辺境に追放された魔導工学師、古代遺跡の【お節介AI重機】を目覚めさせる。不毛の荒野? 多脚戦車で一瞬で温泉リゾートですが何か?

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第1章:追放と最強のオカン

第1話 『地味だから』という理由で追放されました

 カチャン、と乾いた音が、王城の一室に響いた。

 それは、俺が愛用していた整備用の工具セットを、テーブルの上に置いた音だった。

 磨き上げられたミスリル合金のドライバー、魔力伝導率を測定するクリスタル製のテスター、そして微細な魔力回路を繋ぐためのピンセット。

 10年間、俺の指先の一部として、この国の屋台骨を支え続けてきた相棒たちだ。


「……で、話というのはそれだけか?」


 俺は、努めて低い声で尋ねた。

 目の前に座っているのは、この王国の希望の星とされる『光の勇者』カイル。まだ20歳になったばかりの、金髪碧眼の美青年だ。

 その隣には、聖女、賢者、騎士団長の息子といった、若く才能あふれるパーティメンバーたちが並んでいる。彼らは一様に、俺に対して侮蔑と苛立ちを含んだ視線を向けていた。


 カイルは、組んだ足を苛立たしげに揺らしながら、吐き捨てるように言った。


「ああ、それだけだ。聞こえなかったのか、おっさん。『お前はクビだ』と言ったんだよ。今日限りで俺たちのパーティから出ていけ。いや、この王都からも出ていってもらおうか」


 直接的な宣告だった。

 俺、アルド・グレイフィールド。30歳。

 王国筆頭魔導工学師という肩書きこそあるが、やっていることは彼らの武器防具のメンテナンスから、野営時の結界設置、果ては壊れた馬車の車軸修理まで、ありとあらゆる雑用だ。


「理由は?」


 感情を殺して、俺は問う。

 カイルは鼻で笑った。


「理由? 鏡を見てみろよ。薄汚れた作業着に、油の染みついた手。華やかな俺たちのパーティにふさわしくないんだよ。それに何より……お前の魔法は『地味』すぎる」


「地味……?」


「そうだ。俺の聖剣技『ライトニング・ブレイバー』を見ろ。あんなに派手に雷光を放つのに、お前の補助魔法はどうだ? 光りもしなければ音もしない。ただ魔力を流すだけ。そんなの、誰にだってできる」


 カイルはテーブルの上に、自慢の聖剣『エクスカリバー・レプリカ』をドンと置いた。

 白銀の刀身には、複雑怪奇な魔導回路が刻印されている。

 俺は思わず、その刀身に手を伸ばしかけた。剣の根元、柄との接合部分に、極微細なクラックが入っていたからだ。

 昨日の戦闘で、カイルが無理な角度で振るったせいだろう。このままでは次の最大出力時に、回路が焼き切れる。


「……カイル。その剣だが、第3回路のバイパスが摩耗している。今すぐ調整しないと、次の『ライトニング・ブレイバー』で爆発するぞ」


「はっ! またそれだ。そうやって適当な専門用語を並べて、自分を重要に見せようとする。うんざりなんだよ、そういう詐欺師みたいな手口は」


 カイルは俺の手を払いのけた。

 パシッ、という音が、ひどく虚しく響く。


「いいか? 俺の聖剣が強いのは、俺の魔力が強大だからだ。お前のちまちました整備なんて関係ない。賢者のミリアも言ってたぜ。『アルドさんの作業って、ただ油を差してるだけですよね』ってな」


 話を振られた賢者の少女ミリアが、肩をすくめて追随する。


「ええ、そうですわ。魔導効率の計算なんて、今の時代は自動化されていますもの。アルドさんが徹夜で回路図を描いているのを見ましたけど、あんなのアカデミーの初等科レベルですわよ。見ていて痛々しかったです」


 俺は小さく息を吐いた。

 彼らには見えていないのだ。

 自動化された計算式には、実戦における「ノイズ」が含まれていないことを。

 魔物の体液や泥が付着した状態での魔力伝導率の変化を、俺が一つ一つ手作業で、ミクロ単位の調整を行って補正していることを。

 彼らが「俺の魔力すげー!」と放っている大魔法が、実は俺が裏で組んだセーフティプログラムと、オーバーフロー寸前の魔力制御術式によって支えられていることを。


 だが、それを今さら説明したところで何になる?

 俺は30歳だ。

 20歳の彼らにとって、理屈っぽいおっさんの説教ほど疎ましいものはないだろう。


「……そうか。分かった」


 俺は立ち上がった。

 反論もしないし、懇願もしない。

 ただ、10年積み上げてきたものが、音を立てて崩れ去っただけだ。いや、むしろ肩の荷が下りたような気さえした。


「分かってくれたなら話は早い。退職金はなしだ。今まで俺たちの名声に寄生して、散々甘い汁を吸ってきたんだ。むしろ今まで払った給料を返してほしいくらいだが、まあ今回は見逃してやる」


 甘い汁、か。

 俺の給料は、王都の平均的な職人のそれと同等か、あるいはそれ以下だった。

 予算のほとんどはカイルたちの装備品購入費や、遠征先での豪遊費に消えていたからだ。俺は自分の食費を削って、必要な工具や資材を買っていたというのに。


「ただし」


 カイルがニヤリと笑い、俺の腰にある工具ベルトを指差した。


「その工具類、およびお前が着ている『王国の紋章入りコート』は置いていけ。それは王国の備品だ。横領は許さんぞ」


「……これも、俺が自費で買ったものだが」


「領収書はあるのか? ないだろう? なら国のものだ。置いていけ」


 俺は無言で工具ベルトを外し、愛着のあるコートを脱いだ。

 下に着ているのは、薄汚れたタンクトップと、色褪せたカーゴパンツだけ。

 10年間、国のために尽くして、残ったのはこの身一つ。

 文字通り、着の身着のままだ。


「満足か?」


「ああ、せいせいしたよ。さっさと出ていけ、負け犬」


 勇者たちの嘲笑を背に、俺は部屋を出た。

 最後に一度だけ振り返り、テーブルの上の聖剣を見る。

 あの亀裂は、あと3回……いや、2回の戦闘で臨界点を迎えるだろう。

 だが、もう俺の知ったことではない。


 ガチャリ。

 重厚な扉を閉めた瞬間、俺と王国の縁は切れた。


 王都の門をくぐり抜けた時、空はすでに茜色に染まっていた。

 巨大な城壁が背後に遠ざかっていく。

 検問の兵士は、俺の顔を知っていたが、勇者からの通達があったのだろう。憐れむような、あるいは軽蔑するような目で俺を通した。

 荷物は一つもない。

 ポケットに入っているのは、最後の一本になったタバコと、安物のライターだけ。


 荒野へと続く街道を歩きながら、俺はタバコに火をつけた。

 深く吸い込み、紫煙を吐き出す。

 不思議と、怒りは湧いてこなかった。

 あるのは、奇妙なまでの開放感だ。


「……終わったんだな」


 独り言が風に流される。

 毎朝4時に起きて、勇者たちの装備を点検する義務も。

 夜中に叩き起こされて、「風呂の湯が出ないから直せ」と理不尽な命令を受けることも。

 予算会議で頭の固い大臣たちに、「安全対策費」の必要性を説いて鼻で笑われることも。

 もう、何もしなくていい。


「これからは、俺のために生きるか」


 ふと、自分の手を見る。

 油と切り傷で荒れた、職人の手だ。

 魔力回路の接続に特化したこの指先は、まだ震えていない。技術はここにある。

 誰にも評価されなかったが、俺自身だけは知っている。

 俺の【魔力変換】スキルと工学知識があれば、何だって作れるということを。


「まずは寝床だな。雨風をしのげて、足を伸ばして眠れる場所。……贅沢を言えば、温かいスープがあれば最高だが」


 俺は荒野の彼方、切り立った岩山の方角を見つめた。

 あそこには、古い時代の遺跡があると聞いたことがある。

 誰も近づかない危険地帯『死の荒野』。

 だが、今の俺には失うものなんて何もない。魔物が出ようが、野垂れ死のうが、あの王城で神経をすり減らして死ぬよりはずっとマシだ。


 30歳、無職。所持金ゼロ。

 人生の再スタートにしてはハードモードすぎるが、悪くない。

 俺はタバコを指で弾き飛ばし、土煙の舞う荒野へと一歩を踏み出した。


 その時、俺はまだ知らなかった。

 俺が去った直後から、王城の地下にある巨大浄化槽が異音を上げ始め、カイルの聖剣の魔力回路が赤熱し始めていることを。

 そして何より、この荒野の先で、俺の人生を劇的に変える『とんでもないオカン』との出会いが待っていることを。


 辺境開拓ライフの幕開けは、静かに、しかし確実に近づいていた。

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2026年1月14日 14:00
2026年1月15日 10:00

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