学園都市まほろばプロジェクト ~楔《くさび》ヒカリは“兵器”として管理されている~
よみひとしらず
第1章 学園都市編
第1話 学園都市まほろば
世界は、確実に速くなっていた。
科学技術の進歩は指数関数的に加速し、
昨日まで理論上の存在だったものが、今日には実験段階へと移行する。
そんな時代が、当たり前のように続いている。
人工知能。
量子演算。
核融合。
反重力理論。
かつては国家規模でしか扱えなかった分野が、
今では「次の世代」に引き継がれる前提の技術として語られていた。
その流れの中で、ある国が一つの結論に辿り着く。
――人類そのものを、次の段階へ進める。
技術だけでは足りない。
それを扱う人間も、最初から最適化すべきだ。
そうして生み出されたのが、
生まれながらに能力を設計された存在。
デザインベビー。
遺伝子段階で適性を調整され、
知能、身体能力、感覚、反応速度――
いずれか、あるいは複数の分野に特化して誕生する子どもたち。
彼らは「兵器」ではない。
だが同時に、従来の人類とも明確に異なる存在だった。
この計画は瞬く間に世界へ広がる。
各国は競うように追随し、独自の設計思想を打ち出していった。
ただし、日本は違った。
全面的な導入は行わない。
社会全体を作り替えることもしない。
代わりに採られたのは、限定運用という選択だった。
国の管理下に特別区域を設け、
その内部でのみ、デザインベビーを育成・研究・教育する。
外の社会とは切り離し、
同時に、完全に閉じもしない。
そうして設立されたのが――
特区学園都市 真秀ろば(まほろば)。
この都市は、三つの区域から成り立っている。
科学技術研究エリア。
居住エリア。
そして、学園エリア。
デザインベビーたちはここで学び、訓練を受け、
自分の能力を測られ、評価される。
将来、
研究者として。
技術者として。
あるいは、運用者として。
高度科学技術の中核を担う存在になることを期待されている。
だが――
この都市の内部は、決して一枚岩ではない。
旧来の人類社会と協調しようとする者。
自分たちだけの理想郷を築こうとする者。
どこにも属さず、距離を取る者。
同じ「デザインベビー」であっても、
思想も立場も、少しずつ異なっている。
それでも現在、
学園都市まほろばという組織そのものは、
旧体制・旧人類に友好的な立場を取っている。
少なくとも――
表向きは。
◆
学生寮のゲートを抜けた瞬間、
朝の空気が、ほんの少しだけ変わった。
ここは、高等部学生寮。
幼等部から中等部まで過ごしてきた居住区とは、
同じ街の中でも、どこか雰囲気が違う。
この特区では、
幼等部・初等部・中等部・高等部までが一貫した教育体系になっている。
生まれたときから、ここで育つ。
学び、測られ、選別され、次の段階へ進む。
私も、その流れの中にいた。
そして今日、
中等部を終えて、高等部へ進級した。
整備された歩道。
規則正しく流れる人の列。
上空をゆっくりと巡回する監視ドローン。
見慣れた学園都市の光景。
それでも――今日は、少し違う。
夜の名残を引きずった冷たい風が、頬を撫でる。
それだけで、意識が切り替わった。
ガラスに映った自分の姿を、ほんの一瞬だけ確認する。
赤みの強いショートヘア。
整えてきたから、寝癖はない。
光の当たり方次第で、
金色に見えるらしい目。
制服は規定通り。
着崩しもしない。
……派手なつもりはない。
でも、この街では、
「目立たないほうが難しい」だけだ。
私は、
幼等部からこの学園都市で育ち、
小等部、中等部を経て――今日から高等部。
特別な自己紹介をするつもりはない。
運動分野が得意で、結果を出したことがある。
それだけ。
期待されることにも、
名前を覚えられることにも、
もう慣れている。
好きかどうかは、別だけど。
私は視線を前に戻し、歩き出す。
腰元のショルダーホルスターに、
正式名称は長い。
だから、私はそれを――ピコバスターと呼んでいる。
FPSゲームに出てきそうなコンパクトな外見。
淡い配色のフレーム。
グリップの先には、小さな兎のチャーム。
……少し可愛すぎるかもしれない。
でも、気に入っている。
これは護身用であり、競技用であり、
私にとって、一番馴染んだ装備だ。
歩きながら、頭部のヘッドセットに指で触れる。
起動。
『――マスターシステム、起動しました』
落ち着いた電子音声が、耳元に響く。
射撃補正、状況解析、行動ログの記録。
高等部に進級した運動分野の生徒には、
ほぼ標準装備に近い存在。
「……おはよう、アルマ」
『おはようございます、マスター』
即座に返ってくる応答。
感情はない。けれど、聞き慣れた声だ。
私は、そのまま学園エリアのゲートへ向かう。
――今日から、ここが私のフィールドだ。
◆
学園エリアのゲートは、想像していたよりも静かだった。
大きな門や威圧的な検問があるわけじゃない。
高等部の生徒が通るには、あまりにも簡素だ。
ゲートを通ると手首のスマートウォッチ型デバイスに内蔵された生徒IDが読み込まれる。
――ピッ。
短い電子音。
そして空中に、簡易ホログラムが表示される。
《楔 ヒカリ》
《高等部1-A》
それだけ。
成績も、評価も、肩書きも表示されない。
ここでは、名前とクラスだけが通行証だ。
ゲートが静かに開く。
私は、一歩踏み出した。
学園エリアの空気は、学生寮とは少し違う。
同じ都市の中なのに、密度が違う。
歩く生徒の足取り。
視線の運び方。
無意識の距離感。
――ここからは、「学ぶ場所」だ。
歩きながら、私は周囲を確認する。
高等部の校舎は、奥に向かって段階的に配置されている。
研究棟に近いほど、上級学年。
一年生の教室は、学園エリアの入口寄りだ。
合理的で、分かりやすい。
そのとき。
「――あっ」
前方から、小さな声。
次の瞬間、肩に軽い衝撃があった。
ほんの一瞬。
避けきれなかった程度の接触。
「す、すみません!」
反射的に、私の方が先に謝っていた。
すると――
「い、いえっ! こちらこそっ!」
相手も同時に頭を下げる。
タイミングがずれて、妙な間が生まれる。
私は顔を上げた。
黒髪。
眼鏡。
背は平均的。
制服は規定通り、きっちり着ている。
……正直、印象は薄い。
「大丈夫でした?」
私がそう声をかけると、相手は一瞬固まった。
「は、はい! だ、大丈夫です!」
声が少し裏返っている。
視線が定まらない。
緊張している、というより――
人と話すのが苦手そうだ。
「それなら、よかったです」
私は軽く会釈して、そのまま歩き出そうとする。
すると、背後から慌てた声が飛んできた。
「あ、あのっ!」
振り返る。
相手は、なぜか一歩下がっていた。
「……?」
「えっと、その……」
言葉を探すように口を開いて、
結局、何も言えずに――
「ご、ごめんなさい!」
深く頭を下げて、そのまま小走りで去っていった。
……。
私は、その背中を一瞬だけ見送る。
「……朝から忙しいな」
それ以上、特に気にすることもなく、歩き出す。
名前も、クラスも、知らない。
たぶん、もう会わない。
――この時は、そう思っていた。
私は、そのまま一年生用校舎へ向かった。
高等部の初日は、まだ始まったばかりだ。
◆
校舎へ向かう途中、手首の生徒用デバイスが小さく振動した。
――通知。
歩きながら、軽く指でタップする。
空中に、簡易ウィンドウが展開された。
《新着ニュース》
学園都市まほろばでは、
研究成果や競技成績が即座に共有される。
誰が、何をしたか。
どこで、どんな結果を出したか。
良くも悪くも、隠し事はできない。
私は、特に意識せずに視線を流した。
――そのはずだった。
《科学オリンピック》
《基礎研究部門》
少しだけ、指が止まる。
《金賞》
さらに下へ。
《断原 カナメ》
《高等部1-A》
「……」
一瞬、思考が止まった。
名前の横に、研究成果の概要と一緒に
小さな顔写真が表示されている。
黒髪。
眼鏡。
少し伏し目がちで、どこか落ち着かない表情。
――見覚えがあった。
「……あ」
さっき、ゲート前でぶつかった生徒。
謝り合って、
結局、名前も聞かないまま別れた相手。
映像と記憶が、ぴたりと重なる。
「……同じ人だ」
基礎研究部門。
金賞。
それは、この学園都市では
「ただすごい」では済まされない称号だ。
将来性。
危険性。
価値。
全部まとめて、評価された証。
しかも――
「……同じクラス?」
《高等部 1-A》
もう一度、表示を確認する。
間違いない。
私は、無意識に歩みを止めていた。
あの様子で。
あの雰囲気で。
「……分からないものだな」
小さく呟く。
学生オリンピックで結果を出した私。
基礎研究で金賞を取った彼。
同じクラス。
同じ学年。
同じ場所に集められている。
――それが、この学園都市だ。
デバイスを閉じる。
廊下の向こうに、一年生の教室が見えてきた。
ホームルームが、始まる。
今日という一日は、
思っていたよりも、騒がしくなりそうだった。
◆
教室に入ると、すでに半分ほど席が埋まっていた。
窓際。
前から三列目。
名簿に書かれていた番号の席に、私は腰を下ろす。
高等部一年。
1-A。
中等部と大きく変わらないはずなのに、
教室の空気は、少しだけ違っていた。
静かだ。
ざわつきがない。
全員が、どこか様子をうかがっている。
――当たり前か。
ここにいるのは、全員デザインベビー。
しかも、高等部。
これから先、
研究に行く者。
競技に進む者。
管理側に回る者。
それぞれの「役割」が、ここから本格的に振り分けられていく。
「えっと……それじゃあ、始めましょうか」
前に立った女性教師が、少し控えめに声を出した。
柔らかい声。
派手さはない。
存在感も、強くはない。
でも、不思議と安心する。
「私は担任の神代です。
担当は基礎倫理と、生活指導……みたいなものですね」
軽く笑って、続ける。
「高等部一年生、最初のホームルームです。
緊張していると思いますけど、大丈夫ですよ」
その言葉に、誰かが小さく息を吐いた。
神代先生は、名簿に視線を落とす。
「それじゃあ……
もう何人か終わっていますけど、続きをやりますね」
数名の自己紹介が、淡々と進む。
科学分野。
工学分野。
情報処理。
やはり、高等部らしい内容が多い。
そして――
「次、
ひとつ後ろの席から、椅子の音がした。
すっと立ち上がったのは、
長い黒髪を後ろでまとめた女子生徒だった。
姿勢がいい。
無駄がない。
「朝霧刹那です。
専攻は射撃・狙撃分野です」
声は低めで、落ち着いている。
「中等部では射撃大会に出ていました。
高等部でも、同じ分野で続ける予定です」
それだけ。
余計な言葉はない。
でも、
教室の空気が、ほんの少し引き締まった。
――実力者。
そういう雰囲気を、隠そうとしていない。
神代先生が、軽く頷く。
「ありがとうございます。
次、
私の番だ。
椅子から立ち上がる。
「楔ヒカリです」
声は、いつも通り。
「運動分野が専攻です。
中等部では、学生オリンピックに出ていました」
ざわ、と小さく空気が動く。
視線が集まる。
でも、気にしない。
「高等部でも、競技と訓練を続ける予定です。
よろしくお願いします」
座る。
それだけ。
神代先生は、特にコメントを挟まなかった。
余計な持ち上げもしない。
その距離感が、ありがたい。
そして――
「次、
教室の後方。
少し遅れて、椅子が引かれる音。
立ち上がったのは、
朝、ゲート前でぶつかった男子生徒だった。
黒髪。
眼鏡。
少しだけ、肩がこわばっている。
「……断原カナメです」
声は、控えめ。
「専攻は、基礎研究です」
一拍。
「……科学オリンピックの、基礎研究部門に出ました」
それだけ。
でも――
誰も、聞き逃さなかった。
基礎研究。
金賞。
口にしなくても、
教室の何人かは、すでに知っている。
私は、席から彼を見る。
――やっぱり、同じ人だ。
朝の、あの感じからは想像できない。
でも、ここにいる理由は、はっきりしている。
神代先生は、穏やかに微笑んだ。
「ありがとうございます。
皆さん、個性豊かですね」
それは、
この学園都市では、ほとんど決まり文句だった。
ホームルームは、そのまま事務連絡に移る。
時間割。
施設利用。
競技場申請の方法。
高等部としての「日常」が、静かに提示されていく。
私は、椅子に座り直す。
――全部が、ここから始まる。
そう、はっきり分かった。
◆
ホームルームが終わり、
教室の扉が開く。
生徒たちは、それぞれの方向へ散っていく。
次の授業。
研究棟。
競技場。
私は、廊下に出てから一度だけ、後ろを振り返った。
教室の中。
朝霧刹那。
断原カナメ。
同じ空間。
同じ学年。
同じクラス。
それぞれ、違う方向を向いている。
私は、腰のピコバスターの重みを、無意識に確かめる。
頭の中で、アルマの声が静かに待機している。
――まだ、何も始まっていない。
でも。
この一年は、
ただの「学園生活」では終わらない。
そんな予感だけが、
胸の奥に、静かに残っていた。
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