異世界へ転生しても、俺はかわらずサックス三昧!
濵口屋英明
第1話
「くぁwせdrftgyふじこlp」
河原の石を拾って、言葉にならない悔しさと一緒に目の前の川へと投げつけた。
流れる川の水をモーゼのように割る勢いで石を投げたつもりだったが、石は「どぶん」と低い音を立てて川に飲み込まれ、川が割れることはなかった。俺の怒りのパワーはそんなもんかと余計に落ち込んだ。
(君の音には感情が見えないんだよね)
俺の所属する音無高校吹奏楽部の顧問、池井戸先生のイヤミったらしい失笑が頭の中で再生された。
「くそっ!」
俺は再び石を川へと投げつけた。同じように石は「どぶん」と飲み込まれて川を割るには至らなかった。惨めさが心に積み重なり重さを増した。その重さに耐えきれなくなり、俺は河原に尻餅をついた。
自分で言うのもなんだが、俺は天才だった。物心つく前からサックスの演奏が入った楽曲を聴くと喜ぶ子供だったらしい。それならばと親は幼い俺にサックスを買い与え、俺は四歳を迎える前にサックスに夢中になった。指が届かなくとも根性でサックスを吹いた。メシ、風呂、寝る、以外の時間、ずっとサックスを吹いて俺は成長した。幼稚園に入った頃にはすでにそれなりに吹けるようになっていて、お遊戯会で「A列車で行こう」を吹いて先生や父兄さんたちをドン引きさせたりもした。
今までサックスでいろんな賞を獲ったし、賞賛された。サックスの申し子と言われるほどだった。そんな俺に池井戸先生はダメを出したのだ。
(君の音には感情がどぼん)
川の水面に池井戸先生の顔が思い浮かんできて、思わず石を投げつけた。ムシャクシャする。胸を真ん中から引き裂いて、心臓を直接ガリガリ掻きむしりたかった。そんな衝動を抱えたまま、俺はサックスケースを開けた。怒りのボルテージがマックスのまま、俺は鼻息を荒くして震える手でサックスを組み立てた。ストラップを首にかけ、サックスを抱えて立ち上がると俺は大きく息を吸い込んだ。マウスピースを咥え、鬱憤を吹き飛ばさんと大きくサックスに息を吹き込んだ。サックスの全てのキーを押し、できる限りに低い音で吠えた。石を投げただけでは消えなかった、水面に映る池井戸先生の嫌味な顔が、低音一発で粉々に砕け散った。ブレスのち、パラパラと音階を上げていき、そのあとは適当に吹いた。俺は自分の運指の巧みさに惚れ惚れした。感情? わけのわからないことを言うな。こんなに指が動くじゃないか。U字管を通って放たれる音が一音ずつ粒立っているのを聞いて、心がどんどん軽くなっていくのがわかった。
そうして吹き続けて、気がつくとあたりがすっかり暗くなっていた。時計を見ると三時間も吹き続けていた。
マウスピースから唇を離し、大きく伸びをした。
「スッキリしたし帰るか」
空は夕陽の赤を山際に残して紫に似た不気味な色をしていた。いつもは通勤、通学、ジョギングなどで賑わう河原なのに、人の姿が全く見えず、驚くほど静まり返っていた。なんだか嫌な予感がした。サックスを吹きまくって訪れた爽快な気分も、その嫌な予感に沈んでしまった。急いでサックスをケースにしまい手に持った瞬間、誰かに呼ばれた気がした。俺は声のする方へ振り返った。河原から見上げた土手の上には車がギリギリすれ違える幅の道路が通っていた。確かにそっちの方から声が聞こえたのだけれど、土手の上には車も人影も見えなかった。
気のせいか。と思った瞬間、まるで瞬間移動でもして来たかのようにいきなりトラックが土手の上から河原へと飛び込んできた。そして、俺に向かって猛スピードで土手を駆け降りてきた。
「うわ〜〜!」
逃げる間もなくトラックに跳ねられ、俺の体は空中へ舞い上がった。幸いなことに俺は痛みを感じる前に気を失うことができた。
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