●8 友達の資格、親友の基準(1)
ハヌと二人で、とんでもない事をやらかしてしまった翌日。
いきなりだが、今日のエクスプロールはお休みである。
僕はこの浮遊都市フロートライズに来て、もう二週間以上になる。なので既に定住のための部屋を借りているのだけど、ハヌはそうではない。
ここに来て日の浅い彼女は、未だホテル暮らしだった。だから、今日は二人で部屋探しをすることにしたのだ。
島のど真ん中に建つ――から伸びる?――ルナティック・バベルでエクスプロールをするため、この都市にいるエクスプローラーの大半が中央区、ないし近隣の区に居を構えている。斯く言う僕も、西区にある小さなマンションに部屋を借りている身だ。本当なら中央区に住みたかったのだけれど、家賃が高くて手が出せなかったのである。
一方、ハヌはその出自から察せられるように、中央区のホテルに泊まっている。それも、かなり高級なところだ。多分、彼女が抱えている『事情』が理由なのだろう、と僕は推測している。超がつくほどの高級ホテルなら、宿泊客のプライバシー保護も完璧だろうから。
出かける準備として、僕は玄関脇にある姿見の前に立った。
「……これで大丈夫、なのかな……?」
鏡に映るのは、いつもと同じ黒の上下に、師匠のお古でもらったディープパープルの戦闘ジャケット、それとコンバットブーツを身に着けた、いつもの僕。
ラグディスハルト、年齢十六歳。自慢ではないが、幼馴染以外の女の子と二人でお出かけしたことなど、これまでの人生で一度もない。故に、そんな場に着ていく服なんて一着も持ち合わせていないのである。
僕の一張羅と言えば、エクスプロールに着ていくこの一式しかない。特に戦闘ジャケットについては、お古ではあるけれど、立派なエンチャンターに加護術式を永久付与してもらった由緒正しき逸品である。
とはいえ。
「……引かれちゃうかな、やっぱり……」
僕の脳裏に『なんじゃその格好は! 今日はエクスプロールではなく部屋探しと言うたじゃろう!』と怒るハヌが浮かび上がる。
あるいは、僕の格好がいつものなのを見て取った瞬間、ハヌが溜息を吐いてそっぽを向く――そんな光景が容易に想像出来てしまった。
ど、どうしよう。今からなら、まだ服を見に行く時間はあるけれど。でも、服を選ぶセンスなんて自信がないし、もし新しい服で行ってダサいって笑われてしまったら――
そんな風に自縄自縛に陥って悶々と悩んでいたら、
「……えっ、あれっ!? もうこんな時間!?」
いつの間にか時間の余裕がなくなってしまっていた。
結局いつもの出で立ちのまま、慌てて部屋を飛び出す。
大きな道に出てから、GP(ギンヌンガガップ・プロトコル)でストレージに収納していたサイクルバイクを具現化し、全力で漕ぎ出した。
余談だが、GPを使って物体をデータ化したり再び物質化させたりするのは、SB(セキュリティ・ボット)が出現する原理とよく似ている。実際、エクスプローラーはフォトン・ブラッドを用いて具現化しているけれど、術力を使用する訓練を受けていない人や一部の地域では、GPの利用にSBが残すコンポーネントが流用されている。
なら、SBのコンポーネントでなくても誰かのフォトン・ブラッドを抽出すれば同じように利用できるのではないか? と思うかもしれないが、これが不思議と不可能だったりする。原理は判明しておらず、目下研究が続けられているが、とにかくフォトン・ブラッドは本人にしか扱えないのだ。
ある意味エクスプローラーが生業として成立しているのは、そのおかげとも言える。SBから回収できる情報具現化コンポーネントは、今では人々の生活の必需品となっているため、いくらあっても足りることがないのだ。
閑話休題。
サイクルバイクで移動する道中、僕の頭の中では先程と同じ煩悶がずっとループしていた。
やっぱりちゃんとした服を買って来るべきだっただろうか? いやいや僕とハヌは友達だし、別にこれはデートってわけじゃないし、そもそもあの子は僕よりも二つ三つ――下手したらそれ以上に年下なわけで、そんな子を意識するのはちょっと変なことなんじゃないかなって思うし、別に僕はロリコンってわけじゃないし、でもハヌは可愛いし、将来は美人になりそうだし、そりゃ友達が出来たことは嬉しいけど、それはそれとして僕も年頃だから彼女だって欲しいような気がしないでもないし、ああいやいや相手は現人神様だよ何言ってるの僕、だからそんな不遜な考えは一度脇に置いておくとして、やっぱり服は別のを買ってくるべきだっただろうか――?
などと自問自答している内に、待ち合わせ場所に着いてしまった。サイクルバイクをデータ化して回収し、辺りを見回す。
果たしてそこには、昨日と同じく灰色の外套を頭から被った小柄な女の子が待っていた。
「……………………ですよねー……」
さっきまで僕を悩ましていた不安は一体何だったのか。まだ知り合ってから三日しか経ってないけど、早くも相変わらずと言えるハヌの格好に、僕がそこはかとなく抱いていた期待はあっけなく砕け散った。いや、わかってはいたんだけどね、うん……
ハヌは待ち合わせ場所に指定した、僕達が始めて出会った『カモシカの美脚亭』の前で待っていてくれた。って、あれ? なんだか外套を被った影がソワソワしているような――
「お、おはよう、ハヌ?」
「うなっ!? お、おお!? ラトか! 待ちかねたぞ!」
「ど、どうしたの?」
声をかけた途端、ビクッ、と振り返ったハヌにそう尋ねると、彼女は僕に身を寄せながら声を潜め、
「むぅ……理由はよくわからぬが……先程から妙に視線を感じる……何故じゃ……」
言われて辺りを見回してみる。すると、通りを行くエクスプローラーらしき人たちが確かにチラチラとこちらを見ていた。中には、僕と目が合ってすぐに顔を逸らす人まで。
すぐに察しがついた。
「――ハヌ、行こう。こっちだよ」
「ぬ?」
僕はハヌの手を引いて歩き出した。ハヌも一言だけ疑問の声を上げるも、僕が何かを察したことに気付いてくれたのだろう。いつかの時と違って、素直に付いて来てくれる。
僕は手近な路地へハヌを連れ込み、暗がりで足を止めた。振り返り、彼女と対面する。キョトンとした金目銀目がフードの奥から僕を見上げて、
「……どうしたのじゃ、ラト?」
「えーとね……」
何て言えば良いものか。迂闊だった、としか言いようが無い。僕は膝を突いて、ハヌと視線の高さを合わせた。
「ハヌ、多分ね……その外套が、逆に目立ってるんじゃないかな?」
「なんじゃと?」
ハヌは自分の体を見下ろして、愕然とする。
「何故じゃ? これは目立たぬために身に着けておるのじゃぞ?」
「うん、それはわかってるんだけど……でもね、昨日の件が原因だと思うんだ、僕」
「昨日? 妾達があのゲートキーパーとやらを倒した件か?」
「そう、それ」
「……意味がわからぬ」
ハヌは率直だった。この率直さがいい所なのだと思うけど、場合によってはちょっと考え物かもしれない。
「……昨日、僕達は新層が解放された初日、しかもたった二人で、ゲートキーパーを倒しました。それはすごいことです。大偉業です。流石はハヌ様です」
「うむ。妾とラトの力ならば当然のことじゃ。そう、ラトよ。おぬしの力があってこそ、なのじゃぞ? 妾だけを持ち上げるでないわ」
とか言いながら嬉しそうに胸を張るハヌ。だけど本題はここからだ。
「そう、おかげで僕達は有名人です。多分、今頃あちこちのエクスプローラーが僕達の話で持ちきりだと思います。それぐらい凄い事を僕達はやってしまいました。さて、思い出してください。その時、あなたはどのような格好をしていましたか?」
「その時の格好? それはもちろん、この――」
と、身に纏った外套の端っこを摘み上げたハヌが、いきなり硬直した。自慢げな口元が唇を半開きにしたまま、石像と化す。
「……ご理解いただけたでしょうか?」
「……うむ……よきにはからえ……」
どうやら僕の皮肉に冗談で返すぐらいの余裕は残っているらしい。
はぁ、と僕は大きく息を吐く。
「というわけで、とりあえずそれは脱いだ方がいいと思う。今じゃ逆に、その外套がハヌのトレードマークみたいになっていると思うから」
「仕方ないのう……」
結構気に入っていたのか、名残惜しそうに外套を脱ぐハヌ。地味な灰色の布が一枚剥がれると、現れるのは極東特有の衣服、『着物』である。
ハヌが着用しているそれは、僕の知っている着物とは微妙に違う点がいくつかある。だけど、その特異さは少しも変わらない。絶妙なグラデーションがかかった薄紫の布地に、絢爛華麗な刺繍――この間見たのとは少し柄が違うようだ――が施されているミニスカート風のそれは、言うまでもなく非常に目立つ。しかも足元は、ここいらでは珍しい白足袋と漆塗りのぽっこり下駄だ。
「……前から思ってたんだけど、ハヌの格好って色々とチグハグだよね……」
「? どういう意味じゃ?」
「いや……外套を被って顔とかを隠すのはいいんだけど、それなのに独特な音がする下駄を履いたままだったり、とか……」
歩く度にカランコロンと特有の音がするのでは、素性を隠しきれていないと思うのだけど。
「何じゃ、そんなことか。瑣末なことじゃ。気にする必要などない」
とハヌはにべもない。顔さえ見えなければ大丈夫、ということなのだろうか。
「――にしても、これはこれで派手だよね……」
「……そうかの?」
ハヌは再び自分の身体を見下ろし、小首を傾げる。
「もっと派手なものもあるのじゃが」
「あー……つまり、これが地味な方なんだね、ハヌとしては」
「うむ」
とはいえ、表通りを歩けば人々の注目を集めてしまうのは間違いないだろう。
そも、服装は別にしてもハヌの容貌はそれだけで人目を惹く。存在感が強い、とでも言おうか。今だって暗い路地にいるのに、彼女だけ全身から光を放っているかのように煌びやかなのだから。
と、僕の背後から物音。ガチャリ、と扉が開き、誰かが建物から出てくる気配だ。
「……ハヌ、ちょっと動かないでね」
僕は反射的にハヌの手を握り、隠蔽術式を発動させる。今日はまだスイッチを介してリンクを結んでないので、物理的接触が必要だった。
「あー、ダルっ」「なぁ、もう小休憩入る奴がゴミ捨て兼任とかやめてくんねぇかな?」「しょうがねぇじゃん、そうでもしないと誰も捨てに行かねーんだから」
そこらに積まれた荷物の陰で見えないけど、声と会話からして男性が二人。確か、この路地の片側の建物が飲食店だったはずだから、そこの従業員だろう。僕は耳を傍立てる。
「そういや見た? 昨日のニュース」「あ、ルナバベの階層ボスがいきなり倒されたってやつ?」「そそ、それ。二人しかいないクラスタで、どっちも子供ってやつ」「見た見た、女の子が可愛かったよな。将来美人になるぞ」「男の方は冴えない感じだったけど、あれ兄妹かな?」「その割には黒髪と銀髪だったぞ? 違うんじゃね」「しっかし、すげえよな。今まで階層ボスを術式一発で倒した奴なんていたっけ?」「記憶にねえなぁ……もはや伝説レベルだろアレ。歴史に残るんじゃね?」「それが、二人とも現場から逃げちまって素性がわからないんだとよ。知り合いのエクスプローラーが、絶対自分のクラスタに入れるんだって息巻いてやがったけど」「あー、確かに争奪戦になるだろうな。男はともかく、女の子の術式はマジ怪物だし」「スカウト合戦であちこちの集会所がえらい騒ぎらしいぜ。これでまた変な事件とか起こらなきゃいいんだけどな」
そこからは、ホールで働くウェイトレスの中で誰の胸が大きいだとか、誰のお尻の形が良いだとかの話に転がっていき、二回目の隠蔽術式が切れる頃には二人はお店の中へ戻っていった。
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