第46話 覚悟

無い野の身体が、地面を抉りながら転がった。


 ――ごぼっ。


 口から、喉から、内臓の奥から。

 抑えきれない血が噴き出す。


「……っ……!!」


 MODE終点の弊害。

 限界を超えた肉体は、命令を拒否し、完全に硬直していた。


 指一本、動かない。


 一方――


 翔馬もまた、限界だった。


 MODEとFinal Form。

 二つの禁忌を重ねた反動は、想像以上に重い。


 蒼の気は枯れ、身体は鉛のように重く、

 翔馬はそのまま、地面へと崩れ落ちた。


 視界が揺れる。


 遠くで――

 与志野たちが叫びながら、こちらへ駆けてくるのが見えた。


 だが、二人はまだ――話していた。


 無い野が、血に濡れた口元を歪める。


「……Final Form……

 あの時……俺が使った時に……視認して……コピーしたか……」


 翔馬は、息を整えるのもやっとだったが、静かに答える。


「……コピーなんて……

 上出来なもんじゃねえ……」


 喉が焼ける。


 それでも、言葉を紡ぐ。


「……ただの……猿真似だ……

 使いこなせてたら……

 反動は……こんなもんじゃ……なかった……」


 一瞬。


 無い野の目が、見開かれる。


「……猿真似……だと……?」


 血を吐きながら、嗤う。


「……ククッ……

 ふざけるな……」


 声が、低く震える。


「俺が……

 猿真似に……負けたとでも……言うのか……」


 翔馬は、しばらく沈黙した。


 そして、正直に――言った。


「……実力では……

 お前が……優勢だった……」


 無い野の笑みが、わずかに戻る。


 だが――


 翔馬は、続けた。


「ただ……」


 その一言で、空気が変わる。


「俺は……

 仲間を……守ると……誓った……」


 与志野たちの足音が、近づいてくる。


「お前に……

 なかったのは……」


 翔馬は、無い野を真っ直ぐに見た。


「……守る覚悟だけだ。」


 無い野の表情が、凍りつく。


 否定しようとした。

 嘲笑しようとした。


 だが――

 言葉が出なかった。


(……守る……?)


 脳裏をよぎるのは、

 力、才能、効率、支配。


 そこに――

 “誰かを守るために負ける覚悟”は、なかった。


 無い野は、天を仰いだ。


「…………」


 悔しさか、怒りか、理解か。


 その全てが混ざった、短い舌打ち。


「……そんなもの……」


 その声は、もう――弱々しかった。


 次の瞬間。


「翔馬!!」


 与志野たちが、二人の元へ辿り着く。


 無い野の視界が、ゆっくりと暗くなっていく。


(………負けたのか……こんな奴らに……)


 力ではなく。

 才能でもなく。


 ――“覚悟”に。


 荒野に、静寂が戻った。


 決戦は、終わっていた。



蒼の気が、静かに流れ込む。


「……っ……」


 翔馬の胸が大きく上下し、折れていた感覚が徐々に戻っていく。

 田野が額に汗を浮かべながら、治癒を続けていた。


「……これで……動けるはず……完全じゃないけど……」


「ありがとう……田野……」


 翔馬はゆっくりと起き上がる。


 その視線の先――

 地面に横たわる無い野が、かろうじて息をしていた。


 当て野が、一歩前に出る。


「……翔馬。」


 声は冷静だが、迷いはない。


「やるならいましかない。

 無い野を……吸収してしまおう」


 その言葉に、場の空気が凍る。


「今なら抵抗できない。

 放っておけば、また必ず戻ってくる」


 正論だった。


 翔馬は、拳を握る。


 ――吸収すれば、終わる。

 ――この戦いは、ここで完全に。


 だが。


「……」


 翔馬の足は、動かなかった。


「……?おい、翔……」


 その直後――


 空気が、歪んだ。


 蒼の気とは異質な、冷たい存在感。


「――残念だな」


 その声と同時に、一人の男が現れる。


「……!!」


 翔馬たちは、一斉に振り向いた。


 そこに立っていたのは――蒼気。


 そして。


 彼の手には、

 多い死の死体が、無造作にぶら下げられていた。


「……な……」


「嘘だろ……」


 誰かが、掠れた声を漏らす。


 蒼気は死体を地面に落とすと、無い野へと視線を向けた。


「人格分裂……か」


 淡々と、吐き捨てる。


「結局、なんの意味もなかったな」


 無い野の目が、かすかに動く。


 蒼気は近づき、見下ろす。


「惨めだな。」


 言葉に、感情はない。


「自分が雑魚だと思っていた奴に負ける気分はどうだ?」


 無い野の唇が、震える。


 「蒼……気……!」


 翔馬は、思わず前に出た。


「やめろよ。」


 怒りを露わにする。


「馬鹿にすんな

 こいつは……!」


 だが蒼気は、翔馬を一瞥しただけだった。


「翔馬、提案だ」


 次の瞬間、蒼気の視線が翔馬に突き刺さる。


「役立たずの無い野の代わりに――

 俺とお前で、神界を変えよう」


 場が、完全に静まり返る。


「……何……?」


「お前なら分かるはずだ。

 この世界が、どれだけ歪んでいるか」


 蒼気は、淡々と続ける。


「力を持つ者が、縛られ、

 無意味な秩序に従わされる世界」


「壊す価値はある。」


 翔馬は、即答だった。


「断る」


 迷いはなかった。


「話し合いでなんとか出来ないか?なるべく闘いたくはない。」


 一瞬だけ――

 蒼気の口元が、歪む。


「……そうか」


 その瞬間。


「………?」


 翔馬が違和感に気づいた時には、遅かった。


 ――無い野の姿が、消えていた。


「逃げた……!?」


 与志野が叫ぶ。


 蒼気は、すでに背を向けていた。


「選択を誤るなよ、翔馬。」


 振り返らず、言い残す。


「次は……

 敵として会おう。」


 そして――

 蒼気の姿も、霧のように消えた。


 荒野に残ったのは、

 倒れた多い死の亡骸と、

 戦いの爪痕だけ。


 翔馬は、強く拳を握りしめる。


(……終わってない)


 無い野も。

 蒼気も。

 神界も。


 ――本当の戦いは、これからだった。

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