第71話 祝福しろ

『――――開始!!』


 鐘の音が、鳴り響いた。


 鐘の余韻が、まだ闘技場に残っていた。


 歩脚身取り出し器具野は、器具を肩に担ぎながら嗤う。


「おい下界人……俺は優しいんだ。

最初に一発だけ殴らせてやる」


無い野はその言葉を聞くと構えを解き、同じく嗤った。


「そうか……では、遠慮なく行かせてもらおう。」


「ククク……やってみろよ……」


 歩脚身取り出し器具野が自身の神の気を解放し、自身に纏わせる。


「この俺の神鎧しんがいを破れるものならな。」


 コロシアム外の翔馬達もその圧に警戒する。


「これが……神界のエリートか……」


 次の瞬間。


 ――ドンッ。


 とんでもない圧が、闘技場を叩き潰した。


 神の気が爆発的に膨れ上がり、

 床の石畳が悲鳴を上げる。


 無い野は飛んできた石の破片を破壊し、蒼の気を巡らせた。


「うおおおおお!!」

「来たぞ!!取り出し器具野の本気だ!!」

「一発なんて喰らってやる必要ねえ!!さっさとぶっ殺しちまえ!!」


 観客席は狂乱だった。


 取り出し器具野の甲殻が軋み、

 脚部の器具が神の気を帯びて赤く光る。


「どうした下界人?早く来い、まさか腰が抜け――」


 ――その言葉は、最後まで出なかった。


 無い野が、消えた。


 いや、違う。


 無い野そのものが

 最初から存在しなかったかのように。

 世界から姿を消した。


「……?」


 取り出し器具野が、違和感に眉をひそめる。


 ブチッッ。


 生々しい音がコロシアム内に響き渡る。


 観客の誰かが、息を呑んだ。


 無い野は、

 既に取り出し器具野の背後に立っていた。


 距離ゼロ。


 回避も、防御も、思考すら許さない間合い。


 無い野の右手が、静かに下ろされている。


 その手には――


 取り出し器具野の首があった。


「――え。」


 断面から勢いよく血が飛び散った。

 神の気が、白く霧散していく。


 胴体が、遅れて前に倒れる。


 ――ズン。


 音だけが、やけに大きかった。


 コロシアムが、

 完全に沈黙した。


『…………』


 司会者の声すら、出ない。


 無い野は、首を手放す。


 転がるそれを一瞥し、淡々と告げた。


「全員祝福しろ……王の帰還を。」


次の瞬間。


 観客席のあちこちから、

 恐怖と熱狂が入り混じった叫びが噴き出した。


「な……何だ今の……」

「取り出し器具野が……一瞬で……」

「下界人……いや、あいつ……」

「無い野って……まさか……」


 翔馬は、拳を強く握り締めていた。


(あいつ……先生との戦いからまだ一ヶ月ちょっとしか経ってないのにもうあんなに……)


 無い野は、すでに次を見据えていた。


 沈黙が、いつまでも続いた。


 コロシアムの誰もが、

 今起きた出来事を理解できていなかった。


 司会席の神界人が、喉を鳴らす。


 マイクを握る手が、はっきりと震えていた。


『……し、勝者……』


 一度、言葉が途切れる。


『……勝者、無い野……!』


 その瞬間。


 歓声ではなく、

 ざわめきが闘技場を覆った。


「嘘だろ……」

「なぁ……あの下界人ってもしかして……昔下界に追放された……」

「嘘だろ……じゃあ……他の4人も……?」


 対戦相手の控えにいた残り四人は、

 青ざめた顔で無い野を見ていた。


 脚が震え、

 武器を握る手に力が入らない。


「お、おい……」

「どうする……!?つ、次……誰が……」

「ふざけんな!あいつが瞬殺されたんだぞ!俺らで敵う訳ねえだろ!」


 誰も、前に出ない。


 無い野は、ため息を一つ吐いた。


 そして――

 観客席ではなく、対戦相手の四人だけを見据えて言う。


「……何をしている」


 声は、低く、静か。


「早く、次を上げてこい」


 その言葉が、

 決定打だった。


「ひっ……!」


 一人が、無意識に後ずさる。


 だが、

 逃げ場はない。


 司会が、動揺しながらも叫ぶ。


『っ、続行……!』

『先鋒・無い野、連戦を――』


 最後まで言い切る前に、4人は逃げ出していた。


「う、うわあぁぁぁぁ!!」

「無理だ!!逃げろ!!」

「お、おい!!ふざけんな!!待てよお前ら!!」


 ――ドン。


 床が砕ける。


 一人目。


 影が交錯した次の瞬間、

 胴体が二つに裂けていた。


「面倒だ……残った奴まとめてかかってこい。」


 司会は衝撃でマイクを地面に落とす。


「え……ちょっ……ルール……」


 二人目。


 悲鳴を上げる暇すらなく、

 頭部が消失する。


 三人目。


 神の気を張り、防御をしようとする素振りを見せたが無い野の一撃がそれを否定した。


 ――存在ごと、削り取られる。


 四人目。


「ヒッ……!!す、すいません……!!許し――」


 膝をつき、

 命乞いの言葉を絞り出そうとした、その時。


「面汚しが。」


 いつのまにか背後に立っていた多死Rossの指が、軽く触れた。


「ガッッ!!」


身体が弾け、爆散する。


「お前らごときにこの神聖なコロシアムに立つ資格はない。」


 時間にして、

 十数秒。


 五人分の死体が、

 闘技場に転がっていた。


 司会は、完全に声を失っている。


 観客席も、

 さっきまでの熱狂が嘘のように静まり返っていた。


 ――殺しを娯楽としてきた神界人達が、

 “見てはいけないものを見た”顔をしていた。


 無い野は、血を被った自身の手を見下ろし、

 淡々と呟く。


「多死Ross、貴様……まさかとは思うがこんな茶番に俺を付き合わせるつもりか?」


同じく血を被った多死Rossがそれに答える。


「安心しろ、こいつらが雑魚だっただけだ。

2回戦からはそれ相応の相手を出す。」


「哀れな勘違いだな、こいつらが雑魚なんじゃ無い、俺が圧倒的に強いだけだ。

多死Ross、お前よりもな。」


 その背中を、

 翔馬は黙って見つめていた。


(無い野……性格はともかく……やっぱり味方につくとこんなに頼もしいのか……)


そしてコロシアム観客席上部。


絶句し静まり返る観客達に反比例し、その男は愉快そうに笑っていた。


「なるほど……あいつが噂の無い野か、確かに中々の気を持ってる。」


隣のフードを被った少女が無表情で反応する。


「……うん、それであっちが亜里野。」


「亜里野翔馬か、で?主人格はどっちなんだっけ。」


フードの少女、夢野は呆れながらその男の方を向いた。


「何回も言ってるじゃん、無い野が私達の主人格。」


「あぁ、そうだそうだ。

悪いね毎回。」


 司会席の神界人が、慌てて地面のマイクを拾う。


『けっ、決着です!勝者下界チーム!』


 波乱のトーナメント、初戦の決着がついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る