浄罪師【現代編】

弓月

プロローグ:『神の不在と、積み上がる業』

 人は、自らが犯した罪を、いかなる秤で計るのだろうか。

 ふとした瞬間に吐き捨てた、刃のような言葉。己の欲望のために踏みにじった、誰かの尊厳。救いを求める手に気づかぬふりをした、卑怯な沈黙。


 そして――他者の命を奪い、その魂を汚濁に染めた時。その罪は、永遠という名の牢獄に刻まれるのだろうか。


 西暦2XXX年。世界は、かつて「平和」と呼んでいた概念を喪失した。 大戦の終結後、束の間の安寧を享受した人類を待っていたのは、目に見えぬ「秩序の崩壊」だった。


 原因は、誰にもわからない。  ただ一つ確かなことは、日没と共に世界は「屠殺場」へと変貌するということだ。


 医療は極限まで進化し、病魔は克服された。  理論上、人類の寿命は無限に引き延ばされるはずだった。 しかし、墓の数は減るどころか、加速度的に増え続けている。


 病死よりも遥かに速く、『他殺』という名の暴力が命を刈り取っていくからだ。


 それは、目に見えぬ「毒」だった。三百年前、魂の澱を浄化し、輪廻の輪へと還していた「浄罪師」が歴史から姿を消したその時から、世界には出口のない業が溜まり続けてきた。  浄化を拒まれた罪は、生物濃縮のように人間から人間へと伝播し、より濃く、より醜く、人々の精神を侵食していく。

 いにしえの言い伝えは、空虚に響く。 『悪事を働けば、神に見捨てられ地獄に堕ちる』

だが、今の世を見渡せば、地獄などという場所はもはや地下には存在しない。この空の下、血に飢えた者たちが跋扈するこの現世こそが、地獄そのものなのだから。

 おそらく、この世界には「罪」を赦し、魂を導く神など、もういない。


 かつて、人間はもっと優しかった。  いつから、我々は「人間」であることを辞めてしまったのか。


 この物語が終焉を迎える時。 人類は、未だ「人間」の形を保てているだろうか。


 それとも――。

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