眠れぬ蛇と龍

しろ

第1話 プロローグ

その夜の匂いを、俺は今でも忘れられない。

 血と、焦げた木と、雨に濡れた土の匂い。
 三歳の俺には、それが何の匂いなのか理解できなかった。ただ、胸の奥が焼けるように苦しかった。

 家は山のふもとにあった。
 蛇人間の集落としては小さく、外界と極力関わらず、静かに生きていた。

 ――だから、油断していた。

 最初に聞こえたのは、悲鳴だった。

 甲高く、途中で潰れるように途切れた声。
 母の声だと気づいたのは、倒れた扉の向こうに赤いものが広がってからだった。


 「蛇だ! ガキの蛇がいるぞ!」


 人間の男たち。
 

革鎧、錆びた剣、酒と汗の臭い。
 ――山賊だった。

 父は剣を取った。
 

何年も使っていない刃の潰れた剣だ

だが農具同然の刃で、数を相手にできるはずがない。

 剣が振り下ろされる。
 

骨が砕ける音。
 

父の身体が、信じられないほど簡単に地面に倒れた。

 俺は声を出せなかった。

 喉が閉じ、舌が張り付いたように動かない。
 ただ、血塗れの母が這い寄ってから俺を抱きしめ、背中を庇うのを感じていた。


 「逃げなさい」


 震える声。
 

それが、母の最後の言葉だった。

 刃が振り下ろされる瞬間、俺は母の腕から滑り落ち、床を転がった。
 

視界が回り、天井が割れ、炎が上がる。

落ちてきた天井によって山賊から分断される。

 泣き声が聞こえた。
 

弟だ。

 山賊の一人が、面白半分に持ち上げて――
 次の瞬間、壁に叩きつけた。

 音がした。
 

それだけだった。

 世界が、そこで止まった。

 気づいたとき、俺は家の外にいた。
 

燃え上がる炎の向こうで、笑い声が響いていた。

 蛇であることが、罪だったのか。
 

それとも、弱かったことが悪かったのか。



 わからないまま、俺は森へ逃げた


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 森へ逃げた当初は何もできなかった。

初めは家族を失ったという喪失感から。

その次は空腹から。1人で生きたことない人間には森は恐ろしすぎたのだ

 最初は、すべてが偶然だった。
 

腐りかけた倒木の下に、白い幼虫が蠢いているのを見つけ、嫌悪と空腹に負けて口にした。

吐き気はしたが、死ななかった。

腹はほんの少し満たされた。それだけで十分だった。
 次は、雨のあとに地面を這い出る小さな獣――蛇や鼠だ。

動きは速かったが、俺の身体は低く、地を這うことに向いていた。

噛みつき、締め、動かなくなるまで待つ。

初めはただ焼くだけで血について考えなかったがとても食えたものではなかった。

その経験から血の抜き方を覚えた。

 火は、恐ろしくもあり、必要なものだった。
 最初は落雷のあとに燃え残った枝を拾い、雨を避けて葉で包んだ。

火種はすぐに消えたが、煙の匂いと、焼けた肉の味は記憶に刻まれた。
 

母が父を送る際に石と石を打ち合わせ、火花が散る瞬間を思い出し、実践した

何度も失敗し、指先を裂き、それでも諦めなかった。火が灯った夜、俺は初めて、寒さに震えずに朝を迎えた。

 罠も、誰かに教わったわけではない。
獣道に細い蔓を張り、石を重りに使い、偶然首が引っかかった小鹿を見て、仕組みを理解した。
 成功したときより、失敗したときの方が多かった。だが失敗は、死ななかった理由を教えてくれた。蔓の太さ、結び目、風向き。

森は無言だったが、間違いには正直だった。

 水の飲み方も変わった。

雨水の溜まった小さな水溜りで水分補給をして三日三晩、腹痛に悶えた。
 

 川を見つけ、腹を壊すことは減った

川から遠い時は朝露を葉から舐め渇きを潤した

 初めは空腹に負けて様々なものを、口に入れた

毒のある実、食える根、触れてはいけない色。舌と胃が、それを覚えた。

 痛みの扱い方も学んだ。
 

怪我は治らない。だが、悪くもならないようにはできる。

泥を洗い流し、葉で圧をかけ、じっと待つ。待つことは、逃げることより難しかった。

 生き延びるために必要なことは、勇気ではなかった。
 観察と、我慢と、失敗を忘れないこと。
 そうして少しずつ、俺は森の中で「死なないやり方」を身につけていった。


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お話を書くというのは初めてなのでご覧になった方はぜひ生暖かい目で見てください。

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