第73話 宣戦布告
神界コロシアム内部、選手専用休憩室。
分厚い壁に囲まれたその部屋は、
外の喧騒が嘘のように静かだった。
時計の針が、重く進む。
――次の試合まで、約二時間半。
「……長ぇな」
無闘が壁にもたれ、腕を組む。
花野は椅子に座り、目を閉じて呼吸を整えていた。
当て野は壁際で、無言のまま床を見つめている。
そして――
「……チッ」
無い野が、苛立ったように舌打ちし、立ち上がった。
「おい、無い野どこに行くんだよ」
翔馬も立ち上がり、無い野に尋ねた。
「お前らと、三時間も同じ空気を吸っていられるか。」
そう吐き捨てると、
誰の返事も待たずに扉へ向かう。
「無い野?」
翔馬が呼び止めるが、
無い野は振り返らない。
「試合の時刻には戻る。
勝手にしてろ」
ガチャリ、と扉が閉まる。
残された空気が、わずかに重くなった。
「……相変わらずだな、あいつ」
無闘が肩をすくめる。
「でも……あの強さは事実だよ」
花野が静かに言った。
翔馬は、無い野が消えた扉をしばらく見つめていたがやがて外から何の音もしなくなるとため息をつき、再び椅子に座った。
その時だった。
――コン、コン。
控えめなノック音が、休憩室に響く。
一同が、同時に顔を上げた。
「……誰だ?」
当て野が低く問う。
返事はない。
だが、扉の向こうには――
明確な神の気があった。
しかも、一人ではない。
四つ。
無闘が小さく息を吸う。
「何だ……?」
翔馬は立ち上がり、扉に近づく。
その時、扉がゆっくりと開いた。
そこに立っていたのは、
揃いの装束を纏った四人の神界人。
全員が落ち着いた表情をしているが、
その目には、明確な“格”があった。
先頭に立つ男が、一歩前に出る。
「失礼する」
声は低く、無駄がない。
「俺は――
チーム神界北のザンカという者だ。」
(チーム神界北……?)
室内の空気が張り詰める。
「二回戦の対戦相手だ」
男の視線が、
翔馬、無闘、当て野、花野へと順に移る。
――そして。
「……おや?」
一瞬、眉をひそめる。
「先鋒の“無い野”がいないようだが」
その言葉に、
翔馬の表情が僅かに変わる。
「今は、席を外してる」
「ほう」
男は、口元だけで笑った。
「残念だな、一度話してみたかったんだが。」
その背後で、
他の四人が静かに殺気を滲ませる。
「忠告しておこう」
男は言った。
「俺達は一回戦の相手とは、次元が違う」
「神界北は、
“戦場慣れした神界人”の集まりだ」
無闘が前に出る。
「それで、わざわざ何の用だ」
男は、少しだけ間を置いてから答えた。
「顔合わせだ」
そして、淡々と告げる。
「せいぜい俺達を失望させるなよ、下界人。」
花野が、静かに立ち上がる。
「それを言いに来たの?神界人は随分暇なんだね。」
一瞬、視線が交錯する。
気が、室内でぶつかり合い、
壁が微かに軋んだ。
男は満足したように頷く。
「いい目だ」
そう言い残し、
チーム神界北は踵を返した。
扉が閉まる。
残された一同は、しばし沈黙した。
「……確かに初戦の有象無象とは違かったな。
一人ひとりの存在感がちげえ。」
無闘が言う。
翔馬は、静かに拳を握る。
同時刻――
別の場所で、無い野は一人、動いていた。
コロシアム屋上。
観客席の最上層よりさらに上。
神界の空に最も近い場所。
轟音と歓声は、ここまで来ると遠い波のように聞こえるだけだった。
無い野は、縁に腰を下ろし、
眼下の闘技場を見下ろしていた。
腕を組み、
表情はいつも通り、無機質。
「……くだらない」
一回戦。
五人まとめて消し飛ばした程度で、
熱狂が消える単純な観客。
理解できない。
背後で――
足音。
だが、普通の足音じゃない。
神の気を隠す気もない、
意図的に“聞かせる”歩調。
「……」
無い野は振り返らない。
「初戦は――」
低い声が、屋上に響いた。
「随分と派手にかましてたな、無い野。」
無い野の視線が、ようやく動く。
そこに立っていたのは、
神界北の装束を纏った男。
がっしりとした体躯。
無駄な贅肉のない、戦いに特化した身体。
目が、冷えている。
「大平おおだいらだ」
男は名乗る。
「チーム神界北、最後の一人」
無い野は鼻で笑った。
「わざわざ試合の前に殺されに来たのか?」
「……調子に乗るなよ。」
大平は一歩、前に出る。
屋上の空気が、僅かに歪む。
「お前……36代目の実の息子だろ?」
その言葉に、無い野の目が細くなる。
「…………」
「裏の世界じゃ有名だぜ、37代目に王の座から蹴落とされて落っこちてった可哀想な落ちこぼれ。」
大平は、コロシアムを一瞥する。
「今更戻って来たってお前の居場所なんかもう何処にもねえぞ。」
無い野は立ち上がった。
風が、二人の間を吹き抜ける。
「戻る居場所がないのなら……無理矢理作るだけだ、野神を殺してな。」
「お前如きがか?」
大平は、静かに拳を握る。
神の気が、凝縮されていく。
荒々しくない。
だが、重い。
“確実に殺すための気”。
「二回戦――先鋒がお前じゃなかろうが関係ない。」
「皆殺しだ。」
無い野は、口角を上げた。
ほんの僅か。
「……やっと、マトモなのが来たか」
一瞬。
無い野の姿が、消える。
次の瞬間――
大平の背後、三メートル。
屋上の床に、足跡が刻まれる。
だが。
「捉えている。」
大平は振り向かず、
背中でそう言った。
空気が、爆ぜる。
無い野の攻撃は――
寸前で止まっていた。
二人の間に、
見えない“壁”が存在している。
神の気が、せめぎ合う。
「これは……」
無い野が呟く。
大平が笑った。
「屋上で決着をつける気はない」
「舞台は、下だ」
コロシアムを指差す。
「観客の前で、
神界北の名を刻む」
大平は踵を返した。
「逃げるなよ、無い野」
無い野は、背中に向かって言う。
「こちらのセリフだ。」
次の瞬間、
大平の姿は消えていた。
屋上には、無い野だけが残る。
無い野は、空を見上げた。
「……面白くなってきた」
その呟きは、
試合の鐘に、かき消された。
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