大きなあの「父さん」の手

仁志隆生

「父さん」の手

 少年時代の僕は時々あの手を思い出しては元気づけられていた。


 小さい頃、どこか分からない場所で迷子になっていた時に僕の頭を撫でてくれて、抱きかかえてくれたあの大きな手。


 あの手は誰のだったのだろうか。

 父さんのだったような気もするが、その手は毛むくじゃらだったから違う。


 もしかすると僕が物心つく前に亡くなった祖父ちゃんの手かとも思った。

 けど写真で見ても、聞いても毛むくじゃらだったことは無いって。

 夢でも見たんじゃないかと言われたが……そうなのかな?

 いやきっと夢じゃないと思っていた少年時代だった。 

 

 


 その事も遠い記憶の彼方になり、大人になった今。

 時々不思議な夢を見るようになった。


 なんだそれはと言われそうだけど、夢の中の僕は中学生くらいに戻っていて、なぜか勇者になっていた。

 仲間は綺麗な魔法使いのお姉さん、少し年上の商人風の武闘家、弓使いのダークエルフ。

 そして……。


 二メートルはあろうかという大きな人。

 ただ、この人だけがシルエットになっていて顔が分からない。

 かろうじて男性で剣士だということは分かる。


 もしかするとこの人が……。

 そう思って目を凝らしても、見えない。

  

 夢なんだから見せてほしいと、どんなに思っても……。




 ある日、夢の事を久しぶりに再会した親友に話した。

 すると彼はこんな事を言った。

「夢と同じ格好していれば見えるんじゃないかな」って。


 一瞬何言ってるのだったけど彼は適当な事を言う奴じゃないし、その真剣な表情を見てやってみようと思った。

 ちょうどハロウィンの時期だったし。




 そして、ハロウィンの日。

 いない歴イコール年齢がやっと終わってできた彼女と一緒にコスプレした。

 彼女はあるゲームのキャラである魔法使いの服装。

 なんでも亡くなった妹さんがそのキャラ好きだったからで、供養のつもりだとか言って。


 その後二人でイベントを楽しんでいたが、

まこと君、ちょっとお花積んで来るわね」

 彼女がそう言って手洗いの方へ向かっていったので、僕はベンチに座って待つことにした。




「ふう、ちょっと疲れたかな」

 そう呟いた時だった。


「あの、大丈夫ですか?」

「ん?」 

 見れば侍のコスプレをした中学生くらいの男子がいた。

 ああ、僕を心配してくれてるんだな。


「大丈夫だよ。ちょっと疲れただけだから」

「それならよかったです。あの、ちょっとお手数ですがあちらを見ていただけますか?」

「え? うん」

 彼が指した方を見ると……え?


「真、久しぶりといえばいいのかだが、とにかく久しぶり」

「ふふ、真はすっかり大人だね」

「ねえ真、ご家族と仲良くしてるー?」


 そ、そんなバカな?

 夢で見た仲間達がいる?

 そっくりな人だとしても、僕の名前まで知ってるはずない。


「こら真、勇者が狼狽えるな」

 え? 


 それは二メートルはありそうな大きな男性。

 それと虎のマスク、いや本当に虎の顔。

 全身が毛むくじゃら……あ、あ?


 その人を見た途端、走馬灯のように記憶が流れた。




 ……そうか。

 僕は本当に異世界に行ってたんだ。

 小さい頃、迷子になった時に。


 そしてこの虎の人、ううん。

 異世界の『父さん』に保護されたんだ。


 初めは怖かったけど、その毛むくじゃらの手で僕の頭を撫でた後、抱きかかえて大丈夫だぞと言ってくれた。

 それでなぜか安心できたんだ。


 その後は『父さん』に育てられたんだ。

 厳しい時もあったけど、よく頭を撫でて褒めてくれた。

 それが嬉しくて、ほんと頑張れた。


 そして、勇者になって。

 世界を闇で覆いつくそうとしていた大敵を倒す旅に出たんだ。

 その途中で皆と出会い、苦難を乗り越えて。


 いよいよ大敵にとなった時に……そこで記憶が終わっていた。



 

「本来なら彼がそうだったのだが、歴史に歪みが生じて真がこちらに来てしまったそうなのだ」

 『父さん』がさっきの侍少年を指して言った。


「けどその歪みを正した人がいたらしく、それで真は戻っていった」

「真としては最初から無かったことになっていたはずだけど」

「夢に出てきちゃうくらい思いが残ってて、それでまた歪みそうになりつつあるんだってさ」

 皆が口々に言う。


「そうだったんだ……ねえ、皆は大丈夫なんだよね?」

 ただの幻覚だと思いたいが、皆が最後の敵に殺されている場面が一瞬見えた。


「お任せください、誰も死なせはしませんから」

 侍少年がそう言ってくれた。


 なぜだろう、この子を見ていると安心できる。

 ああ、本当の勇者だからかな。

 なんで侍なんだろうだけど。


 そう思っていると、皆の姿が薄くなっていった。

「もう時間のようだ。真、元気で」

「君と旅ができて楽しかったよ」

「ほんとだよー。あー、口説いとけばよかったー」


「……真、達者でな」

『父さん』が僕の頭を撫でてくれた。


 ……たぶんもう、二度と会えないんだと分かる。

 けど、もう一度会えてよかった。


 そしてまた『父さん』に、その手で撫でてもらえて、よかった……。


――――――


「真君、大丈夫?」

 ん?

 気がつくと彼女が僕の肩をゆすっていた。


「ん? あれ、僕何してたんだっけ?」

「気持ちよさそうに寝てたわよ」

「あ、そうだったんだ。ってあれ? さっきまでそこに誰かいたような気が?」

「近くには誰もいなかったけど」

「そう? 夢でも見てたのかな?」

「疲れてるなら帰る?」

「ん、大丈夫。さ、もうちょっと見て回ろ」

「ええ」



 なんだろ、誰かに頭を撫でてもらってた気がする。

 毛むくじゃらで、優しく温かい手で……。

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