生活必需品、爆弾。

八代オクタ

『爆弾』

 巷では、檸檬が爆弾になるという、嘘か誠かで言えば明らかな嘘が、まことしやかに信じられているようだが、そんなことはないと声を大にして――というほどでもないが、私は世間に訴えたい。


 如何してそんなことを訴えてみたくなったのか。……それは、わたしが本物の『爆弾』を、自社のシステム開発部の部長のデスクに仕掛けたからだ。


 本物の質感を、形状を、仕組みを、この身をもって体感していた。はじめてそれを作ったときの高揚感といったら、あれは忘れられない。これで何を、どんなふうに爆破させてやろうか。思い出すだけで鳥肌が立つ。


 着崩したスーツを身にまとった、退職したての私は、ビルに背を向け、駅へと向かった。


「やぁーっと解放されたぜ、あのクソブラック企業から……」


 その呟きを拾ってくれる人が誰もいない、午前二時。見えないものを見ようともしていないし、望遠鏡も担いでいない私は、ただの不審者である。さっさと帰ろう。駅へ向かう足を速めた。


 ……我ながら華麗な手口だったな、と、先程の『退勤してからの初めての出勤』を思い出す。


 *


 子の正刻。いつもは残業パーリナイなシステム開発部は、今日は珍しく全員退勤していた。理由は単純で、クリスマス休戦という、クリスマス当日とイヴだけは定時退社できるという、とーっても優しい制度があるからだ。


 休戦っていうくらいなら、休みにしろよ。


 何はともあれ、いつでも仕事ができるようにと、不用心にも鍵の開いた事務所のドアを開け、部長のデスクのPCに回り込んだ。


 (部長の仕事を手伝う際に何度も使わせていただいた)パスワードを打ち込み、デスクトップ画面へ潜入完了。


 Pythonを開き、事前に暗記していたコードを打ち込む。


 何度も何度も、重ねて、連ねた。怒りと怒りと――あと怒りをエネルギーにして。


 出来上がったZIPファイルに「白萩部長へ♡.zip」と名付け、逃亡した。


 *


 タクシーに揺られ、ボロいマンションの自宅へ辿り着いた。


 あのzip爆弾が作動したかどうか、知りたくはあるが、もう退職した身だ。知る由もない。


 溜息をひとつついて、


「仕事、探さなきゃな」

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