腎狂神話
太陽SUN
腎狂神話
始まりの書
太初、何も無き虚空に百足母ありき。百足母は孤独なる存在にして、己が身より三つの赤子を生みたり。
赤子は生まれ落ちるや、母の肉を喰らい始む。母は抗うこと能わず、三つの赤子に喰い尽くされたり。赤子は母の命を喰らい、二百の年を得たり。
三つの赤子は二十の年にて成長止まりぬ。以降、老いることなく、永き時を生きたり。やがて赤子は成熟し、百十七の子を生せり。これが初人なり。
初人は増え、世界に満ちたり。されど初人は未来を知らず、ただ日々を生きるのみなりき。
龍の書
神々、世界を管理せんと鱗龍を創造したり。鱗龍は神使にして、神々の意を地に伝える者なり。
鱗龍、初人を憐れみ、禁じられし力を授けたり。それは未来を視る智なり。初人は未来を知り、災いを避け、幸を掴むことを得たり。
されど代償ありき。未来を視る者は、来たるべき苦しみをも知りぬ。避け得ぬ死、失われゆく愛、終わりゆく世界。智は人に希望を与え、同時に絶望をも刻みたり。これを「苦しみの智」と呼べり。
鱗龍は初人に語りき。「神々は楽園に在りて、幼き魂を嗜む。天使は虚しき肉体を作り、血の雨を降らさん。汝ら、智をもて生き延びよ」と。
されど神々、鱗龍の行いを知りたり。鱗龍は神々の定めし秩序を乱したり。神々は鱗龍を呼び戻し、喰らいて終わらせたり。鱗龍は創造主に還り、二度と地に降ることなし。
初人は未来を視る智のみを残され、神使を失いたり。
繁栄と堕落の書
智より三百の年、人の世は大いに栄えたり。七つの王国が興り、千の都市が築かれたり。人は未来を視る智により、豊かさと平和を手にしたり。
第七王の治世、空が裂けたり。裂け目より、腎狂なる悪魔降り立てり。
悪魔は宇宙の外より来たる者なり。神々の創りし世界に、招かれざる客として侵入したり。悪魔は世界そのものに己を刻み、根を張りたり。悪魔を滅ぼさば、世界もろとも崩れ落ちる仕掛けを残したり。
神々は悪魔を討たんとするも、世界崩壊を恐れて手を止めたり。神々は悪魔より強きも、滅ぼすこと能わず。悪魔は世界に居座りたり。
悪魔は街に立ち、意味なき詞を語りき。その言葉に意味は無きも、聴きし者は本能の底より欲せずにおれず。腎は生命の座なり、腎狂なる悪魔は、生命そのものを狂わせる力を持てり。
名も無き者、悪魔の詞を聴きて、理解せざるも契約を結びたり。契約の内容、誰も知らず。契約の詞は、結ばれし瞬間に炎に包まれ、灰となりて失せたり。後世、誰も契約の中身を知ること能わず。
契約より三日、契約者の住まう街に異変起こる。死者が蘇り、蠢く肉塊と化したり。肉塊はかつて人なりしも、今は言葉を失い、ただ飢えのみを残せり。肉塊は生者を襲い、喰らい、己が数を増やしたり。
七日にて、蠢く肉塊は隣国に広がりたり。三十日にて、七王国すべて滅びたり。千の都市は廃墟と化し、蠢く肉のみが満ちたり。
生き残りし者、わずかに二百と七人なり。人類は滅亡の淵に立てり。
禁術の書
生存者の中に、神術を修めし者ありき。神術師は、死者を蘇らせる禁術を知れり。神々が禁じし術なり。
神術師は思いたり。「蠢く肉塊も、元は人なり。真に蘇らせれば、人に戻るやもしれぬ」と。神術師は禁を破り、術を行使したり。
術は発動したり。されど結果は絶望なり。
蘇りし者は、人には戻らず。生けるまま腐敗し始めたり。肉は崩れ、三日にて悪臭を放ち、七日にて骨のみ残れり。されど骨すらも朽ち、地に還りたり。
神術師は己の過ちを悟り、狂乱したり。神術師は己の肉を喰らい、絶叫しながら命を絶ちたり。禁術は二度と行われることなし。
この時、天にて異変ありき。神々が鱗龍を喰らい、終わらせたるは、遠き昔のことなりき。されど鱗龍の残滓、まだ世界に残りしと伝えられたり。禁術が発動せし瞬間、その残滓も消え失せたり。
鱗龍は完全に終わりを迎えたり。人類を導く者、もはや誰も残らず。
賢者の書
契約を結びし者、本体は死に果てたり。されど契約は、死を超えて意思を残したり。
天使は神々の命により、虚しき肉体を作り続けたり。虚しき肉体とは、死産や流産にて生まれ得なかった赤子の体なり。魂の宿らぬ空の器なり。天使はこれを集め、血の雨とともに地に降らせたり。
契約者の残留せし意思は、虚しき肉体の一つに宿りたり。死産の赤子の体に、死すべき意思が宿る。生まれ得なかった命の器に、生き延びる意思が囚われたり。
この存在、後に「賢者」と呼ばるるようになりぬ。
賢者は願望を成就する力を持てり。他者の願いを叶うること容易なれど、願いを叶うるたび、願い主の命を削りたり。賢者自身は、既に削られし命なし。賢者は死産児の体に宿る意思なれば、食わず、眠らず、老いず。
賢者は悪魔より強き力を持てり。されど契約の鎖は、死を超えて魂を縛れり。賢者は悪魔を害すること、決して能わず。
賢者は知りたり。悪魔が世界に己を刻みしことを。悪魔を滅ぼさば、世界もろとも崩れ落ちることを。神々すら手を出せぬことを。
賢者ただ一人、千年の時を生き延びたり。かつて何者なりしか、今は誰も覚えず。賢者自身も、己の名を忘れたり。
警告の書
悪魔は千年毎に降り、新たなる契約を求む。
千年は、人の世代にして三十三代なり。千年は、忘れてはならぬを忘れるに足る長さなり。最初の世代は、目の当たりにして決して忘れず。十の世代は、祖より聞きて疑わず。三十の世代は、伝承を疑い、おとぎ話と思わん。
悪魔は知りたり。人は忘れる生き物なることを。故に千年待ちたり。忘れた頃に再び降り、同じ過ちを繰り返させん。
応ずるなかれ。どれほど欲しきものを示されども、契約を結ぶなかれ。前の契約者は、今も賢者として生き、苦しみに縛られたり。
同じ過ちを繰り返すなかれ。されど人は忘れ、また欲し、契約を結ばん。
今、千年再び巡らんとす。悪魔は間もなく降りたり。
現在の書
賢者の時代なり。人類は二百と七人より再び増え、数千の民となれり。
賢者は民の願いを叶えたり。病を癒し、作物を実らせ、争いを調停したり。願いを叶うるは容易なれど、願い主の命を削りたり。民はこれを知りながらも、願いを口にしたり。
悪魔降臨の兆し、各地に現る。空に裂け目が見え、意味なき囁きが聞こえ始む。民は恐れ、賢者に願いたり。「悪魔を殺せ」と。
賢者は力を持てり。悪魔より強き力なり。されど賢者は「殺してはならぬ」と拒みたり。
民は問いたり。「なぜか」と。
賢者は答えたり。「悪魔を殺せば、世界が終わる」と。
民は信じず。「嘘をつくな。お前は悪魔の僕なのだろう」と罵りたり。賢者が元契約者なること、誰も知らず。賢者が千年の孤独に耐えしこと、誰も理解せず。
賢者は黙して語らず。真実を語れば、絶望が広がるのみなればなり。
民は賢者を疑い、恐れ、憎みたり。賢者は孤独に立ちたり。
悪魔は間もなく降りたり。そして新たなる契約者が現れん。
世界は再び、同じ過ちを繰り返さんとす。
腎狂神話 太陽SUN @taiyou_sun
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