第2話

王都の貧民街は、華やかな貴族街とは別世界だった。


狭く入り組んだ路地、汚水の流れる溝、そこかしこに漂う悪臭。建物は今にも崩れそうで、路地には痩せこけた子供たちが座り込んでいる。


「酷いものだな」


俺は平然と歩く。護衛として連れてきた騎士たちは、周囲を警戒しながらついてくる。


「アレクシス様、危険です。早めに戻られた方が」


「構わん。もう少し奥まで行く」


実際のところ、俺の目的は明確だった。原作に登場する隠れキャラクターの一人、天才錬金術師のエルヴィンが、この貧民街のどこかにいるはずだ。彼を確保できれば、魔法研究は飛躍的に進む。


だが――


「ん?」


路地の奥から、微かに魔力の波動を感じた。


それは普通の魔力ではない。圧倒的で、制御されておらず、まるで暴風のように荒れ狂っている。こんな魔力を持つ者が、貧民街にいるはずがない。


「待て」


俺は護衛を制し、魔力の源へと向かう。


路地を曲がり、さらに奥へ。やがて行き止まりに辿り着く。そこには――


「……これは」


ゴミの山の陰に、少女が倒れていた。


年齢は十二歳くらいだろうか。ボロボロの服を着て、痩せ細った身体。茶色の髪は汚れで固まり、顔には殴られた跡がある。呼吸は浅く、今にも死にそうだ。


だが、問題はそこではない。


「この魔力は……」


少女の身体から、膨大な魔力が漏れ出している。制御できずに溢れ、周囲の空気を震わせている。この魔力量は異常だ。王宮の宮廷魔導師でさえ、この十分の一もないだろう。


俺は冷静に分析する。


「六属性全ての気配がある。火、水、風、土、光、闇――全てだ。それに、この魔力の純度……規格外だな」


通常、魔導師は一つか二つの属性しか扱えない。六属性全てを使える者など、伝説上の大魔導師くらいだ。しかもこの魔力量。訓練次第では、国を一つ滅ぼせるほどの力になる。


「なるほど、これは拾い物だ」


俺は少女に近づく。


彼女の手首を取り、魔力の流れを詳しく調べる。魔力回路は未発達だが、潜在能力は想像を絶する。ただし、このまま放置すれば魔力が暴走して死ぬだろう。


「おい、この子を運べ」


「は、しかしアレクシス様。この者は……」


「命令だ」


騎士は渋々と従う。


俺は少女の額に手を当て、緊急の魔力抑制術式を展開する。青白い光が彼女の身体を包み、暴走していた魔力が徐々に落ち着いていく。


「……ふむ、一時的には安定したか」


この子をこのまま放置するのは、もったいない。いや、それ以前に――これは『天が俺に与えた武器』だ。


「屋敷に運べ。客室ではなく、医務室に直接だ」


「ご、ご命令通りに」


騎士たちは少女を担架に乗せ、馬車へと運ぶ。俺も後に続く。


エルヴィンの件は後回しだ。今はこの少女の方が重要だ。こんな才能を野放しにするわけにはいかない。


馬車が走り出す。


俺は少女の顔を観察する。汚れを落とせば、それなりに整った顔立ちだろう。だが、重要なのは見た目ではない。この圧倒的な魔力と潜在能力――これこそが価値だ。


「世界を支配するには、絶対的な力が必要だ。頭脳だけでは限界がある」


俺自身も魔法の才能はある。だが、物理的な破壊力では限界がある。戦場で軍を一掃するような圧倒的な力――それを俺は持っていない。


しかし、この少女は違う。


「訓練次第では、『一人で軍を壊滅させる兵器』になる」


馬車が屋敷に到着する。


「すぐに医師を呼べ。それと、魔力測定の準備をしろ」


「かしこまりました」


少女は医務室のベッドに寝かされる。医師が診察し、栄養失調と暴行の痕、そして魔力の暴走による内臓へのダメージを報告する。


「治療は可能か?」


「はい。ただし、時間がかかります。それに、この魔力の暴走は……私では手に負えません」


「構わん。魔力の制御は俺がやる。お前は身体を治せ」


医師が治療を始める。俺は少女の傍らに椅子を置き、座る。


「さて、君がどれほどの才能を持っているか、目が覚めたら測定させてもらおう」


俺は少女の手を取り、魔力の流れをさらに詳しく分析する。


魔力回路の構造、属性のバランス、魔力の質――全てが規格外だ。まるで『魔力を生み出す泉』がこの少女の中にあるかのようだ。


「おそらく、特殊な体質だな。魔力が自然回復するだけでなく、常に生成され続けている。だから制御できずに溢れ出す」


つまり、この少女は『無限の魔力』を持っているに等しい。


「完璧だ。これ以上の『剣』は存在しない」


俺は冷たく笑う。


この少女を育て上げ、絶対的な忠誠心を植え付ける。そうすれば、俺の野望は一気に現実味を帯びる。


数時間後、少女がうっすらと目を開けた。


「……ここは……?」


か細い声。怯えた目が、周囲を見回す。


「目が覚めたか」


俺は穏やかに微笑む。怖がらせては意味がない。


「安心しろ。ここは俺の屋敷だ。君を助けた」


「た、すけ……?」


少女は信じられないという顔をする。当然だろう。これまで誰にも助けられたことなどなかったはずだ。


「君の名前は?」


「……リリア」


「そうか、リリア。いい名前だ」


俺は椅子に座り直し、彼女の目を見る。


「リリア、君には才能がある。とてつもない才能だ。それを俺が開花させてやる」


「さい、のう……?」


「ああ。君は魔法を使えるか?」


リリアは怯えたように首を横に振る。


「使えない……使おうとすると、周りが壊れて……みんな、怖がって……」


「なるほど、制御できていなかったのか」


俺は頷く。


「だが、それももう終わりだ。俺が君に魔法の制御を教える。そうすれば、君は誰よりも強くなれる」


リリアは戸惑いの表情を浮かべる。


「なんで……私なんかに……」


「君が『使える』からだ」


俺は率直に答える。


「リリア、俺と契約しないか? 君は俺の剣となり、俺は君に力の使い方を教える。君は二度と虐げられることなく、強く、自由になれる」


リリアは震える手で、ベッドのシーツを握りしめる。


「本当に……強くなれるの……?」


「ああ。君は誰よりも強くなれる。俺が保証する」


少女の目に、初めて希望の光が灯った。


「……わかった。私、あなたの剣になる」


俺は満足げに笑う。


「契約成立だ。今日から君は、俺の最強の武器となる」


こうして、世界を揺るがす二人の物語が始まった。


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