囚われの魔女と狂乱の女神(1)
ルガフ大陸。海の怪物たちが蔓延る霧の海域によって西のガナン大陸と隔てられた地。南東のバダヤ大陸との間にも長く連なる巨大な山脈が横たわっており行き来は千年途絶えている。
かつてこの地の人々は念じるだけで火や氷を生み出す『魔法』を使うことができた。ところがその力は意思を強く保つことのできる者にしか制御すること叶わず、人の手には余る技術と判断され『聖女』によって封印されたという。
だが、その方針に異を唱えて抗う者もいた。魔法を扱うことに長けた『魔女』である。
魔法を封じたい『聖女』とそれを嫌う『魔女』の戦いは十年の長きに渡って続き、結局は聖女の勝利によって決着。魔法を使えず普通の女になった魔女は姿を消し、歴史の片隅に埋もれた。
そしてそれから数百年を経た、今から七年前の春。再び人知を超える力による戦争が勃発した。
この大陸の東半分占有する超大国ヤマト。そのヤマトの王が千年前に封印された神々の力宿す遺物『
元から野心と征服欲の権化だった彼は、当然その力を使って残り半分、つまり大陸西部の侵略に乗り出す。
金の書によってヤマト軍に与えられた力はあまりに大きく、西の国々に抗する術は無かった。
その状況を変えたのは、なんとヤマトの王女だった。義侠心に篤く父の蛮行に耐えかねた彼女は『金の書』を持ち出し西方諸国にも神の力を与えたのだ。
対抗手段を得た国々は同盟を締結し一致団結して立ち向かい、戦線を押し返し始める。王女は自ら先陣に立って指揮を執り続けた。
やがて彼女の直属精鋭部隊『反乱軍』が奮闘する同盟軍を囮に王国の中枢部へと電撃作戦を仕掛け、たった一隻の船と百人程度の兵でヤマト王ハザンの討伐を成功させる。
戦況を変え勝利をもたらした彼女を人々は『暁の戦姫』と呼び称えた。さらに彼女が新たな王となり被害を受けた国々への補償を百年に渡って続けていくと誓ったことで戦争はついに終結を迎える。
ところが、彼女の栄華は長く続かなかった。
終戦からたった半年後、この短い期間に立ち上げられた新興宗教団体によって暗殺され、国を乗っ取られたのだ。
彼女の遺体は王城の地下を流れる水路の終端で、ゴミと一緒に鉄柵にかかっている状態で発見された。
◇
暁の戦姫と呼ばれた勇敢な少女の死から七年後――大陸西部の小さな国の外れにある堅牢な要塞に一人の少女が囚われている。
後れ毛だけを長く伸ばし、前髪は眉にかからない程度、後ろも首には触れない長さで整えた金髪。両手足に枷を嵌められ頑丈な鎖で壁に固定されているが、琥珀色の瞳は鋭い殺気を放つ眼差しで唯一の出口を睨みつけていた。服を脱がされ全裸で拘束されるという恥辱を受けてもなお屈従する気配は全く無い。
四方の壁は透明なガラス張り。少しでも怪しい動きを見せればすぐにわかるよう常時監視が目を光らせており、明るい照明で照らされ続けていて睡眠も取れない。
時折、天井の隅の伝声管越しに呼びかけられる。
『そろそろ協力してはいただけませんか?』
「……」
少女は身じろぎ一つせず、引き続き透明なドアを見つめた。
こちらが丸見えなら、あちらの動きも丸見え。彼女はガラスの部屋の外で動く者たちを観察し逃走手段と経路を考え続けている。こんな所にいつまでも囚われていてたまるものか。
もちろん協力などしない。脱出のための演技としても嫌だ。こいつらには貸しこそあっても借りなど皆無。全て取り立てるまでけっして馴れ合わない。
監視者たちは変わらぬ様子にため息をつく。
「ここまで粘るとは……もう五日だぞ。食事も睡眠も与えていないのに衰弱する気配すら無い。化け物か?」
「もどかしいな……小娘一人、方法さえ選ばなければ容易に言いなりにできるものを」
「教主様より傷は付けるなと厳命されただろう」
「わかっている。薬の使用も厳禁だしな……例の『
やれやれと肩を竦めた彼らは、またしばらく監視を続けた後に伝声管を使って呼びかけてくる。根比べをする気らしい。
『金の書はどこです? ご存知のはずだ』
「……」
『七年前、従者に託したでしょう。その後の彼の足取りは未だに掴めていません。しかし貴女は知っている。貴女が彼に命じたのだ、この世で最後の金の書を隠せと』
「……」
たしかにその記憶はある。だが教えてやるものか、情報を与えた時点でこちらの負けが決まる。
(そもそも知らないもの)
――三年前、決死の反撃で『教主』の持つ『金の書』を砕いてやった。以来あの災いを招く遺物によって力を得た者はいない。教団の求心力と発言力の増大にも歯止めをかけられたはず。
だが、この世にはもう一つ『金の書』が残っている。確定ではないが、おそらくは世界のどこかにまだ存在するのだ。
そしてその所在地は彼女ですら知らない。そのように『彼』に命じたからである。誰にもわからぬ場所へ隠せ。在り処は絶対に主君の自分にさえも教えてはならぬと厳命して旅立たせた。
彼なら確実に遂行しただろう。だから最後の一枚の在り処を知る者がいるとすれば、それは忠臣オオヒト・コテツのみ。
教団側もどうやらその事実に気付いている。だから自分を捕えたのだ。街一つを罠に変えた大掛かりな仕掛けに誘い込み、多大な犠牲を払ってまで。
(交易都市シャングラ……流石に、あんな大都市を生贄にするとは思わなかったわ)
大陸西部有数の巨大都市。あの街で奇襲を仕掛けられ反撃に出た彼女は街を半壊させるほどの苛烈な戦闘の末、八人の『
(にしてもスケベな男たち)
透明な壁越しに感じる無数の視線。その大半が顔でなく肢体ばかりを見ているのだとわかる。実に好都合、せいぜいこの成長の止まった貧相な体を眺めて油断していればいい。
薬を射たれなかったことも幸い。彼らには金の書以外にも目的があり、それを手に入れるための措置と見た。おそらくは薬物の使用や致命傷を負わせかねない拷問の類を止められている。
そこにまだ勝機がある。自力では脱出できないかもしれないが、状況を知れば『彼女』もきっと動くだろう。
根性無しで恩知らずの裏切り者共とは違う。今なお残っている唯一の味方、狂乱の女神なら必ず動く。
(さっさと来なさいなフリーダ。速さこそあなたの誇りでしょう)
普段は突き放しておいて都合の良い時だけ頼る。そんな自分に嫌気が差すけれど、それでも熱心に祈った直後、再び監視者たちが語りかけてきた。
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