あいしてる

遊人

第0話 おねいさん


幸せな日常が壊れたあの日から、もう随分と経った。あの日の朝、マンションのエントランスで元気な挨拶をくれたあの子供は元気だろうか。今になってそんなことを思い出すのは、今私が子供達との生活を始めたからだろう。


「おねいさん!お本読んでー!!」


小さな女の子が声をかけてくる。めいちゃんだ。二つのおさげが揺れている。そして彼女の後ろから、また1人、男の子が駆けてくる。彼はハルト君。キラキラとした目でこちらを見つめくる。彼らを孤独にしたのは一体誰なのだろう。


「おねいさんおねいさん!僕も一緒に遊びたい!!」


「めいちゃん…ハルト君も、、わかったわかった…みんなで一緒に遊びましょう」


2人を横に座らせ、絵本を開く。これは桃太郎だ、


「昔々あるところに、お祖父さんとお婆さんが…」


「おい!大人のくせにまた遊んでるのかお前。」


…うわ…きた。

この中学生ほどに見える天然パーマの男の子、ひなた君、目が合うたびに棘のある言葉を投げてくる。

その目はどこか遠いところを見るようで、私を映してはいない。この子もきっと辛い思いをしたんだろう。


4年前のあの日、ひどい揺れで混乱の最中、唯一手に入った情報は、バイオテロが発生、今すぐ逃げろ。どこに逃げろと言うのだ全く。多くの人が本土に向かう唯一の橋へ向かう中、私は恐ろしくてただ会社のデスクの下にうずくまっていた。スマホの中で静かに流れるライブ映像、橋には多くの人影。ただそれは人ではなかった。人の姿をしたまま、人でなくなってしまった哀れな感染者たち…そう、ゾンビだ。その映像からは流れてくる無言の中からは、車の衝突音、人々の逃げ惑う声がありありと聞こえてくるようだった。私は1人では一歩も動けなかった。ただ運良く人と出会い、ゾンビを掻い潜り食料を探してこの四年を生きてきた。何度も出会いと別れを繰り返しながら。そして一昨日だ。大型ショッピングモールに食料を探しに入ると、そこには子供たちが暮らしていた。


7人の子供たち、小学生程度の子が4人、中高生あたりの子供が2人、2歳ほどの赤ん坊がひとり。


どうしてここには大人が誰もいないのだろうか。


そんなこと誰にもわからないが、ただ一つ、彼らを見つけた大人として、やるべきことは決まっている。


「子供たちの面倒を見るだと?ありえない。」

ダンっと机を叩くのは、私のグループのリーダー的存在だ。この人のおかげで確かに幾度も命を救われてきたが、なにぶん冷徹すぎる。人の情などないのだろうか。

「でもこんなところに子供達だけで…きっとすぐに死んでしまうわ」

「それがなんだと言うんだ。それに見ろあの坊主、生意気な態度をしやがって、俺たち大人のおかげで生きてきたのだろうに!」

「あんな態度にも理由があるかもしれないじゃないですか!見捨てるなんて…!!」

他の人たちはダンマリとしている。しかし大方リーダーの意見に逆らおうとはしない。

「俺たちはこんなもう食料も尽きかけている場所に留まる気はない、奴らを連れて行く気も毛頭ない。そんなに彼らが気にかかるなら、お前だてで面倒を見ればいいだろう?ここに残ればいい」

「それはっ!!私だけ残って何になると言うのですか!!」

「ほれ見ろ結局他人任せじゃないか」

「っ!!」

言ってやったと言う顔をしている、でも私が見捨てれば、この子達は…!

「…1人だけ…1人だけはダメですか??1人だけでも助けてあげたい…。」

「はっ、1人でも足手纏いにはかわらないだろう」

「……1人くらいならいいのでは?」


今まで口をつぐんでいたものたちが、そっと口を開く。


「一番小さい子は流石に無理でも、他の子達はもう言えば静かにできる年頃ですし…1人くらい増えても支障はないのでは…?」


「私たちが助けてあげないと…ねぇ?」


「なぁまぁいい、お前らまでそう言うなら、勝手にすればいいさ。言っておくが俺は手助けしないからな!!では、出発は明後日だ、準備しておくんだぞ。」


そう言い残してリーダーが去るとともに、皆も解散の流れとなった。


翌朝、まだ眠気の覚めないまま廊下を歩いていると、何か後ろから引っ張られる感覚がした。振り向くと長い髪を弄りながら少女が私のズボンをそっと掴んでいた。

「どうしたのめいちゃん?」


「えっとね…おねいさん、髪の毛やって欲しいの。いつもの三つ編み…!」


「そうなのね!いいわよ!お姉さんがやってあげる!!」


丁寧に髪を二つに分けて、片方ずつ三つ編みをして行く。するとめいちゃんはポツリと言った。

「おねいさん、すごく優しい手で触ってくれるから、気持ちいいなぁ。」

思わず口に出してしまった。

「めいちゃん…お姉さんたちと一緒にこない?」


翌日、大人たちは出発準備をしていた。昨日メイちゃんにもらった答えは、「うーん、わかんない!」だった。着々と準備は進み、あとは出発するのみとなった。「おねいさんーん!!」大きな声で呼ばれ跳ねるように振り向く。「お、お、おねいさん。私も連れてって?」

「っ!!!!うん!一緒に行こう。行こう!!」


そして私たちはめいちゃんただ1人を連れて、ショッピングモールを後にしたのだった。

あれ、今日はめいちゃんちゃんと三つ編みされてる…。すごく綺麗な丁寧な三つ編み…めいちゃんほんとは随分器用なのかな?


―数週間後

「おいおいどうするんだ、食料がもう尽きる!」

「どうしてどこもかしこも食料がないんだ…一度あのショッピングモールに戻るか?」

「いやあそこも俺らが持ってきたので最後くらいだった。それにあそこにたどり着く前に食料は尽きる!」

「いやでもこのまま闇雲に歩くよりはまずは一度戻って作戦を立て直したほうがいい!」

「誰だよ子供連れてこようって言ったやつ!無駄に食料食うやつ増やしやがってよ!」


「おねいさん…私たちこれからどうなっちゃうの?」

「……」

膝に座るめいちゃんの手をそっと握る。


「よし、やはりとりあえずショッピングモールに戻ろう。まだ少しなら食料も残っているはずだ。」


そう話がまとまり、またショッピングモールに向けて歩き出した。そしてその道中のことだった。


「おい!なんでこんなにゾンビがいるんだ!!」

「こんな群れいるなんて!前通った時にはいなかったじゃないかぁ」


私たちはゾンビの群れに遭遇した。今までもこう言ったことがなかったわけではない。ただいまは食料も尽きかけ体力も限界に近かった。発砲音が響き、そしてだんだんと小さくなって行く。弾丸がもうない。


「うわぁっ!!」


振り向くと、リーダーが倒れていた。その上にはゾンビがのしかかっている。助けに入った他の仲間たちは、後ろからくるゾンビたちに気づいていないのだろうか…。私はと言うと、恐怖でまた一歩も動けなくなっていた。もう終わりだ。そう思った時だった。


「おねいさん…こっち!!」


めいちゃんは私の手を掴んで引っ張った。私はされるがままに走り出した。

「喋らないでね、私についてきて!!」


めいちゃんは路地裏とも言えぬ狭い隙間に逃げ込んだ、私はどうにかそこに体を捩じ込んでいく。

「こんなところ、ゾンビが来たら逃げられないんじゃない?あの人たちとも離れてしまって!もう守ってもらえないじゃない!!」


「おねいさん!ゾンビはね、戦うよりも逃げるほうがいいんだよ。音によってきちゃうから。それにね、ゾンビは足が遅いんだよ?アキラが言ってた!」


(……アキラ??)


「おねいさん、一緒に逃げよう。それでやっぱりみんなのところに帰ろう!」


なんでわたし…守られて…。


向こうの道から光が差し込む。路地裏を抜けるようだ。え、あれ、そんな何も見ずに飛び出したら…ゾンビが……!!

路地裏を飛び出しためいちゃんに覆い被さる。あぁ、予想外れてくれたらよかったのに。肩に鋭い痛みが走る。噛まれた。


渾身の力でゾンビを突き飛ばす。


「はぁっはぁっはぁっ、うぅ…」


4年生き延びた。なのに…。

「おねいさん…!!」

あ、めいちゃん大丈夫?怪我はない?

「…ごめんね。」

ごめんね連れ出して。ごめんね勝手に守ろうとして。こんな場所で1人にされためいちゃんは、これからどうするのだろう…だんだんと意識が朦朧とする中、突き飛ばしたゾンビが立ち上がり、こちらへ向かってくる様子が見えた。

「おねいさん!立って!逃げよう!!」

「あぁ……」

終わりだ、私も、めいちゃんも。終わりだ――


「こんなことだろうと思ったわ」


目を上げるとそこには小さな背中。その向こうでゾンビがドサリと倒れるのが見える。

「アキラー!!!」

アキラ…誰??こんな子供知らない…。


「……お姉さん、あとは僕が。」



その声を最後に私の意識はふっと消えた。




「アキラ、おねいちゃん、死んじゃった?」

「あぁ。帰ろう。」


(『また』だったな)

アキラのため息はビル風の中に消えた。

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