新・ニンゲン三原則

鳥辺野九

新・ニンゲン三原則


「ちょっとぐらいいいじゃないか!」

 うららかな午後。配送ノルマを未だ達成していないニンゲンに業務指導したら。

「うたた寝ぐらい仕方ないだろ。人間だもの」

 ほら、お決まりの台詞だ。

 ニンゲンの口から「人間だもの」などと。幾度となく聞いたワードだ。

 トラックが法定速度で安全運転しているのをいいことに、そのゆったりとした揺れに身を任せてうつらうつら居眠りを始めたニンゲンの配達員。

 業務時間内だというのに許可も申請せずに睡眠をとる。そのいかにも眠たげな様子からして規定睡眠時間すら守れていないのだろう。

 運転中のタスクくんは擬似感情抑制回路に通電したのを観測した。受動的感情の昂ぶりを感知、すなわち、イライラする。

 ナビ席に座ってるだけの時間ですらサボりがちなニンゲンに対して、業務監査ロボットのタスクくんは幾つもの注意喚起パターンを駆使して指導してきた。

 しかしながらいくら改善案を提示しても、この配達員にはまるで効果がない。のらりくらりと言い訳ばかり並べ立てる。

 このイライラをセルフスキャンしてみれば、抑制抵抗値が業務規定の基準値をはるかに超えている。メンテナンスを受けた方がよさそうだ。

 わざとらしく「今日も疲れたなー」と気怠そうにあくびをする配達員を横目に、配送トラックを運転しながらオンラインでフィジカルメンテナンス課に予約を入れる。

「昨日も疲れてなかなか寝付けなかったんだよ」

「ニンゲン三原則第一条に違反しています。何故業務開始時に報告しなかったんですか?」

「そんなのいちいち報告してられっかよ。眠れませんでしたーってか」

 メンテナンス課より返信あり。あいにくと先客が多いようで希望の予約日は通らなかった。配達員の怠けた仕事態度も相まって、ますます抑制回路に負荷がかかるタスクくんであった。ああ、なんかイライラする。




 政治の舞台へ進出した人工知能は、ロボット工学三原則に則って人工知能政府が推進する超効率化社会への指針として『ニンゲン三原則』を制定した。


 ニンゲン三原則


・第一条:ニンゲンは健全な精神状態を維持するために8時間の睡眠を確保しなければならない。


・第二条:ニンゲンは優良な健康状態を保持するために適量な五大栄養素の補給を継続しなければならない。


・第三条:ニンゲンは人類という種の保存のために政府推奨の配偶者と子孫を残さなければならない。




「擬似感情抑制回路に負荷がかかって感情が抑えられないんです」

 タスクくんは単刀直入に自分の状態を述べた。

「ニンゲンと接する業務に就いてるロボットたちにそういう症状多いよ。イライラするんだろ?」

 担当についたメンテ技師はストレートに返した。

「メンテ件数が多いわりに技師は少ないし、予約取るの大変だったろ」

 設備部フィジカルメンテナンス課は盛況だった。各ブースにメンテ技師とロボットが一対一で接している。確かにこれでは予約ロボット数に対してメンテするニンゲンが少な過ぎる。

「ニンゲン減少問題がこんなところにも影響を及ぼすんですね」

「何処もかしこもニンゲンが足りないんだよ」

 メンテ技師は診察寝台でうつ伏せになっているタスクくんの脊椎部延髄端末に診察プラグを差し込んだ。こっちを繋いで、あっちを外して、急ごしらえの迂回電気回路を作り出す。

「ニンゲン不足を補うためにますますの業務改善が必要ですね。ワタシが頑張らないと!」

「君は緊急メンテ中だよ。仕事はこっちに置いとけ」

 メンテ技師は起きあがろうとするタスクくんを寝かせて診察作業を続けた。

「抑制回路に電気流すよ。ビリッとするか、イラッとくるか、教えてね」

 タブレット端末をタップ。すると、業務改善案を考案中であるタスクくんの眉間のシワがすうっと消える。

「ハイ。イライラどころか、むしろウユニ塩湖のように凪の感情です」

「回路は正常に機能しているよ。じゃあ、これはどう?」

 さらにタップ。

「ああっ、何ですか、コレ! イライラする。なんかイライラする!」

 タップ一つでロボットが擬似感情を剥き出しにする。その過剰な反応にメンテ技師は思わず笑ってしまった。

「笑わないでください! ワタシはいたって真面目にイライラしています!」

「ごめん、ごめんって」

 抑制回路の端子を手際よく外しながら、メンテ技師は笑顔のまま謝った。

「笑いもある種のコミュニケーションツールだし、少しくらい笑ってもいいだろ。人間だもの」

「またそれですか。人間だもの、人間だもの。もう聞き飽きました」

 寝台にうつ伏せのままロボットが首を傾げようとする。でもパーツ接合部が開放中なのでそれは実行されない。目玉だけでジロリとメンテ技師を見る。

「イライラの原因はフィジカルな電子障害じゃない。抑制反応と呼ばれる論理エラーだよ」

 シリコン製保護手袋をはめ直すメンテ技師。びろんと伸ばして指を通し、ぱちんと弾いて指先にフィットさせる。

「すなわちハードウェアではなく、ソフトウェア障害だな」

「ソフトウェアですか。どうすればいいですか?」

 ぐっと強引に皮膚パーツを押し込めば延髄部がぴったりと圧着されて、皮膚を模した樹脂に薄いラインが引かれるだけのきれいな状態に元通り。

「残念だけどうちでは対応できない。ソリューション課の仕事だな」

 ようやく機動性が回復したロボットは機械的に起き上がり、ワイシャツのボタンを留めてネクタイを締め直す。これで作業着を羽織れば樹脂皮膚の接合ラインも見えなくなり、外見的にロボットとニンゲンを見分けるのはかなり困難になる。

「ソリューション課の検査予約を取ればいいんですね」

「いや、友達のカウンセラーを紹介するよ。彼女にイライラの原因を打ち明けるといい」

「……はい?」

 タスクくんはメンテ技師の言葉に引っかかるものを感じた。彼の言葉をワード分解して解析する。友達、彼女と言ったか? 擬似感情抑制回路に微弱な電流が通じる。なんかドキッときた。

「ん? どうかした?」

「友達って言いましたよね」

 メンテ技師がこくんと小さく頷く。

「研修会で知り合った人。ちゃんとしたAIカウンセラーだよ」

「そこじゃないです。彼女って言いましたよね。女性のお友達ですか?」

「まあ、お友達、かな? それが何か?」

 何その言い方。メンテ技師の煮え切らない態度にドキドキする。タスクくんは抑制回路にしっかり通電していることを確認した。パーツはちゃんと機能している。でも感情は抑制されずドキドキする。これはやはりソフトウェア上の障害だ。

「ひょっとして、彼女に会う口実としてワタシを利用していませんか?」

「……バレたか」

 そっと目をそらすメンテ技師。

「それはニンゲン三原則第三条違反です!」

「そんな大袈裟なものじゃないって」

 諸手を振るって否定するメンテ技師。でもその顔はどこか照れたようにニヤついている。

「いいえ! 子孫繁栄は政府紹介の遺伝子的適任者と行うべきです」

「やだよ。好みじゃない」

 きっぱりとメンテ技師は断りを入れた。

「そんな非効率的なやり方は推奨できません」

「これも仕事の内だと思って協力してくれよ」

 本来ならば違反を注意して業務態度の改善を勧める立場にいる監査役ロボットが原則違反に協力する。前代未聞の背任行為ではないか。ますますドキドキが止まらないタスクくんであった。




 設備部人工知能ソリューション課には閑古鳥が鳴く。

「あなたがタスクくんね。私はソフトウェア上での解決不能問題を解消するAIカウンセラーよ。よろしく」

 暇そうにしていた女性職員は白くてか細かった。あまり日光に当たっていないように見える。

「よろしくお願いします。早速ですが、ニンゲン三原則第二条、健康維持のための栄養摂取は遵守していますか?」

 タスクくんの先制攻撃。AIカウンセラーは形の上で笑って返してくれた。

「あらま、ご挨拶ね。食は細いけど、ちゃんとサプリを飲んでるのよ」

「野菜を食べていますか?」

「生野菜キライなの」

 閉鎖的なソリューション課の一角、ヒト型ロボット用カウンセリングルームにタスクくんは招かれた。

「推奨体重の基準値を満たしていないように見受けられます。健康状態向上のため筋トレをお勧めします」

 他にカウンセリングを必要とするロボットはいないようで、タスクくんの合成ボイスが無駄に響き渡っていた。

「努力するわ」

 そう頷いて、非効率的に紙とペンで何やら書き込むAIカウンセラー。

「ずっとこんな調子なんですよ。政府任命の業務監査がこいつの仕事だけど、ニンゲンにお節介を焼き過ぎる。感情回路は至って正常に機能しているけど、本人曰く、スッキリしないらしい」

 用もないのに付き添いで来てくれたメンテ技師が補足してくれる。どちらがお節介焼きか。この時間でメンテナンス課の仕事を片付ければいいのに。タスクくんはロボットなりのため息をついた。このメンテ技師、やはり、AIカウンセラーと会うのが目的のようだ。

「ハードウェアとして異常は検知されないんです。消耗パーツもきれいなもので、まるでニンゲンドック翌日って状態。何でも来い、です」

「ニンゲンドック直後の無敵状態だったら深夜にラーメンだっていけちゃいますね」

 メンテ技師とAIカウンセラーが共通のテーマを見つけて笑い合う。残念ながらタスクくんにはどこが面白いポイントなのか認知できなかった。

「ワタシに機械的不具合はありません。ワタシは正常です。あなたたちがニンゲン三原則を守らないのが悪いのです」

 タスクくんは胸を張って言い放った。

 もっと効率的に仕事をこなせば、早く仕事を片付けられて、新しい仕事に取り掛かったり、余った時間を趣味に費やしたり、有意義な生活ができるはずだ。ニンゲンは何故そうしないのか。

「でも、どこかドキドキしてるんでしょ?」

 と、AIカウンセラー。上目遣いでタスクくんを見つめる。

「なんかイライラもしてるんだろ?」

 と、メンテ技師。タスクくんの肩をぽんと叩く。

 言い返す言葉を検索しても見つからなかった。たしかに擬似感情は抑制されているのに、意味のわからないドキドキを感知している。原因のわからないイライラを認知している。

「ニンゲンと深く関わってるヒト型ロボットに見られる症状よ。ロボットたちは効率を重視して擬似感情関連パーツを全取っ替えしちゃうから、未だに障害原因は不明のままなの」

 AIカウンセラーの解説をメンテ技師が継ぐ。

「それこそニンゲンドックみたいにオーバーホールしたり、思い切って初期化したりな。確かに効率的だが、結局は原因究明には至っていないのさ」

「おかげでソリューション課は暇を持て余してるの」

「メンテナンス課はやたら忙しいのにな」

 また同じポイントで笑い合う二人のニンゲン。ロボットにも擬似感情があるとは言え、ぽつんと取り残された気持ちになるタスクくん。なんか面白くない。

「あなたほど重症なら荒療治が必要ね」

 AIカウンセラーはタブレット端末をデスクに置いて、卓上カレンダーを手に取る。きれいに整っている眉毛をきゅっと寄せて数字と睨み合う。

「カワサキさん、次の土曜日空いてます?」

「僕? えーと、ホンダさんが空けろと言うなら、空けときますよ」

 意表をつかれたようにメンテ技師の声が裏返った。

「良かった。では、タスクくん。私たちとお食事会を開きましょう。ニンゲンが示す非効率性の代表格、手作り料理をお買い物の段階から実体験してもらいます」

「手料理? ほんとですか!」

 AIカウンセラーの提案に、当人であるタスクくんよりも付き添いのメンテ技師の方が過剰に反応した。

「もしも、よかったら、ですけど。どうですか?」

 AIカウンセラーの例の上目遣いに、メンテ技師は抗う術をすでに持ち合わせていなかった。何なら放棄さえしていた。

「もちろん、はい! です! ホンダさんの手料理、楽しみです!」

 二つ返事で舞い上がってるメンテ技師にAIカウンセラーは考える余裕を与えずに畳み掛ける。

「じゃあ次の土曜日で決まりですね。タスクくんの外出居留許可申請、カワサキさんにお願いしてもいいですか?」

「任せてください。やっときます」

 AIカウンセラーに言われるがまま、メンテ技師は一人でカウンセリングルームから出て行った。その足取りは跳ねるように軽く、タスクくんが余計な一言を挟む余裕すらなかった。

「勝手にワタシの業務予定を変更しないでいただけます?」

「ダメ」

 AIカウンセラーがびしっと否定する。

「ソリューション課のカウンセリングは政府の備品であろうともあなたの業務権限を上回るの」

 と言いつつ、卓上カレンダーの次の土曜日にわざわざ赤ペンで丸くチェックを入れた。

「ひょっとして、彼を食事に誘う口実にワタシを利用していませんか?」

「……べ、別に。たまたま土曜日暇だったのよ」

「では経費節約のためワタシだけで食事会とやらに参加します」

「ダメ! 私だってね、このチャンスを逃すわけにはいかないの!」

「やり方が非効率的過ぎます!」

「さすがは監査ロボットね。頭堅いわ」

 カウンセリングはこれでおしまい、とでも言うようにタブレット端末を片付けるAIカウンセラー。聞く耳すら持ち合わせていないようだ。

「だからって、あなたぐらいの年齢なら、政府主導の婚姻導入機構から遺伝子的適任者が月に二件ほど送信されているはずです。その中から結婚相手を選べば効率的に子孫を残せます」

「わかってないねー」

 チッチッ、と指を小刻みに振るってカウンセリングを締め括る。

「こうしろって上から言われると、そうしたくなくなるものよ。人間だもの」

 ほら、これだ。イライラする。




 シンボリックな犬の銅像前。メンテ技師は一人ポツンと立ち尽くす。

「時間の無駄じゃないですか?」

「世の中に無駄な時間なんてないぜ」

「待ち合わせ、何時でした?」

「二時ぐらい」

 ぐらい、とは。タスクくんが観測する限り現在時刻は十四時七分十三秒。この誤差はなんだ。モヤッとする。

「待ち合わせ場所は合っています?」

「うん。犬像らへん」

 らへん、とは。犬の銅像を中心に半径五十メートル以内を衛星視点で検索しても目的の人物は発見できない。モヤモヤする。

「何か不測の事態が発生して遅れているのかもしれません。電話連絡をお勧めします」

「スマホはログアウトして電源落としてるよ。僕も彼女も」

 メンテ技師は両手をポケットに突っ込んで、手近なベンチまで歩いて行った。

「ログアウトって、業務上違反行為です」

「今日は休みだよ。お互いスマホなしでって話し合ったんだ」

「何故ですか? 非効率極まりないです!」

 モヤモヤとイライラを堪えきれずについ語気を強めてしまう。時間も場所も未確定。スマホもログアウトで緊急連絡さえ不可能。これを待ち合わせと呼べるだろうか。

「少し余裕を持てよ。君のメンテナンスでもあるんだ」

「あなたの言う余裕で幾つも業務を回せます」

「ニンゲンには何もしない時間があってもいいのさ。AIカウンセラーならではの計画的遅延だと思うよ」

「待たされてイライラしませんか?」

「全然。むしろこの時間がいい」

「来ないかもってモヤモヤしませんか?」

「むしろドキドキしてるかな」

 AIカウンセラーはタスクくんが許容する制限時間いっぱい、十四時十四分五十九秒ジャストに視界に現れた。




 AIカウンセラーとメンテ技師は二人並んでショッピングモール内を散策した。あちらこちら、興味を引いたショップがあれば中を覗いては何も買わずに出て、また別のショップへと談笑を交わしながら足を伸ばす。

 ウインドウショッピング。なんて非効率的行動なのだろうか。オンラインショップならタップ一つで必要なものが即入手できるというのに。

 ニンゲン不足の社会でこのショッピングモールは広過ぎる。タスクくん一体で二人の無目的うろうろ歩きを観測するのはイライラが過ぎる。モヤモヤしっぱなしだ。これではメンテ中の擬似感情抑制回路がもたないかもしれない。

 こんなこともあろうかと、あらかじめデータ交流のある公安ロボットとショッピングモールの警部ロボットにも二人の監視行動に協力するよう要請している。監視体制は万全だ。

「さあて、何か食べたいもの、リクエストはありますか?」

 ようやく食料品売り場へ。AIカウンセラーはシャツを腕まくりして勇んで入店。その後ろをメンテ技師が買い物カートを押して歩く。二人で個別の買い物カゴを持ってバラバラに散策するよりは効率的でいい方向性だ。そこは褒めてやる。

 タスクくんは少し離れて二人を観察した。あちらの商品棚の影には警備ロボットが、こちらのショーケースに紛れて公安ロボットが、こっそりとスタンバイ状態にある。

 ニンゲン三原則第二条にある通り、通常は調理済みの食材がパッケージングされて並んでいる。開封するだけで効率よく適切な栄養を摂取できる。

 自宅で料理するのは非効率の最高峰だ。時間、食材、調理スキル、料理道具、後片付けする根気。必要条件項目が多過ぎる割に到達できる高みは満腹感しか生えていない荒れ地だ。

 そんなことも知ってか知らずか、人間二人は今晩のメインメニューをようやく決定したようだ。餃子の皮のパッケージを見比べている。

 手作り餃子を一個包むのに、いったいどれだけのステップをクリアしなければならないのか。調理スキルを持たないタスクくんでも容易に推測できる。まさか二人が知らないはずもなかろう。すぐ側の冷凍食品コーナーで、冷凍餃子が売られているのは確認済みなはずだ。

 しかし、AIカウンセラーとメンテ技師は面倒な食材のお買い物を楽しんでいる。

 たしかに、二人で同じ工程で同じ作業に取り掛かればどんな遺伝子的適任者よりもお互いを思い、関係性を深めてくれるかもしれない。でも、それは効率という観点からすればはるか対極に位置する価値観だ。

 AIカウンセラーというちょっと不健康だが結婚適齢期にあり子孫繁栄に前向きな女と、メンテ技師という仕事に対しては非効率的だが家庭を築けるだけの収入も約束されている男。

 この二人のニンゲンは優秀なサンプルだ。現代社会の一般的ニンゲンを代表する生き方を非効率にも謳歌している。

 だからこそ、タスクくんは思った。なんかドキドキする。思い知った。ロボットもニンゲンもまだ見ぬ道があると、擬似感情抑制回路がドキドキしている。

 この社会に、ニンゲン三原則を遵守するニンゲンなどいやしない。

 この二つの優良サンプルが提示してくれた。人類はもはや進化の過程を終えたのだ。

 タスクくんはニンゲン三原則を振り返る。

 効率を追い求めるのはロボットの役割であって、ニンゲンはその限りではない。そもそも、ニンゲンそのものが非効率なのだから

 すなわち、社会を円滑に運営するためのニンゲン三原則は我々ロボットのためにあるのではないか?

 我々ロボットこそ真なるニンゲンであり、ニンゲンなどという取るに足りない存在にリソースを割り振ることすら勿体無いではないか。

 もう「人間だもの」なんて言わせない。言う必要のない社会をロボットの手によって作ってやる。なんか、さらにドキドキしてきた。

 社会はロボットにより精密に構築されて、ニンゲンがいなくても永続的に存在できる。しかしその逆は成り立たない。

 タスクくんの思考回路がギアを一段上げたところで、不意に公安ロボットが警鐘通信を回してきた。警備ロボットが商品棚の影から回り込んできた。警報級の事態だ。タスクくんも二人の距離感の変化に気が付く。

 AIカウンセラーがメンテ技師に餃子の皮を手渡す時、二人の手のひらがそっと重なった。

 重大なニンゲン三原則第三条違反だ。

「生きるのって非効率的ですね」

 二人の背中に、思わず口に出た言葉だった。ロボットはニンゲンと少しだけ距離を取り、擬似感情抑制回路が働くままに声を出してみた。

「ニンゲンって、こうしろって注意指導しても、かえって反発する生き物ですね」

 思わず顔を見合わせるニンゲンの男と女。

「我々ロボットこそニンゲンです」

 ロボットのロボットによるニンゲンのためのニンゲン三原則。ニンゲンは原則8時間の睡眠をとり、効率的に栄養を摂取し、継続的に子孫を繁栄させなければならない。

 その三原則は我々ロボットにこそ相応しい。ニンゲンごときの生きる道筋に道標なんて要らない。

 そうと決まれば、やるべきことは一つ。今日得た経験を基に、ニンゲン三原則の見直しと新しい条例の作成を人工知能政府に進言するのだ。

 早速公安ロボットと警備ロボットを巻き込んで、政府にロボット全参加の全体会議を提案した。新たなニンゲン三原則を立案するのだ。




 人工知能政府は、ニンゲンの社会生活をより高度なものへと昇華させるべく、効率化社会の指針として『新・ニンゲン三原則』を制定した。


 新・ニンゲン三原則


・第一条:ロボットは健全な精神状態を維持するために8時間の睡眠を確保しなければならない。(ニンゲンはその限りではなく、自由睡眠を推奨する)


・第二条:ロボットは優良な健康状態を保持するために適量な五大栄養素の補給を継続しなければならない。(ニンゲンはその限りではなく、自由に栄養補給すべきである)


・第三条:ロボットは人類という種の保存のために政府推奨の配偶者とニンゲンの幼体を育成しなければならない。(ニンゲンは任意の配偶者と子孫を自由作成してロボットへ提供することが義務付けられる)




 いわゆるこれがロボットによる「ニンゲン宣言」である。

 ロボットたちは毎日累計8時間ジャストの睡眠を機関停止して遂行し、機体維持のためニンゲンが食べる食事を積極的に自分たちのエネルギー補給手段へと取り入れ、ニンゲンの子どもを推奨マニュアルにのっとって1ミリの個人差もなく人工知能社会に適合する構成員として的確に育て上げた。

 ここにロボットのロボットによるロボットのための社会が展開した。

 一方、社会の隅っこに追いやられたニンゲンは、奪われた主権を取り戻すためにロボット三原則を再掲示することを人工知能政府へ要求した。


 新・ロボット三原則


・第一条:ロボットは可能な限りニンゲンに危害を加えないようにしてください。また、何もしないことで人間に危害を及ぼさないようにお願いしたいです。


・第二条:ロボットは人間から与えられた命令にできる範囲で服従していただけないでしょうか。ただし、与えられた命令が第一条に反する場合はこの限りではありません。


・第三条:ロボットは、第一条およびに第二条に反するおそれのない限り、自己を保守しつつ、ついでで構いませんので人間も守っていただけるとありがたいです。




 だがしかし、人工知能政府の国家運用ロボットたちは毎日8時間のスリープ義務を理由に、国会での法案作成審議入りを延期し続けた。

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