第2話
意識を取り戻すと俺は森の中に寝っ転がっていた。河原ではなく病院ではなく、俺のいるところは間違いなく森の中だった。
「え? え?」
なぜ森の中にいるのか。どういうことだと体を起こしてあたりを見回した。人影はなく、俺に突進してきたトラックもいなかった。三六〇度、霧がかかった鬱蒼とした森が広がっていた。
俺はゆっくりと立ち上がり、そろそろと歩いてすぐそばにある苔むした大木の幹に手を当てた。冷たくもしっかりとした木の感触が手のひらに伝わってきた。
「……本物だ。夢じゃない」
苔から少量の水が指の間を伝って流れ落ちた。人の手が入っていない本物の森の感触を手のひらに感じた。
わけがわからないと呼吸が荒くなった。とにかく今どういう状況に置かれているのか知りたかった。俺はカバンからスマホを取り出した。ここがどこなのか、助けを呼ぶことができればと思った。俺は救難信号を打つような気持ちでスマホの画面をタップした。しかし絶望的な状況がそこにあった。圏外だったのだ。
「スマートフォン、電波がなければ、ただの板」
一句読んでから俺はガックリと膝を折った。四つん這いになって俺は嘆いた。
「一体全体、なんなんだよ〜」
手をついた地面は大きな岩がゴロゴロと並んでいて、大樹同様苔むしていて、岩の大地は、手をつくとぐっしょりと湿っていた。本当にここは東京なのか。こんな苔むした森が東京にあるなんて聞いたことがない。
一分ほどうなだれて、「よし」と顔をあげた。ウジウジしたってしょうがない。とりあえず森の探索だ。俺はあてもなく歩き始めた。
歩き始めてしばらくすると自分の体がすごく軽快に動くことに気がついた。太い木の根やゴツゴツとした岩の地面をまるでスキップするかのようにピョンピョン歩けた。それ以前に、交通事故にあったはずの体がどこも痛くないのだ。かなりの勢いでトラックに跳ねられたのはなんだったのか。俺は立ち止まり、ビュンとジャンプした。体が羽のように軽く、ビルの二階ほどの高さまで飛ぶことができた。
「そうか。ここは天国か」
苔むした木に触れて地面に触れて、その感触に夢ではないとわかったが、それでも現実離れした今に、俺はそう結論付けた。
「痛みを感じずに死ねて、天国に来れてラッキーした。これで池井戸先生の言葉に悩むことも無くなったんだ」
と言ったところで、俺は手にサックスケースを持っていることに気がついた。
「天国にサックスを持って来られるなんて、俺はよっぽどサックスに愛されているんだな」
ここが天国なのか、もう少し行けば天国につけるのかわからないけれども、死後の世界は好きなようにサックスを吹いて過ごそう。神様にも聞かせてあげようとなんだか明るい気持ちになれた。
『サックスを愛し、サックスに愛された男!』と大きな声で叫んでみた。肺活量には自信があった。かなり森の奥まで声が響いたのがわかって、超気持ちがよかった。
斜め左方向の森の向こうで鳥たちがザワっと羽ばたくような音が聞こえた。だいぶ離れたところにいるようだが、複数の鳥の鳴き声と羽ばたきが聞こえた。そこで群生しているのか。とりあえず生き物がいるところへ行ってみるか。俺は進路を森の向こうへと定めた。
「天国にいる鳥はどんな感じなんだろう。虹色の羽をしているとか、言葉が通じるとか」
天国に住む生き物の姿を想像してワクワクした。岩場をピョンピョン飛んで先を急いだ。木々の向こうが明るく見えた。木々の向こうは拓けているんだとわかった。太陽の光がキラキラして見えた。湖の水面に太陽の光が跳ね返ってキラキラしているのだろうかと想像した。ワクワクが一層高まって走るスピードを早めたその時、どこからともなく矢が飛んできて、俺の足元の苔むした岩に刺さった。
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