限界没落令嬢の参謀役になった俺、学園のS級美少女たちをマネジメントすることになる

川崎俊介

第1話 限界没落令嬢

 非効率なものを見ると、蕁麻疹が出る。


 それは一種の職業病であり、我が一族に刻まれた呪いのようなものだ。


 父は企業再生を専門とする経営コンサルタント、母は外資系ファームのパートナー。


 夕食の会話がROI(投資対効果)やEBITDA(利払い前・税引前・減価償却前利益)から始まる家庭で育てば、誰だってこうなる。


 だから俺――松原湊(まつばらみなと)は、平穏を愛している。


 コンサル病が発動して変人扱いされる青春など御免だ。高校生活のKPIは「波風を立てず、省エネで卒業する」。それだけを掲げて生きてきたはずだった。


 今日この日、叔母の住むタワーマンションを訪れるまでは。


「湊ちゃん、ごめーん! 頼んでたウーパー届いたみたいなんだけど、手が離せなくて。受け取ってきてくれない?」


「りょうかーい!」


 叔母はそんな職業病に毒されていない、数少ない親戚だ。俺も見習わなければな。いつか、この【コンサル病】を解呪したいものだ。


「お会計はアプリで払ってあるからー」


 叔母の軽口を背に、俺は玄関へと向かう。


 時刻は日曜の午後二時。最も気温が高い時間帯だ。こんな猛暑日に自転車で坂の多いこのエリアを配達させるなど、労働衛生管理上どうなんだと思いつつ、俺は重厚なドアを開けた。


「……お待たせ、しましたぁ……ウーパー、ですぅ……」


 ドアの向こうにいたのは、フルフェイスのヘルメットを被った小柄な配達員だった。


 第一印象は、「限界」。


 巨大な保温バッグの重さに耐えきれず、細い脚が小刻みに震えている。息は絶え絶えで、肩で呼吸をするたびに、制服らしきシャツが汗で背中に張り付いているのが見えた。


(……乳酸値が限界突破してるな。熱中症のリスクもある。稼働管理はどうなってるんだ)


 呆れ半分で商品を受け取ろうとした、その時だ。


 配達員が顔を上げ、ヘルメットのシールド越しに俺と目が合った。


「あ……」


 涼しげな切れ長の瞳。


 汗で濡れた、色素の薄い前髪。


 そして何より、周囲を黙らせる圧倒的な美貌。


 見間違えるはずがない。


 それは俺が通う高校の生徒会長にして、全男子生徒が「高嶺の花」と崇める絶対不可侵の氷の女王――花洛美香(からくみか)だった。


「……は?」


 思考停止。


 なぜ、深窓の令嬢であるはずの彼女が、日曜の昼下がりに汗だくでチキンサラダを運んでいるのか。


 だが、俺の脳内コンサルタントが弾き出した解は至ってシンプルだった。


 『実家の破産』。そして『バイトの掛け持ち』。


「ひ、人違い、ですっ……!」


 俺の視線に気づいた彼女は、裏返った声で否定し、逃げるように踵を返そうとした。


 しかし。


「あだっ……!?」


 限界を迎えていた彼女の大腿四頭筋が、悲鳴を上げた。


 強烈なこむら返り。彼女の身体が、生まれたての小鹿のように崩れ落ちる。


「おい!」


「み、見ないで……! 私じゃない、私は花洛美香じゃ……っ!」


 玄関先のタイルに膝をつき、激痛に涙目になりながらも「高貴な否定」を続けようとするその姿。


 だが、無情にもその腹の虫が『グゥゥゥゥ……』と雷鳴のような音を立てて、彼女のカロリー不足を暴露した。


「…………」

「…………」


 沈黙。


 俺はため息を一つ吐くと、倒れ伏す彼女の腕を掴んだ。


「……立てる? とりあえず中に入って。水分と糖分を補給しないと、今後の生活に関わる」


 これが、俺の平穏な高校生活が破綻した瞬間だった。


 コンサル病解呪のときは、まだ先になりそうだ。

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