第2話 図書室の共鳴

放課後。放課後の静まり返った図書室には、埃の舞う西日と、古い紙の匂いが充満していた。


「……あの、副会長さん。ここ、これで綺麗になったかな?」

結が少し不安そうに、書架の隙間を指差して訊ねてきた。

「ああ、大丈夫。……結さん、慣れないのにごめんね。ここは生徒会が管理してる場所だから、僕がしっかりやらなきゃいけないんだけど」

「ううん、楽しいよ。本、大好きだから」

結がふふっと笑う。その笑い声を聞いた瞬間、拓海の耳の奥で、昨夜のライブトークの残響が重なった。


「……結さん。君、もしかして」

「えっ?」

「……『313』とか『211』とか『315』……っていう数字を出されて始めに何を思い付く?」

「突然だね、まぁ普通にJR東海の静岡地区で運用されている車両が思いついたけど、それがどうした? もしかして、さっきカバンに付けてたストラップ……見えちゃった?」


「……うん。あれ、100個限定のモデルだよね。連結器の形がすごくリアルで……僕も、持ってるんだ。同じやつ」

拓海が照れくさそうに明かすと、結の表情が一気に輝いた。


「嘘……! 嬉しい。転校してきて一番に、趣味が合う人と会えるなんて。……ねえ、実は私、オープンチャットでも『たこ焼き』っていう副管理人さんと、その話をしてて……」


「……僕だよ」

「えっ?」

「僕が、その『たこ焼き』。……結さん、君が『ハル』さんなんだろう?」

図書室に、小さな沈黙が流れる。

やがて、結は信じられないというように口元を抑え、それから今日一番の笑顔を見せた。


「……本当に? すごい、こんなことってあるんだ……! 拓海君、だったんだね」

初めて名前で呼ばれ、拓海の心臓が跳ねる。二人の距離が、物理的にも心理的にも、一気に数センチ縮まった。


「……あら。ずいぶん楽しそうね。仕事中に『無駄話』かしら?」

冷ややかな声が、二人の間の熱を奪った。


いつの間にか背後に立っていたユキが、二人の間に割って入る。

「あ、会長……」

「結さん、あなたのカバンのそれ。……素敵だけど、少し不吉ね」

ユキは結のカバンを指先でなぞる。

「この連結器、金属が疲労しているわ。……無理に繋がろうとすれば、一番大事なところで、無惨に千切れてしまう。……そう思わない、拓海君?」


ユキの瞳は笑っていなかった。彼女の指先が触れた瞬間、ストラップが微かに「チリッ」と嫌な音を立てたような気がして、拓海は背筋に冷たいものを感じた。

「拓海くんは、生徒会の仕事終わらせてから帰ってね。じゃあ」そういい残してどこかへ言った。

「じゃあ、先帰ってて。もし行けたら、緑地公園の休憩所にいてくれる?」

「あぁ!良く、話題にでてくるところだね、桜咲いたとか。わかった!じゃあ」そういって図書室から結が立ち去っていった。



生徒会室での息苦しい時間がようやく終わり、拓海が学校を飛び出したときには、街はすっかり夕暮れの炎に飲み込まれていました。


​時おりふく風が制服を揺らし、拓海の焦燥感を煽ります。向かう先は、さっき結と約束した、緑地公園。街灯がまばらに点灯し、日が暮れ出していることを伝えている。


​公園の休憩所に、人影が見えました。

​「結!」

​拓海が声を上げると、ベンチに座っていた結がハッとしたように顔を上げ、小さく手を振りました。

​「拓海君、来てくれたんだ。……なんだか、今日はすごく怖くて。誰かにずっと見られているような気がして……」

​結は不安そうに肩をすくめ、カバンに付けたあの電車のストラップを指先で弄んでいました。


​「ごめん、遅くなって。……大丈夫だ、もう僕がいるから」

​拓海が彼女を安心させようと歩み寄り、その手に触れようとした、その時でした。

​——カラン。

​乾いた小さな音が、夜の空気に響きました。

結が握りしめていたストラップの連結器が、ユキの予言通りに無惨にも千切れ、地面に転がったのです。


​「あ、壊れちゃった……」

​結がそれを拾おうと身を屈めた、その瞬間。

街灯の光が届かない背後の闇が、生き物のようにうねり、膨れ上がりました。

​黒い霧のような、あるいは人影のような「何か」が、音もなく結の背後に現れます。それは形を持たない凶刃を、容赦なく彼女の背中に振り下ろしました。

​「——っ、結!!」

​拓海の叫びは、一斉に飛び立ったカラスの羽音と鳴き声で書き消された。

鮮やかな赤が、結の制服を染め上げていきます。崩れ落ちる彼女を抱き留めようとした拓海もまた、背後から冷たい衝撃を貫かれました。

​「……あ、が…………」

​焼けるような熱さと、急速に奪われていく意識。

地面に落ちた連結器の壊れたストラップが、二人の血に浸り、暗闇の中で赤く光っていました。

​(誰だ……? 誰がこんなことを……)

​薄れゆく視界の端、公園の入り口に、一人の少女のシルエットが静かに立っているのが見えました。


逆光で顔は分かりません。ただ、彼女の足元には、禍々しく脈動する青白い幾何学模様の魔法陣が広がっていました。

​『……残念。このルートも、結末は同じね。次はもっと、上手に繋ぎましょう?』

​耳に届いたのは、鈴を転がすような、あまりにも完璧で残酷な「あの声」でした。

​パキィィィィン!!

​視界が、まるで硝子が砕けるような音と共に反転します。

拓海の意識は、底のない真っ暗な淵へと落ちていきました。



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たとえ世界が僕を殺しても。――死に戻る朝、僕はまた君に恋をする 春風拓也 @Tako-S

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