●7 ゲートキーパーを倒せ!(3)



 身体に掛かる圧力が弱まってから、そろそろと腕を下げた僕の視界に映ったのは――ついさっきまで海竜がいた場所に浮かぶ、巨大なコンポーネントだった。


「……本当に……」


 海竜がシャットダウンされた証拠であるコンポーネントが、宙を滑ってハヌに近付き、彼女の〝SEAL〟へ吸収される様を眺めながら、僕は呆然と呟いた。


「……本当に……手加減、できたんだ……」


 完全に予想外の方法ではあったけれども、確かにハヌは外壁を壊さず、核であるコンポーネントも破壊せずに、ゲートキーパーを倒してみせたのだ。


 ただの一撃で。


 僕と、たった二人で。


「……やった……」


 本当に、やってしまったのだ。


 あの『NPK』ですら総掛かりで、あの〝剣嬢〟ヴィリーでさえその剣技の粋を尽くして倒した、あのゲートキーパーを。


「……やった……!」


 僕と、ハヌの、二人だけで。


 倒してしまったのだ。


「……ぃやったァ――――――――――――――――――ッッッ!!!」


 衝動は叫びになった。


 僕は体内で爆発した感情の塊に突き動かされて、自分でも訳の分からないことを喚きながらハヌへ駆け寄った。


 ハヌは走り寄ってくる僕に気付き、こちらを向いて、くふ、と微笑もうと


 僕は走ってきたそのままのスピードで抱き付いた。


「ハヌーっ!」


「うなぁぁぁあーっ!?」


 僕に飛びつかれたハヌが変な悲鳴を上げ、二人揃ってもんどり打って床に転がる。ごろごろと転がりながら、僕は笑う。


「ははは! あははははは! すごいよハヌ! すごいよすごいよ! すごすぎるよハヌ!」


「こ、こりゃラトぉ! 落ち着けっ! 落ち着くのじゃ! 訳がわからんぞおぬし!?」


「だって、だってだってすごいんだもん! ぼぼぼぼくくたたたたた」


「ええい落ち着けというにぃぃぃぃ!」


「へぶっ!?」


 とうとうまともに舌が回らなくなった僕の頬を、ハヌがぱちーんと引っぱたいた。それでも僕のテンションは下がらず、いきなり立ち上がると、両腕を高く掲げて何度も「やったーやったー!」と叫びながら飛び跳ねた。


 けれど。


「――はっ……!?」


 そんな阿呆な姿を外の観客に見られていることに気付いたのは、もちろん頭が落ち着いてきてからで、後悔先に立たず、今更我に返って恥じたところで全ては後の祭りだった。


 歓喜の天国から恥がましさの地獄へ堕ちて立ち尽くす僕に、起き上がったハヌが呆れ顔で嘆息する。


「全く……ラトよ、おぬしは少し精神鍛錬をするべきじゃのう」


 返す言葉もありません。ハヌは僕の背中を、ぽん、と叩き、


「しかし、よくやったの。おぬしの力量、しかと見せてもらった。妾の宮殿につとめておったどの護衛よりも、おぬしは強かったぞ」


 一転、くふふ、と笑って彼女は言う。


「妾の見立て通りじゃ。ラト、三ミニトの間だけなら、おぬしは世界最強の剣士なのではないか?」


「や、やめてよ、ハヌ……そんなわけないじゃないか」


「そうかのう? おぬしが本気を出せば、それこそあのヴィリーとかいう女にも勝てると思うのじゃが」


「ヴィ――!? む、ムリムリムリムリムリ! ムリだってそんなの! か、勘弁してよハヌ!」


 いきなりとんでも無いことを言い出したので、僕は慌てて全身で否定した。僕があのヴィリーさんよりも? 無茶を言うにもほどがある。


 でも、と頭のどこかでちょっとだけ考える。


 もし本当に僕がそれぐらい強かったら、ハヌとのコンビもちゃんと釣り合いがとれるのだろうか――と。




 わあ、と叩き付けてくるような大歓声。


 僕とハヌが並んでセキュリティルームを出て行くと、そこで待ち構えていたのは昨日以上の狂騒だった。


 人は奇跡を目の当たりにすると、そら恐ろしいほど興奮する。さっきの僕がそうだったように。


 喜び跳ねる自分の姿を恥じたのは無駄だったと思えるほど、外の人達の盛り上がりは凄まじかった。


『うおおおおおおおおおーっ! すげえ! すごすぎるぜBVJ! 名前に偽り無し! お前らマジでジョーカーすぎるぜぇぇぇぇぇ!』


 司会進行役の人がマイクでそう煽ると、さらに歓声が爆発した。地響きのような音圧が腹の底を震わせる。


「――あ、え……?」


 正直、ここまでとは凄いことになっているとは予想できなかった。そりゃ確かに僕だって、夢にも思わなかったゲートキーパー撃破を達成できたのは望外の喜びだったけれど。


 そう。考えてみれば、前代未聞の出来事だったのだ。


 新層が解放され、その初日にゲートキーパーが倒されたことなど、これまで一度もなかった。


 ましてや、それを成したのが一組のコンビ。それも年齢から言えば、双方共に子供と言っていい二人だったのだから。みんなが大騒ぎするのも無理からぬことだったのだ。


 くい、とハヌが僕の手を引いた。


「これはまずいの。ラト、ここは逃げるのじゃ」


「えっ? あ、そっか――う、うん!」


 一瞬、何で? と思ったが、すぐにハヌがあまり人目につかないようにしていることを思い出した。あんなとんでもない術式を使用したのだ。絶対、根掘り葉掘り聞かれるに決まっていた。


 だったらこんな目立つようなことをしなければ良かったのに、とも思うけれど、今はそんなことを言っている場合ではなかった。


 僕は再び隠蔽術式を発動。ついでにいくつかの身体強化術式を使用すると、


「ハヌ、ちょっと大人しくしていてね」


「む? お、おおっ?」


 ひょい、とハヌをお姫様だっこする。人混みを抜けるのは骨が折れそうなので、その場で深く屈んで、思いっきり跳躍。人垣の頭上を飛んだ。


「おおおおおお! いいのう、いいのうラト! これは気分が良いぞ!」


 空中でハヌがすごく嬉しそうに声を上げる。そうやってはしゃぐ顔は、その身の軽さも相まって、小さな女の子そのものだった。


 人のいない場所に着地して――すでに背後では僕達の姿が見えなくなったことで騒ぎが起こっている――駆け出しながら僕は改まった声で言う。


「えーと……お姫様におかれましてはご機嫌麗しゅうございます――です?」


「なんじゃその言葉遣いは? まるでなっておらぬぞ」


「あれ? やっぱり?」


 あは、と僕が笑うと、ハヌも、くふ、と笑った。


 こうして僕達は二人して笑い合いながら、その場から逃げ出したのだった。

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