第4話 ハルディアという街と、温もり

 金髪の美丈夫は、自分をジルと呼ぶようにと言った。私も名前を名乗ったが、告げたのは『シュン』という名だけだ。この美丈夫が良い人なのか知り合って間もないから分からない。もし実はとんでもない悪人で、人身売買でもしているような人物だった場合には、急いで逃げなければならない。だから、フルネームを教えることに抵抗があったのだ。


「さあ、ここがあの森から一番近い街、ハルディアです。まずはどこを案内しましょうか」


 ジルが話し終わると同時に、私のお腹が盛大に鳴った。恥ずかしくて顔を真っ赤にし、俯く。


「ああ、そうだったね。お腹が空いているのなら、私の懇意にしている食堂を紹介しよう」


「いいえ! お金も持っていないので大丈夫です。一角うさぎを捌いても良い場所を教えてもらえますか?」


 ジルは目を丸くして驚いているようだ。


「いや、シュンは保護してもらうために来たのだろう?」


「あ、いえ、そうなのですが……。いずれは独り立ちしなければならないのですし、できることは自分でやるべきだと思うのです」


 部長職だったこともあり、私は人に仕事を丸投げするのが苦手だった。人を見て、頼めるものは頼むが、最終的には自分の目で確認しなければ気が済まないたちだったのだ。


「たしかにそれは間違っていないと思うが……。シュン、君は危なっかしいね。なぜあの場所にいたかも分からないのだろう? そうだね……私が数日、基本的なことだが知っておくべきルールや常識を教えてあげるよ。そのままの性格では、君の持っているその短剣すらも奪われてしまいそうだ」


「それはさすがに申し訳ないです。あなた様の貴重な時間を――」


「本当に君は子どもらしくないね。こんなときは、堂々と大人に頼ってもいいんだよ」


 ジルは私の頭を優しく撫でてくれた。見た目は幼い子どもだが、中身はオジサマなのだ。さすがに少し恥ずかしいと感じたが、それ以上に“嬉しい”という気持ちが、なぜだか分からないが胸に広がった。


「あ、ありがとう、ございます」


「ふふっ、決まりだね。今日は、私がご馳走するよ。早速、食堂に向かおう! そのうさぎは、インベントリに入れておくといい。時間も止まっているから、魔物や食材が腐らないんだよ」


 説明してくれながら、笑顔で食堂へ向かうジルを見て、子どもにルールを教えるなんて、こんなに面倒なことを率先してやってくれるから、良い人なんだろうなと、どこか他人事のように考えていた。ほんの数日の付き合いになると思っていたジルとの縁が、ここまで長くなるとはこの時の私は思ってもいなかったのであった。


 ★★★


「この食堂だよ。やあ、エリス。今日は、この子の分もお願いしていいかい?」


「あら、いらっしゃい。ジルが人を連れてくるなんて珍しい……って、随分可愛らしい連れだねえ! 黒髪に黒目なんて珍しいけど、どこかの貴族のお子さんかい?」


「いや、それが、記憶喪失みたいなんだ。森の入り口で倒れていたんだって。この格好で倒れていたらしいから、森に入る予定ではあったんだろうけどね」


「それは大変だったねえ。まだこんなに小さいのに、つらかっただろう? さあ、おいで。こっちにおすわり。うちの名物、猪のシチューを出してあげるわ」


 笑顔で声をかけてくれた店員のエリスは、とても働き者のようだ。きびきびと動く様は、私の狩りにも導入したいと思えるほどキレがあった。


「シュン、食事を摂ったら、泊まるところを先に探そうか。宿がなかったとしても、最悪はうちに泊めてあげるから大丈夫だよ。心配しないで」


 なんと、私の宿泊先まで面倒を見てくれるつもりらしい。野宿するしかないと思っていたから、これは有り難い申し出だった。


「ジル……さん、ありがとうございます。野宿するつもりだったので、助かります」


「ええっ!? 野宿するつもりだったのかい!? よ、よかったよ、君が危ういと判断した僕の感覚は、間違っていなかったようだね……」


「あらあら、さすがはジルね。記憶喪失だから仕方ないのかもしれないけど、この子は変な度胸があるから心配だわ」


「そうなんだよ、エリス。さっきも一角うさぎを森の中で捌こうとしていたんだ」


「なるほど、それで連れてきたのね。そうねえ……坊や、お名前は?」


「シュンと言います」


「丁寧な言葉遣いに、優雅な仕草。シチューも音を立てずに飲んでいるし、この子は貴族だった可能性が高いわね。危険だから、泊まる場所が見つからなかったら、うちにおいで。部屋なら空いてるから……うちに住み込むかい? そうだね、朝イチの水汲みだけ手伝ってくれたら、タダで泊まって構わないよ」


「エリス、気に入ったのかい? 珍しいね、即決するなんて」


「この子、お金も無いんだろうから、寝る場所ぐらい用意してあげたいじゃないの。一角うさぎは狩れたんだろ? ギルドに持って行っても、そんなに高い値段にはならないだろうから、うちで引き取ってあげる。その代わり、捌き方は厨房で習うんだよ。コツコツ頑張って強くなれば、もっと高いも手に入るようになる。そしたら、ちゃんとした値段で買い取ってあげようね」


 なるほど。私の狩った食用の魔物を、食堂で使うことで、私の食事を用意してくれるつもりなのだろう。それもとても有り難い。


「あの、エリスさん。ありがとうございます! わた……僕、頑張って美味しい食材を狩れるようになります!」


「ふふっ。ああ、頑張りな! 狩りで困ったら、ジルに聞くと良いよ。こんなチャラく見える男だけどね、これでもトップランカーなんだよ。狩りだけは、頼りになる男さ!」


「狩りなんて、酷いなあー、エリス。ちゃんと高級食材で貢献してるだろう?」


「そうだねえ。若い女性のお客さんを口説かなければ、良い取引先なんだけどねえ? あはは!」


 ジルとエリスの呑気な会話に、緊張していたらしい私は安堵し、少し眠気を感じた。住む場所は何とかなりそうだし、転生一日目は、無事に終わりそうだと……あ、そういえば子猫はどこに行ったんだろう。あの子猫と私は繋がっているらしいから、成長したか気になっていたのに。次に会ったら確認してみようと欠伸あくびを噛み殺す七歳児なのであった。

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