包囲網と魔女の能力(1)
船の墓場に座礁している無数の難破船の残骸。実はこれらも外からは見えないように修繕と改装を施された設備。倉庫や常駐している面々のねぐらとして使われており、錆びついたように見える大砲の数々もそう見せかけているだけで使用可能である。ボロボロの外板の下には装甲を仕込んであり防御力もそれなりに高い。
そのうち一隻の中に潜み周辺を見張っていた見張り番が最初に異変を察した。
「ん!?」
「どうした?」
「あのへん、波の立ち方が変だ。海の下になんかいるぞ! 警戒の鐘を鳴らせ!」
「おう!」
すぐさま相棒が警鐘を打ち鳴らす。途端に出港準備中だった海賊たちは顔付きを変え臨戦態勢に移行した。
『お早いお出ましだね! リグレット、乗りな!』
「了解」
海戦空戦はフリーダたちの十八番。ここは素直に任せるべきと判断し再び乗船するリグレット。
直後、伝声管で改めて報告が上がった。
『海の下に怪しい影! 浮上してきやす!』
『まだ撃つな、正体を見極めろ! 怪物かもしれん!』
霧が消失したとはいえ霧の海に潜んでいた怪物たちは残っているかもしれない。今までは霧に包まれた海域から出てこなかったが、この状況では彼らの事情も変わるだろう。そう思ってフリーダは先制攻撃を控えさせる。
リグレットは首を傾げた。
「攻撃してもいいんじゃない? 怪物だって敵には違いないでしょ」
『馬鹿言うな。あいつらの中にゃ想像を絶する化け物だっているんだよ。前に上から霧の海域を観察してみようとして馬鹿でかい海蛇に襲われたこともあった』
「飛んできたの? 海蛇が?」
『違う、空に届くほど長かったんだよ。アンタのオヤジの偶像みたいなやつさ。あんなの何度も戦いたかないだろ!』
それに、もしかしたら友好的な相手かもしれない。狂乱の女神などと呼ばれている割に理性的な判断を下すフリーダ。
けれど次の瞬間、手の平を返した。
『あっ、違います! 船だ! ありゃ海中船ですぜ!』
『なら攻撃しろ! 人間相手なら遠慮はいらないよ!』
『アイマム!』
難破船の側舷に並ぶ砲台が一斉に火を吹き、海中から浮上して来たという奇妙な船への砲撃を開始した。リグレットは耳を塞ぎながら大声でツッコむ。
「人間ならそれこそ話が通じるんじゃない!?」
『こんなとこまでわざわざ潜ってやって来た相手がマトモな連中なわけあるかい! そもそもアタシらにとっちゃ大陸全部が敵だろ!』
「それもそうね!」
味方だったら謝ろう。そう割り切ったリグレットだったが砲声はなお数と激しさを増していく。
これは味方の攻撃だけではない。敵も反撃を開始したらしい。しかも音は全方向から聞こえて来る。四方八方の難破船から次々に報告が舞い込んだ。
『お頭、南に三隻浮上!』
『東も三隻!』
『北からもです! すっかり包囲されてますぜ!』
『危ねえ、伏せろ!』
敵の攻撃を受け、震える難破船の群れ。粉塵が舞って白煙も上がった。敵味方共にありったけの大砲を撃ち合い小さな島全体を震動させる。
さらに島の中心、リグレットが立つクレイジー・ミューズ号の甲板に突如として影が差した。
「上!」
『チッ――』
舌打ちするフリーダ。今の彼女に舌など無いが、声と同じく錬金術の結晶たる音声再現装置を使ってその音を作る。
頭上を横切るのは間違いなく、彼女の自慢の船クレイジー・ミューズ号と同等の大きさを誇る飛行帆船。
『パクリやがったな!』
「来るわよ!」
警告するリグレット。いつの間にかその背後に立っていた彼女の偶像も空を見上げ、周囲の船員たちは武器を構える。
頭上を通過した船は攻撃して来なかった。代わりに三つの小さな影を投下した。
◇
――偶像兵器とは『金の書』に触れた者の理想や願望を実体化させた物体。ゆえに生み出した者の心のありよう次第では兵器などと呼べない攻撃性や戦闘力の低い個体も生まれる。
かつてシケイの仲間にいた『神官』などはその代表的な例。心優しく苦しむ人々の助けになることだけを願っていた彼は極めて希少な癒しの力を持つ杖を具現化させた。
そしてそれゆえに自らは戦う力を持たず、戦後に教団の手で亡き者とされてしまった。
「戦闘タイプの偶像ね」
『三人か』
敵の飛行帆船から飛び降りて来た三人組の姿をリグレットとフリーダは冷静に観察する。
偶像兵器を操る者を偶像使いと呼ぶ。偶像の姿も個々で全く異なっているのが普通で、かつての敵には動物の姿の偶像や馬を使わず走る戦車なんてものもいた。
「むっ!?」
「チッ、風か!」
甲板めがけて降下してきた三人だったが、すでにフリーダは風の膜を船の周囲に展開していた。その気流に押し流され少し離れた位置に着地する彼ら。
無論、あの高さから飛び降りて生身で降り立ったわけではない。それぞれ自分の偶像を使って無事に着地を果たす。
「ふん、流石に一筋縄ではいかんか」
「それでこそね」
「……」
禿頭で細目の屈強な男。茶髪を長く伸ばして後ろで結った女。寡黙な雰囲気の十代半ばと思しき銀髪の少年。
男は女神像のようなデザインの背の高い偶像を従えており、女は手足に長さと大きさを拡張する装着型のそれを装備。少年の偶像は見当たらないが、ひょっとすると背負った身の丈ほどもある長大な剣がそれかもしれない。
三人とも教団に属する証の僧服を着用。ただし一般の信徒とは異なり戦闘用に誂えられた動きやすい戦闘用の物である。つまり教団お抱えの戦闘員『聖戦士』だ。
周囲ではまだ潜水艦隊と難破船の撃ち合いが続いている。その砲撃音に負けない大音声で男が吠えた。
「鏡の魔女リグレットとクレイジー・ミューズ海賊団に告ぐ! 諸君はすでに我ら神聖母教団西方第三艦隊よって完全に包囲された! 今すぐ降伏せよ! 戦力の差は圧倒的である!」
言葉通り確信と自信に満ちた表情。すでに勝敗は決したと思っているらしい。
たしかに十二隻の潜水艦隊に包囲され海は完全に封鎖された。頭上も彼らの空中帆船に押さえられている。クレイジー・ミューズ号が上昇を試みた途端に砲撃を繰り出してくるだろう。その上、三人の偶像使いに上陸を許してしまった。
一見すると絶体絶命の状況。クレイジー・ミューズ号には実は一人も偶像使いがいない。彼らは先の大戦中も船長フリーダの意向で金の書に触れなかった。錬金術師でもあるフリーダは人の知識と技術で再現可能な現象や装置だけを信用する。
ただし――
「馬鹿な連中だぜ」
「たった三人で乗り込んでくるたあな」
今の彼らに焦りは無かった。武器を構えて警戒しつつも偶像使いたちを恐れてはいない。
何故なら今この場には心強い味方がいる。
『任せたよ。うちの連中に手を出させんな』
「任せなさい」
気負うことなく船縁から跳び、彼らの前に着地するリグレット。翼のようなデザインのマントがはためきカラスを連想させる。
彼女の顔を見た男はニヤリと笑って恭しく一礼した。
「これは女王陛下、お目にかかれて光栄にございます」
「私はシケイじゃない」
無論シランでもない。どっちかわからず、どっちつかずの自分は最早ヤマトの王族にあらず。彼がそう呼んだ通り『鏡の魔女』と名乗る女。
だから笑った。リグレットもまた彼らを見て嘲笑する。
「人手不足? たった三人で私に勝てるの?」
「十分にございましょう」
こいつはかなりの自信家。後ろの女も余裕の態度で長い手足を構える。少年だけは動かない。
いいだろう、思い知らせてやる。ただし二度目は無い。
リグレットの目的は大きく分けて二つ。教団を潰すこと。そしてこの世から全ての偶像を消し去ること。
だから逃がしはしない。偶像と偶像使いは一つたりとも一人たりとも。火に飛び込んだのは自分たちだと知れ。
「皆殺しにしてあげる。あの世でたっぷり悔いるがいいわ」
そう言った彼女の背後では、瓜二つの『鏡』が挑発するようにくるりくるりと踊っていた。
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