僕と足枷
なんば
第1話
「僕と足枷」
川沿いにある、桜並木のベンチに座っていると、花びらが一つ、靴の先に落ちた。
わざわざ季節の終わりを知らせるために来たように見え、名残惜しくもあり、
それでいて新たな出会いへの期待も混ざっていて、晴れ切らない心持ちだった。
靴先に見惚れて、黙ったまま季節にさよならを告げると、足首に足枷が見える。
僕が、いつ、どんな罪を犯したのかは知らないが、気づいた頃には取れなくなっていて、最初こそ邪魔に感じたが、今では何とも思わないし、共存する以外に選択肢はなかった。
とにかく、21回目の春の匂いを忘れないように、散りゆく桜を眺めていた。
花びらは雨のように地面に落ち、新たな緑となって、生まれ変わる。
それを何度も繰り返し、いつかは枯れる。
僕と似ているな、と思った。唯一違いがあるとするのなら、この足枷だろう。
散ろうにも、生まれ変わろうにも、変化を許してくれないらしい。
考えていると惨めに思えてくるので、立ち上がり、散歩をすることにした。
歩こうにも、真っすぐ歩けない。
足がこんがらがって転びそうなので、俯いて歩くしかなかった。
傍から見れば、暗闇の中を彷徨う蛾のようにも見えるかもしれないし、
同じものを持つ人なら、同情してくれるかもしれない。
どちらにせよ、他人という鏡に自分が映っている事実。これが恐ろしかった。
僕が人と目を合わせて話せないのも、これが理由だった。
やがて大通りへ出ると、先程の景色とは裏腹に、偽物の春で溢れていた。
これでは、季節さえも見失いそうで、音を立てる心臓を慰めながら、
転ばないように、一歩一歩慎重に、引き返すことにした。
戻れば戻るほど、人通りは少なくなり、川のせせらぎを聴いて、心臓も落ち着いてきたようだ。
少し休憩しようと、道端でしゃがみ込むと、野良猫が寄ってきた。
餌が欲しいのかもしれないが、あいにく何も持っていなかったので、撫でてやることしか出来なかった。
戯れていると歩き方がおかしいのに気が付き、抱き上げると、足を怪我しているようで、いびつな良心と、正直な不誠実さがお互いに蠢いている。
それを咀嚼しようと必死だったが、結局、病院に連れていく事にした。
普段なら見捨てていたと思う。だが、今日は靴先の花びらといい、些細なことが妙に大きく感じられた。
これは儚く散る、桜のせいだろう。そう考えていた。
足の怪我は大したことがなく、すぐに良くなるらしい。
病院を去ると、妙に足が軽く、足首を見ると足枷が外れていた。
それを拾って鞄に入れ、猫を連れて帰ることにし、家へ向かう。
すらすらと動く足は使い心地が良く、これで俯く必要もなくなった。
鼻歌を唄いながら、ドアを開けると、鏡のない部屋に猫を放ち、
一緒に落ち着かない様子で、ウロウロと歩いて回った。
すると窓の外から夜の気配がしたので、ベッドに倒れこみ、目を瞑り、明日は周りにこの足を見せつけようと考え、足枷を抱きしめながら眠った。
目を覚ますと相変わらず綺麗な足首が見え、身体も軽く、街へ出ることにした。
その前に、日課である、宛先のない手紙を書くことにし、ペンを持つ。
「ついに足枷が外れました。
身体も軽く、足はスラスラと動きます。
今日はこの足を見せつけるつもりです」
手紙だらけの引き出しに押し込むと、街へ出る。
桜は昨日より痩せ細り、病気のような姿だった。
体調が良くなった時の、緑々とした、元気な姿が楽しみだ。
大通りへ向かい、足を見せつけるように軽快に歩いて、人々の顔を伺った。
だが、何の反応も示さず、今までの、僕を見て示した嫌悪の表情が脳裏をよぎる。
あれは本当に僕に向けられたものだったのだろうか。
他人が鏡だとすれば、それに映っているのは僕の表情であるはずだ。
なぜ今まで気づかなかったのだろう。きっと、足枷のせいで考えが鈍っていたのだろう。
結局、僕は大通りを引き返し、病気の桜並木に戻ってきた。
逃げてきた、といったほうが正しいのかもしれない。
そういえば、家にいる猫に餌をやるのを忘れてたな。
まあ勝手に何か食べているはずだ。
そんな事を考えながら歩いていると、昨日と同じベンチに腰を下ろした。
道行く人は誰もこちらを見てくれない。
こんなにも美しい足を持っていて、真っすぐに歩けるというのに。
彼らの中ではそれが普通のことなのか。21年間、気づかなかった。
川沿いにある、桜並木のベンチに座っていると、花びらが一つ、頭の先に落ちた。
わざわざ何かを知らせに来たようで、名残惜しくもあり、それでいて、絶望と失望が混ざっていて、晴れやかな、これ以上ない晴天のような、そんな心持ちだった。
僕は鞄から足枷を取り出し、足首に着けた。
立ち上がると、足が重くて真っすぐ歩けない。
足が笑って転びそうなので、俯いて歩くしかなかった。
僕と足枷 なんば @tesu451
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