第65話 私の望んだ世界
蒼気が苦悶の表情を浮かべ、血反吐を吐く。
喉から込み上げた赤が、地面に落ちた。
蒼の気は、もはや一片も感じられない。
(final formの…………弊害…………)
胸を貫いた拳の先で、
翔馬もまた――限界を迎えていた。
膝が震え、
視界が揺れ、
今にも崩れ落ちそうになりながらも。
翔馬は、口を開く。
「…………あんたが………した事を………俺は絶対に許さない」
声は掠れていたが、
言葉は、はっきりとしていた。
「俺は……生涯………あんたの事を恨むだろう。」
蒼気の瞳が、わずかに揺れる。
「それでも…………」
翔馬は、視線を落とした。
瓦礫と化した地面。
もう形も残らない、道。
――かつて。
三人で並んで帰った、あの帰り道。
他愛もない話をして、
笑い合って、
何の疑いもなく歩いた、あの時間。
もう、二度と戻らない。
「……ありがとう」
翔馬は、静かに告げた。
「先生。」
その言葉に、
蒼気の胸が――崩れ落ちる。
(私が……壊してしまった)
(私が望んだ世界を……)
(私は、自らの手で……)
視界が滲む。
(音色を……)
(この手で……殺してしまった……)
蒼気の身体が、小さく震え出す。
それが身体の限界によるものなのか。
それとも――
あの時、捨てると決めた筈だった。
もう捨てたと思っていた。
蒼気は、必死に口を動かす。
声は、かすれ。
それでも、確かに――届く。
「………死ぬ覚悟はあった。」
一瞬、言葉が詰まる。
「…………私には…………殺す覚悟が無かった………音色を………殺しておいて………」
「…………まだ………救われたかった。」
その瞬間。
蒼気の瞳から、
光が――完全に消える。
夕焼けが、道を染めていた。
長い影が三つ、地面に伸びている。
「なあ先生」
少年の声。
「今日の給食、与志野が牛乳こぼしてさ。
おしっこ漏らしたみたいになってたんだよ。」
「言うなよ……!」
慌てた声が重なり、
次の瞬間、笑い声が弾けた。
「……本当に、子供だな」
蒼気は苦笑しながら歩いている。
ランドセルを背負った二人。
左右に並ぶ、小さな背中。
特別な力も、
蒼の気も、
神も、祝福も。
何一つ関係のない時間。
ただの、帰り道。
「先生さ」
翔馬が、前を見たまま言う。
「もしさ……俺たちに親がいたら、どんな人だったと思う?」
蒼気は、少し考えてから答えた。
「……きっと、うるさいぞ」
「えぇー」
「門限だの、勉強だの、風呂入れだの」
与志野が笑う。
「それ……先生じゃん」
「……言うな」
三人はまた笑った。
沈みかけた太陽が、
街灯を一つずつ灯していく。
蒼気は、ふと足を止める。
「……なあ」
二人が振り返る。
「今日は……迎えが遅くなって、すまなかったな」
一瞬、沈黙。
だが翔馬は、首を振った。
「いいよ」
「来てくれただけで、俺達嬉しいんだ。」
与志野も、頷く。
「一人じゃなかった」
その言葉に、
蒼気の胸が、少しだけ――温かくなる。
「なあ先生」
翔馬が、照れたように言う。
「親が……先生だったらさ」
一拍。
「結構、悪くないと思う」
蒼気は、目を見開いた。
言葉が、出なかった。
与志野が、追い打ちをかける。
「うん。先生なら……いい」
蒼気は、前を向いたまま答える。
「……馬鹿なことを言うな」
だが声は、どこか優しかった。
三人の影が、再び歩き出す。
何気ない会話。
何気ない道。
――それが、
世界で一番、守るべきものだった。
夕焼けの中、
三人は歩いていく。
もう戻らない。
もう、存在しない。
それでも――
確かに、そこにあった帰り道。
――一週間後
町は、完全に壊滅していた。
瓦礫の山。
焼け落ちた建物。
ひび割れた道路に、立ち入り禁止のテープ。
テレビをつければ、どのチャンネルも同じ映像を流している。
“未曾有の大規模災害”。
“原因不明の爆発現象”。
“死者・行方不明者、数千人規模”。
真実を知る者は、いない。
少し離れた場所にあった神界高校も例外ではなかった。
衝撃の余波を免れたものの、混乱と安全確認のため無期限休校。
世界は、止まっていた。
――そんな荒廃した町の外れ。
奇跡的に原形を留めていた一棟のビル。
その屋上に、一人の男が立っていた。
無い野。
風に煽られ、血の乾いた服が揺れる。
眼下に広がる瓦礫の海を、無言で見下ろしていた。
そこへ――
「無い野。」
背後から、声。
無い野は振り返らない。
「……お前か。」
翔馬は、ゆっくりと屋上へ歩み出る。
以前の面影はある。
だが、どこか決定的に違っていた。
「何の用だ。」
無い野が、短く問う。
翔馬は、一歩踏み出す。
「力を貸してほしい」
無い野の口元が、わずかに歪んだ。
「……ほう」
「黒幕は分かってる」
翔馬は、空を見上げる。
「お前もやるつもりなんだろ?」
視線が、無い野へ戻る。
「――野神だ」
無い野は、静かに息を吐いた。
「……仲良しこよしで協力して神界を落とそうと……そういうことか?」
翔馬は否定しない。
「そうだ」
一瞬の沈黙。
そして――
無い野は、ニヤリと笑った。
「良いだろう……乗ってやる。」
歯を剥き出しにして、愉快そうに。
「だが忘れるなよ……最後に野神を殺すのは……この俺だ。」
――神界。
白く、果てのない広間。
そこに、七つの気配が集っていた。
7天神。
その中央、玉座に座す存在が口を開く。
「監視役・蒼気。
執行者・多い死。
――双方、無い野一行による死亡を確認した」
場の空気が、わずかに軋む。
「即刻命ずる」
野神の声は、感情を排した冷たさだった。
「無い野、及びその全人格の完全抹殺。
奴に与していた人間も、例外ではない」
7天神は、黙って聞いていた。
その時。
一人の男が、前へ出た。
「俺がやりましょう、野神様。」
低く、乾いた声。
野神が視線を向ける。
「……お前か。」
男は、薄く笑った。
「多死Rossたしろす。」
その名に、空気が凍る。
「何てったって――」
多死Rossは、指を鳴らす。
「実の父親を殺されてますからね。
俺が行くのが、一番“筋”でしょう?」
沈黙。
野神は、短く頷いた。
「許可する」
多死Rossの瞳が、歪んだ光を帯びる。
――狩りが、始まる。
――そして、どこか遠く。
夢と現の狭間。
一人の少女が、目を開いた。
「……来るね」
囁くような声。
「予定通り………」
多重人格の一人。
夢野。
彼女の背後で、世界が軋む。
新たな戦いの鼓動は、確かに鳴っていた。
翔馬と無い野は静かに空を見上げる。
空、その遥か先ーー
自分が帰るべき世界が、そこにあることを悟る。
「大丈夫だ……先生、音色。」
「あの世界は...…俺が壊す。」
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