gimmick2─鏡の魔女と偶像の騎士─
秋谷イル
序章・天駆ける狂乱の女神
神話
今から千年前、異界より『悪神』が降臨し、世界を支える七つの柱を粉々に砕いた。
だが、その砕かれた柱の欠片は触れた者たちに神力の一部を与え、力を得た彼らは悪神に立ち向かい、これを打倒したという。
戦いの後、英雄たちは柱の欠片が新たな争いの種になることを恐れて地の底に封印した。
けれども人の欲望は尽きぬもの。後の時代の人々は、この砕けた柱の欠片を叡智と超常の力をもたらす『
◇
「退屈だ」
遥かな高みから下界を見下ろし、男はそう嘯く。濁った鉛色の両眼が見つめるのはルガフ大陸。
人心を操ることは何故こうも容易いのか。大半の人間は軽く欲を刺激するだけで思い通りの行動を取ってくれる。まったく滑稽で憐れな欠陥生物と言えよう。
だが、ごく一部――ほんの一部の人間だけは彼の想像の範疇から逸脱して奇跡を示す。
そう、たとえばあのアイズという女。彼女はまだ彼の計算の外までは達していない。けれど、そうなる可能性なら見せてくれた。
「さて、どうなるかな」
他にも候補は複数いる。アイズの兄。
いや、むしろ彼女こそ本命かもしれない。まさか人に戻った後であのような幸運に恵まれるとは。アイズとの出会いといい彼女は特別な星の下に生まれたらしい。艱難辛苦を引き寄せる特異点とは逆に自分に有利な運命に恵まれる者。時たまそういう存在は現れるものだ。
「あちらの旅は至極順調。一方こちらは停滞気味」
王女にも大いに期待をかけているのだが、どうにもアリスに比べると要領が悪い。どちらかというとアイズに近いタイプ。
だが、だからこそキッカケ次第で爆発的な成長を遂げる可能性は高い。彼女たちのような鬱屈している人間は、飛躍すべき時にこそ一気に駆け上がってくる。
「頑張ってくれよ狂乱の女神」
今あの王女の運命は『女神』が操る一隻の船にかかっている。
フリーダ・ミューズ。あれも皇女と同類だろう。才知と運に恵まれており度胸もある。それらをもって要所要所で憎い働きぶりを見せつける女だ。今回も期待させてもらう。
自ら手を出すことはしない。かつて崇拝する女神が『神は極力人界に干渉してはならないもの』と説いていた。その教えの意味が今の自分にならわかる。
だって、あまりにつまらないじゃないか。神の手ならどんな筋書きもあっさり書き換えられてしまう。だが展開のわかっている物語ほど退屈なものはない。
だから見守る。極力、直接は手を出さずに。より面白い方向へ転がることを祈って。
「ふふ……神が人に祈るというのも滑稽な話だ」
紫がかった銀髪をかき上げて嗤う。崇拝するあの方もこのような憐憫と愉悦を抱えて自分たちを見下ろしていたのだろうかと、そんなことを想像して。
ああ、ほら一隻の船が走っていく。やっと動き出した。
「さっさと助け出してやれ。僕はもう有象無象になどなんの期待もしていない。この物語の主人公はとっくに君らで確定している。君たち特別な存在だけが僕の期待に応え得るんだ」
彼らを見ていると胸が疼く。この疼きはおそらく千年前に取り込んだ嵐神オクノクの欠片のせい。彼は試練を与え成長を促す神だった。
代わりに自分が試練を課そう。無論、彼とは異なるやり方で。数名を育てるために他の全人類を使い潰してやる。
その他大勢など、なんの価値も無い。
◇
――長大にして強大な龍が王都の頭上に陣取り、焔噴き出す両の眼で眼下の群衆を睥睨している。
敵も味方も動きを止め、その威容を見上げた。
中でも特に金色の髪で琥珀色の瞳の美しい少女は義憤に燃える眼差しで真っ向から睨み返す。
「父上! ついにお出ましか!」
「親を睨むな、我が子よ」
龍の頭の上に男が一人立っていた。見上げる少女と同じ金髪に琥珀色の瞳。体格の良い偉丈夫で口ひげを蓄え、全身に漲る気迫と我欲を隠すことなく放っている。そのオーラはまるで何もかも焼き尽くさんとする烈日の輝き。
「だが、父はそなたを変わらずに愛そう。この父をも超えんとするその気概や良し。ここまで来た褒美に直接相手をしてやる。我が野望を阻み戦に終止符を打ちたくば、我を倒してみよ!」
「言われずとも!」
少女は手に持っている細剣の切っ先を頭上に向けた。父の心臓に狙いを定め、もう一度号令を下す。
「我が父を討て! あの男さえ倒せば、この戦争は終わりだ!」
「御意!」
「はっ! やっと親玉のお出ましかい!」
「か、勝てるでしょうか!? あんなに大きいんですよ!」
「ビビったんなら下がってろ!」
「必ず倒すさ」
「喉笛を食い千切れ!」
老若男女、人種も年齢もバラバラな者たちが『姫』の号令に従って龍の上に立つ男を目指す。
対する敵、王国側の戦力も再び動き出した。
「逆賊を征伐せよ!」
「あやつらさえ倒せば、大陸制覇はもう目の前だ!」
「王のために!」
「頂点に立つはヤマトぞ!」
「姫様、お覚悟!」
そしてまた、そこかしこで激突する両軍。その戦いの様相はとても人と人の戦いとは思えぬものだった。
人の何倍もの背丈と何十倍もの力を誇る猿の姿のからくり人形が建物を粉々に砕きながら長い腕を振り抜く。飛来した瓦礫をあるいはかわし、あるいは弾き、巧みにかい潜りながら接近していくのは背中から機械の翼を生やした美剣士。
「このっ!」
少女の軍の弓使いが矢を放った。すると彼女の背後にいた巨鳥も翼を羽ばたかせ無数の羽を矢の如く放つ。それら全ては弓使いの狙い定めた位置へ正確に吸い込まれた。矢と羽による集中攻撃を顔に浴びてぐらりと傾ぐ巨猿の体。その隙に翼の美剣士は脇をすり抜け、背後にいた男の首を刎ねる。
「おのれ!」
仲間を倒された王国の騎士が雷を落とす。それは翼の美剣士を捉えて地に叩きつけた。
「があっ!?」
「邪魔だ!」
少女の軍も負けじと反撃して雷を放った騎士をその身に巻き付く魚のような姿のからくりごと一刀両断する。
この戦場にいる者たちの大半がからくりの像を従えていた。それらはそれぞれに固有の特殊な機能を有しており、人の身では起こせない現象を発生させ攻撃を行い、所有者の身を守ろうとする。
少女の軍の神官はからくり仕掛けの杖を雷に打たれた美剣士の焦げた肉体に当てる。すると見る間に熱傷が癒えて死にかけの身体に息を吹き返させた。
「すまん」
「お気になさらず。私には、これしかできないので」
なおも戦闘は継続中。美剣士は回復するなりすぐにまた飛翔して戦線復帰を果たした。その背を見送った神官の視界に影が差す。
「あっ!?」
「もらった!」
建物と建物の間の路地を縫って素早く近付いてきた暗殺者が回復役の神官を抹殺しようとする。振り上げた右腕には動作を補助するからくり仕掛けと毒を仕込んだ鉄の爪。
しかし、爪が振り下ろされるより一瞬早く同じようにからくりを手足に付けた青年が割り込み体当りした。
「ふぐっ!?」
「捉えたぞ」
吹き飛ばされ壁に激突する暗殺者。この男はこれまでに何人も仲間を殺した因縁の相手。だから青年は容赦無く追撃を仕掛けた。右腕に装着した装置から半分露出している太い金属の杭を胸に突き刺す。
「今度こそ死ね、不死者!」
「ぎぃっ!」
胸を貫かれながらなお鉄爪を振り下ろそうとする暗殺者。だが青年の指の動きの方が早かった。握り込まれたトリガーがカチッと音を立てた瞬間、火薬が炸裂して杭を押し出しさらに深く敵を貫く。
途端に暗殺者の体は炎上を始め、絶叫しながら灰になっていく。壮絶な最期を目の当たりにした青年はふうと息を吐いた。
「本当に銀が弱点だった……」
「あ、ありがとうございます、コテツ殿」
「姫様のご指示です」
神官に礼を言われた青年は軽く一礼するとまたいつもの位置へ戻った。反乱軍の指揮を執るあの少女の前へ。彼は彼女の剣にして盾。最も忠実なる騎士。
神官は二人に向かってもう一度頭を下げると、他の傷付いた仲間の元へ走り出す。
戦況は今のところ優勢。少数精鋭の反乱軍に多勢の王国軍が押されている。
空から戦況を眺めていた王はニヤリと笑った。
「良い兵を集めたな。だが娘よ、それでも儂には勝てぬ」
龍が都市を見下ろし、その巨大な顎を開く。喉の奥に赤い光が灯って急速にその輝きを増し始めた。
再び動きを止める両軍。少女は目を見開いて叫ぶ。
「自分の都を消し飛ばすつもり!? 姉様だっているのよ!?」
その少女の姉は宮廷の一室から同じように空を見上げていた。そして静かに涙を流す。
「父上……」
やはりあの父にとって、自分など無価値な存在だったのだと理解した。無造作に焼き払っても構わぬゴミだと。
怒ったのは一人の女海賊。
「ふざけんなあああああああああああああああああああああッ!」
一隻の船が、帆船が空中を駆けて龍に迫る。舳先に翠緑の輝きを収束させて。
直後、放たれた極太の熱線は船の先端のその輝きに断ち割られて左右に逸れた。都の一部を蒸発させて深い谷を作り出す。
だが船は消えない。辛うじて耐え続けている。
その甲板に立つ女は怒鳴りつけた。
「オヤジの役目は子を守ることだ! クソジジイ!」
熱線が途切れる。けれどそれを防いだ代償も大きく、飛ぶ力を失って墜落していく船。入れ違いに反乱軍の放った攻撃が空へ昇る。まだ愕然としている王国軍の兵たちを尻目に総攻撃を仕掛ける。
さらに王女の放った一言が王国の騎士たちまでも動かした。
「我が国の兵よ! 民を焼き尽くそうとした王など見限れ! まだこの私がいる! 私にこの国の未来を託せ!」
彼女は鳥に乗って旋回する。その鳥の背から声を振り絞って兵士たちに呼びかけ続ける。
「我が名はシケイ! ヤマト王国が第二王女! そなたらの次の主君となる者を信じよ!」
「!」
生き延びるにはそれしかない。ようやく気付いた王国軍の兵士たちも次々に反旗を翻した。
「義は姫様にあり!」
「続け! シケイ様に続くのだ!」
「き、貴様ら裏切るつもりか!?」
「陛下こそ絶対であるぞ!」
「何が絶対か! 本当にそうなら、このようなことにはならん!」
仲間割れを起こしぶつかり合う王国軍。その隙に空中の巨龍に攻撃を仕掛ける反乱軍。王は獰猛な笑みを浮かべ、我が子の率いる精鋭たちを迎え撃った。
――これは歴史の一幕である。三つの大陸のうち一つで勃発した全土を巻き込む大戦に決着がつくまでの光景。一人の少女が自らの父を討ち玉座を簒奪する物語。
だが、この神話にも似た人知を超える戦いですら、これからこの大陸で起こるもっと大きな戦いの序章に過ぎなかった。後に彼女たちはそう思い知ることになる。
七年半の時を経てなお、彼女たちの戦争は終わっていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます