉の雪崩が、二人の掌を押しつぶしにかかる。

 ゲイルは右足を踏ん張り、床の石材にヒビが入るほどの力で耐えた。右腕の血管が浮き上がり、悲鳴を上げる。だが、その手の中にある神聖な柔らかさだけは、絶対に傷つけない。

 鉄の爪で卵を掴むような繊細さと、暴れる猛獣を押さえつける剛腕。その矛盾する二つを同時に実行する。


 立ち上がった反動で、双丘が大きく上下する。

 そのたびに、ゲイルの手のひらは、豊満な肉に揉みくちゃにされた。埋まり、押し返され、また埋まる。

 右手の指の間から、収まりきらない肉がはみ出し、熱い吐息のような感触を彼の手首に残す。


「ふぅ……。今日も、頼むわね。私のサスペンダーたち」


 エルザは顔を赤らめ、潤んだ瞳で二人を見下ろした。

 自分の全体重を、そして国家の運命を、男二人の掌に預けたまま。


「御意」

「イエス・マジェスティ」


 ゲイルとジュリアンは同時に答える。

 ゲイルの右手は、すでに女王の体温でじっとりと濡れ、その皮膚感覚は完全に女王の一部と同化していた。

 ここから就寝までの16時間。

 この温かく、重く、恐ろしく柔らかい国宝から、一秒たりとも手を離すことは許されない。

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