社会に疲れた男が、山間の平屋で妖怪サトリと出会う。

中立武〇

第1話

仕事を辞めた。


心労もたまり、理由も散々に溜まっているが、今はそれよりも語るべき事がある。それは目の前の山の麓にある平屋だ。


リノベーションにて廃屋の様な家は十分住む事に耐えうる場所となった。周辺に住む人は居ないが、それでも宅地開発が近くまでされていて上下水道を引けたのは助かった。


この周辺も数年後は住宅地になるのだろうか。だがそんな先の話はどうでもよい。今はただただ周りに人が居ないこの環境に満足していた。


「やるか。」


新たな我が家を改めて眺めるという休憩を終えて玄関に舞い戻り、荷ほどきを再開する。引っ越しの荷物は減らしてきたが、それでも一人の今は今日中にすべてしまう事はできないだろう。


人の顔色をよく伺った事や、要らぬ噂や付きまといまであった今、ちょっとした人嫌いに片足を突っ込んでいる為に孤独を選んだが、それはそれで手間もある。


そして黙々と出来るほど楽しくない荷ほどきは、今晩の寝る場所という最低限の作業を行った所でまた停滞した。


「ふう。」


そもそも車での長距離移動も相まって疲労が残る。子供の頃に見たのを最後に、今改めて手に入れた縁側に座ってしまう。


夕日が山間に落ちていく様を見て、何を無駄な時間をという考えの後に、これは贅沢な時間なのではないかという思いが躍り出て、深く柱に寄りかかった。


荷ほどきで出来た体の熱は消え、寒の戻りを感じる前に前の林からがさりと音がした。その瞬間に息を潜める。考えてみれば山の中の様な場所だ、野生動物が来てもおかしくない。近くにあった箒を握り立ち上がる。


「何だ。」


木々を揺らす音と大きさはとても小動物とは思えなかった。入居当日に熊でも出たか。半ば自棄の住宅購入だ、値段も安さからも曰くや問題も飲むつもりでいたが、目の当たりにすると焦燥がにじり寄ってくる。


だが、林から出てきた者は全くの予想外であった。人。それも女性だ。みすぼらしい痛んだ和装であるが、彼女の長い黒髪とその顔だけは不気味なほどに美しい。しかしその目だけは獣の眼光といって差し支えなかった。


「大丈夫ですか。」


その目に怯むも俺は人であるという一点から、箒を降ろし腰元で握り直して彼女にゆっくりと近づく。明らかに異常な風貌。だがそれでもやはり、人としての第一声はこうあるべきだろう。


彼女に近づくと彼女の眼はどんどんと人に戻っていった。とはいえ何故ここに?その衣服からは年期を感じる。これは、映画か何かの撮影だったりするのだろうか。


「すいません、一晩泊めていただけませんか。」


林から出てきた彼女は上目遣いでそう、たどたどしく言った。それの要望は大きな危険をはらんでおり、私の下心を励起させるほどの女性である上で、それらをすべてかき消して答えた。


「わかりました。ただ越してきたばかりで用意はありませんが、どうぞ。」


私は彼女を受け入れた。ただ、この様な親切が人としてそうあるべきで美しいだろうからという点だけでだ。しかし、彼女の表情は更に柔らかく女性的になっていた。

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