第3話
「は、はい。ジェードさま。私はこれから婚約者として、セオネードさまとお付き合いすることになりました」
彼の言葉に感情が伝染したのか、ジェードまでガチンと固まった。
かと思いきや、思いきりため息をつくと、崩れ落ちるようにソファへ身を沈める。
「セオネード。君はこれまでの賢女としての評判を落とすつもりか?」
「どういうこと?」
「恋愛に興味を持つなとは言わない。君だって恋の一つや二つ経験したいというのは分かる。だがこれが、本当の恋人だと言えるのか?」
そんなこと、百も承知でやっている。
さっきもエドに言われたばかりだ。
それでも、誰かに用意された相手ではなく、自分自身で結婚する相手は選びたい。
私はそのためにも時間が欲しい。
「それを決めるのは、ジェードじゃない。私よ」
隣に立つ緊張を隠せないエドの腕に、私は自分の腕を絡めた。
「とにかく、私は彼を婚約者にすると決めたの。そうなったからには、私の決定に従ってもらうわ。そうでしょ?」
エドに身を寄せると、ジェードから見えないよう、その脇腹をつつく。
彼は私の合図に気づくと、即座に反応した。
「ジェードさま。私はこれから、殿下に相応しいお相手となるよう、精一杯努めさせていただきます」
ガチガチの棒読みではあったけれど、今回ばかりは合格点を出してあげる。
エドの手が私の肩に触れ、その肩を遠慮がちにでも自分の側に引き寄せた。
「どうか殿下のお気持ちをお汲みとりください。決して殿下の汚点にはならないよう、誠心誠意努力いたします。ジェードさまには、どうかこれからも末永く……」
「黙れ!」
ジェードの振り上げた拳が、エドの腹を突き上げる。
アンバーの口から悲鳴が上がった。
「やめなさい、ジェード! これ以上の無礼は、たとえあなたでも許しません! 衛兵! 彼に退出を!」
「殿下!」
「下がりなさい!」
複数の兵士たちがジェードを取り囲む。
彼はようやく観念したのか、渋々ながらも大人しく部屋を出て行った。
アンバーに人払いをさせ、ようやく三人だけとなった部屋で、片膝をつきうずくまるエドの背に触れる。
「大丈夫ですか?」
殴られた腹を痛そうに押さえていた彼を、ソファに座らせる。
エドは遠慮がちな、はにかんだ笑みを浮かべた。
「はは。早速それらしいお役目を果たせて、満足しております」
アンバーが医務官を呼ぼうと説得しても、彼は大げさだと断った。
「これくらいで弱音を吐くようでは、これから殿下の恋人役は勤まりませんよ。覚悟を決めるいいきっかけになりました。そうでなくては、長年殿下に想いを寄せられていたジェードさまにも、申し訳ない」
彼はよろよろと席を立つと、腹に手を添え歩きにくそうにしながらも、丁寧に頭を下げた。
「では、本日はこれで失礼させていただきます。これから、よろしくお願いします」
ジェードに続いて、エドも部屋を出て行った。
苦痛を隠した笑みを浮かべたまま、型どおりに頭を下げ退出していく。
「エド、待っ……」
本当に、このまま帰してしまっていいのだろうか。
今になって、申し訳ない気持ちが浮かんでくる。
怪我の状態は気になったものの、引き留めるのも悪い気がした。
こんな時、本当の恋人同士だったら、どんな風に接したりするんだろう。
私には、それが分からない。
扉が閉まる。
彼の姿が見えなくなった瞬間、私はこれまでの緊張から一気に解放された。
気の緩んだとたん、心理的な疲れがどっと押し寄せてくる。
ソファに倒れ込んだ私の隣に、アンバーも雪崩れ込んだ。
「あぁ……。今日はホント疲れた」
「全くですよ」
アンバーはもたれかかったソファの肘からゴソリと体を動かすと、灰色の目を半開きにしてじっと私を見つめる。
「本当に、これでよかったのですか、セオネードさま」
「……。まぁ、なるようになるしかないでしょ」
始めてしまったものは仕方がない。
私にだって、それなりの覚悟は持ってきたつもり。
去り際に役目を果たせて満足したと言った、彼の控えめな笑顔を思い出す。
それがとても、悲しくも寂しくも見えた。
「まぁせいぜい、頑張ってもらいましょう」
必要な対価は十分用意してある。
これは仕事であり契約なのだから、しっかり働いてもらわなくちゃ。
だから私は彼に、罪の意識を持つ必要なんて、ない。
「どうなっても、私は知りませんからね」
「大丈夫よ。ダメだと分かったら、別れればいいんだもん。契約書もあるし」
「あー……。そんなものが、どれだけ効力を発揮するんでしょうね」
「いいわよ。これでしばらくの間だけでも、仕事に集中出来る時間を作れるなら、安いものよ」
はい。
この問題はこれでお終い。
せいぜいエドには、恋人としての役目を果たしてもらいましょ。
だから私も、前を向き満足しなくちゃ。
「じゃ、残りの仕事を片付けてくるわね」
私は応接室を出ると、執務室へと向かった。
王女殿下は下級官吏を婚約者に選ぶ 岡智 みみか @mimika
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。王女殿下は下級官吏を婚約者に選ぶの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます