包囲網と魔女の能力(2)

「戯れ言を! 我らが主よ、お力をお示しください!」

 男のその指示を受けて彼の偶像、長身の女の姿の機械人形が走り出す。デザインからそうではないかと思っていたが、どうやら教主タチアナの姿を模した物のようだ。

(信仰心を認められたタイプね)

 熱心な信徒。あるいは、それ以上の狂信者。タチアナ人形は射程内にリグレットを捉えると途端に白い光を全身から放出した。

 高熱だ。凄まじい熱によって地面の岩をも瞬時に蒸発させる。蒸気が波となって周囲に広がり遠巻きに見守る船員たちを飲み込んだ。

「あちち!」

「うあっちい!」

「どうだ、この御威光! 教主様の神聖なる力をお借りした我が偶像の攻撃は一撃必殺! いかに不死の魔女と言えど無事には――むっ!?」

「無事には、なんだって?」

 見上げた視線の先にリグレットがいた。自身の偶像に抱えられて高く跳躍し、今の攻撃を回避していたのだ。

 その彼女の偶像の姿が見る間に変わる。翼のようなデザインのマントに覆い被さり本物の翼となって本体のリグレットを滑空させた。

 そうして男の背後に着地したところへ、今度は長い手足の女が襲って来る。

「きええええええええええええい!」

 裂帛の気合と共に繰り出される鋭い斬撃の数々。腕に装着した偶像の指は全て切れ味鋭いブレード。両足に装着した偶像は脚力を強化し尋常でない移動速度と跳躍力を生み出す。

 技術的にも彼女は優れている。なにせかつては殺し屋として裏社会で名を馳せた女。その実力を見込まれ教団にスカウトされた。

 ところが彼女の攻撃は全て同じ太刀筋に弾かれる。リグレットの前の空間に光が集束し、彼女の偶像の十指と同じ形の刃となった。

「なっ!?」

「反射鏡」

 どれだけ攻撃しても届かない。光の刃は女の攻撃をそっくりそのまま模倣する。まるで自分自身と打ち合っているかのよう。

 そこへ男の教主人形も再び襲いかかってきた。挟撃される形になったリグレットは素早く地面の石を拾い上げると体を回転させつつ前後の敵に向かって同時に投げ放つ。

「拡大鏡」

 再び彼女の偶像が変形した。二つの大きな輪となり、その中を通った石を瞬時に数百倍のサイズまで巨大化させる。

「ひっ――」

「なにぃ!?」

 身を伏せて辛うじて避ける女。教主人形は高熱によって半分の質量を蒸発させるも残り半分の下敷きになって押し潰された。

「どういうことだ、どれが偶像の力なんだ!?」

 偶像兵器にはそれぞれ固有の特殊な力が宿る。人間より力が強いとか頑丈といった部分は彼らの偶像のような機械型の場合必ず備わっている基本機能でしかない。

 あの教主人形なら間違いなく白熱化。女聖戦士のはおそらく切断力の強化。さっき攻撃をコピーした時に気付いたが、十本のブレードは全て高速振動している。あれで切れ味を増しているのだ。本来なら鋼も容易に断てるのだろう。

 特殊機能の数は基本的に一つ。一つの能力を異なる用途に使い分けることはできても複数の特異な力を宿すことは無い。だから彼らは驚いている。リグレットは飛行に模倣に物質巨大化と三つの特殊機能を続けて披露した。

 だからこそ彼女は確信を抱く。こいつらは教団内でさほど高い地位にいるわけではないようだと。おそらく中枢から指示を受けて派遣された地方支部の人員。

「私の偶像について詳しく聞いてないの? 教主様にあまり信用されていないみたいね」

 挑発すると案の定、男は青筋立てて激昂した。

「ぬかすな背信者! 偶像を与えられたこと自体あの方の信頼を得た証である! そのような戯れ言で我が信仰を揺らがそうなど!」

 ちょろい男だ。簡単に乗ってくれた。

 大岩を完全に蒸発させて立ち上がる教主人形。再び高熱を発しながら突進を始める。今度は石を拾わせまいと女聖戦士も素早く距離を詰めて来た。

 だがすでに仕込みは終わっている。リグレットは指を弾いてパチンと鳴らした。

「万華鏡」

 途端、彼女の姿は唐突に消失する。

「なっ――」

「ぎゃああああああああああああっ!?」

 怒りと戸惑いで一瞬仲間の存在を忘れてしまう男。そのせいで高熱を発する教主人形はそのまま前に進み、慌てて足を止めた女聖戦士に激突して彼女を焼き尽くした。

 虚像を見せていたのだ。彼らが見ていたのは幻。本物のリグレットはとっくに移動している。

「あ、ああっ!?」

「ほら、勝てなかった」

 背後から語りかけるリグレット。その右手はすでに短剣を握っており、フリーダの部下の一人が目を丸くする。

「あ、あれ!?」

 そう、これは彼から借りたもの。偶像兵器は強力でも、その使い手はただの人間。殺すのに高熱や振動するブレードなどいらない。

 彼女は躊躇無く男の首を斬った。頸動脈を断たれ血を噴き出しながら倒れる男。顔には絶望が刻まれている。

「う……う……」

 一瞥したリグレットは少しばかり憐れみの情を抱く。どうもこの二人は捨て石にされたらしい。

「あなたは私をよく知っているようね……」

「ええ、貴女はとても強いと聞いた。だから彼らをけしかけ観察させてもらった」

 ここまでの攻防に加わらなかった少年が淡々と答える。よく見ると彼の僧服の襟には他の二人には無い飾りがあった。

 円の中に十字がある白銀の記章。聖戦士の中でも教主直属の者にしか与えられないと聞く精鋭中の精鋭の証。

「鏡の魔女リグレット、噂に違わぬ実力だ……真っ向からぶつかっては僕も勝てるかわからない」

「試してみる?」

「いや――」

 先ほどのリグレットのように、突然少年の姿も消えた。同時に彼女の首が深く切り裂かれる。

「ッ!?」

 傷口を手で押さえながら振り返る彼女。視線の先、さっきの位置から二十メートル以上離れた場所に彼がいた。あの少女と共に。

「――作戦を変えよう。この子の命が惜しかったら、全員すぐに武装を解除するんだ」

「えっ……!?」

 何が起きたかわからず困惑するアミータ。周囲にいた仲間たちはいつの間にか斬り伏せられている。死に行く彼らの顔にも自分がどのように斬られたのかわからないという純粋な疑問が浮かんでいた。

 少年は一瞬で遠く離れた彼女の元まで移動し、他の船員たちを斬って彼女の首筋に刃を当てた。結果だけ見たらそうなる。

 だが、どうやったのかがわからない。



「速い……!」

 こちらも見誤っていたと認めるリグレット。あの少年は予想より強い。しかも手段を選ぶつもりが無い。他の二人は慢心ゆえかリグレット以外を後回しにして挑んで来たが、彼は真っ先に人質を取った。

「あ、ああ……あああ……」

 ようやく状況を理解したアミータは震えながら膝をつく。少年はいつでも彼女の首を斬り裂ける体勢。

「に、にげ……アミー、タ……」

 斬られた船員がそう呼びかけるが、少年は彼女が一歩でも動いた瞬間に躊躇無く首を斬り裂くだろう。そう確信させる眼差しでリグレットやフリーダたちを威圧している。

 ところが、躊躇無く動き出す者たちもいた。

「舐めんなガキ!」

「フンッ!」

「っ!?」

 人質など気にせず攻撃してきたコマギレとヘビィ・スモーカーの姿に目を見開く少年。

「そんな――」

 驚きながらもコマギレのカトラスとヘビィ・スモーカーの手斧を流麗な剣捌きで受け流した。そして再び偶像の力を発動させる。

 直後、彼は世界の支配者となった。時間の流れが限りなく遅くなって彼以外の全ての動きが止まる。

 この能力は転移でなく高速移動。人には知覚不能な速度で動き、なおかつ普段通りに考えて行動することが可能。正確には異なるが擬似的な時間停止能力と言って差し支えない。

 もっとも、光より速く動いているのに衝撃波などが発生しない事実を見ると単なる高速移動でもないのだろうが。

 攻撃を受け流された二人は無防備な体勢。しかも彼から見れば完全に停止しているため仕留めることは容易い。卑怯だと自分でも思うがここで確実に始末しておこう。

(侮っていたよ)

 狂乱の女神が率いる伝説の海賊団。先の大戦を生き抜き七年間教団と死闘を繰り広げてきた彼らもやはり一筋縄ではいかない。まさか人質を取られてなお構わずに攻撃して来るとは。

 人質の少女はまだ殺さない。殺したら価値が失われる。自分と大差の無い年齢で、この海賊団の中ではおそらく一番若手。だからこそ脅しの効果が高い。

「どうか安らかに」

 命を奪う時の礼儀としてそう唱える。そしてまず手強そうな大男の方に振り下ろし――かけて、その瞬間に少年は気付いた。リグレットの姿が消えていると。

「えっ?」

 驚いたのは彼女の消失に気付いたからだけではなかった。直後に彼は見つけ出したのだ。さっき受け流した小男のカトラスの刃、鏡のように磨き上げられたそれにリグレットの姿が映り込んでいると。今までいた場所にいないのに、刀身には彼女の姿が映っている。

(これはまさか⁉)

 余計なことに気を取られたせいでタイムリミットが迫った。彼の偶像の特殊機能は体感で十秒程度しか維持できない。残りはおそらく一秒か二秒。リグレットのこれが推察通りの力なら目の前の二人を殺した後で防御行動を取っても間に合わない可能性が高い。

 非能力者二人と引き換えに殺されてしまっては割に合わない。即座に判断した彼は防御態勢を取った。ほとんど同時に能力のタイムリミットが来て時間の流れが正常化する。

 その瞬間、予想通りコマギレのカトラスからリグレットが飛び出して来た。ガードは固めてあったものの恐ろしい速度でぶつかってきた刃を完全には防ぎ切れず肩口に傷を負う少年。

 瞬時に彼の背後まで駆け抜けたリグレットは振り返りつつ追撃を狙う。だが少年の剣の切っ先が肩に食い込み、押し止められた。

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