『受験勉強中に過労死した僕、異世界で“魔獣保護公務員”に採用される。〜理科が好きすぎて「現代知識」で業務改革してたら、いつの間にか伝説の魔獣に懐かれ、悪徳貴族をデータで論破してました〜』
斑目 睦月
プロローグ:深夜二時の鉛筆の音
カリカリ、と鉛筆が紙を削る音だけが、深夜の自室に響いている。
「……あと、少し」
相沢悠斗(あいざわ ゆうと)は、ぼやける視界を無理やりノートに固定した。
中学三年の冬。外は雪が降っているのか、底冷えがする。
でも、暖房はつけない。眠くなるからだ。
スマホは電源を切って机の引き出しの奥。
テレビの配線は一ヶ月前に抜いた。
友達との連絡? そんなもの、もう半年も取っていない。
「ここさえ……この高校さえ受かれば、僕は変われるんだ」
偏差値70。県内屈指の進学校。
そこに入りさえすれば、冴えない自分も、誰にも必要とされない今の生活も、すべてが「正解」に変わる。
そう信じて、ひたすら英単語と数学の公式を脳に詰め込んできた。
けれど。
ふと、視界の端にある鏡に、自分の顔が映った。
ひどく青白く、目の下にはどす黒いクマ。
情熱なんて欠片もない。ただ、何かに追い詰められた機械のような顔。
「……あれ、僕、なんのために頑張ってるんだっけ」
その瞬間だった。
心臓が、ドクン、と嫌な跳ね方をした。
鉛筆が指から滑り落ち、机の下へ転がっていく。
拾おうとしたが、身体が動かない。
「あ……」
視界が急激に暗転する。
最後に頭をよぎったのは、明日提出の模擬試験の目標点数。
そして――。
(一度でいいから……温かい何かに触れて、ゆっくり眠りたかったな)
そんな、ささやかな、あまりにささやかな願いだった。
――意識が、完全に途絶える。
◇
「…………ん」
頬に、温かくて柔らかい感触があった。
ザラリとした、でも心地よい刺激。
目を開ける。
そこにあったのは、塾の蛍光灯ではなく――透き通るような青空と、二つの月だった。
「……え?」
呆然とする僕の視界に、ひょこっと「何か」が割り込んできた。
それは、額に一本の小さな角が生えた、真っ白なウサギのような生き物。
「……う、さぎ?」
その生き物は、僕が起き上がったのを見て、嬉しそうに「きゅいっ!」と鳴いた。
そして、僕の胸元に迷わず飛び込んできたのだ。
「うわっ……。柔らかい……温かい……」
夢じゃない。
腕の中に伝わる鼓動。生き物の体温。
あんなに冷え切っていた僕の心が、じわじわと解けていくのがわかった。
すると、周囲の草むらがざわざわと揺れ始めた。
一匹じゃない。
翼の生えた猫。
七色に光るスライム。
子犬ほどもある巨大なハムスター。
見たこともない「魔獣」たちが、まるでお祭りのように僕の周りに集まってくる。
彼らの瞳に敵意はない。
あるのは、深い慈愛と――「待ちわびていた」という期待感。
「な、なんなんだよ……これ」
「ほっほっほ。それはこっちのセリフじゃよ、少年」
背後から響いた、優しく、しかし重みのある声。
振り返ると、そこには古ぼけた杖をついた、小さなおばあさんが立っていた。
彼女は驚いたように、僕の周りで文字通り「山」を作っている魔獣たちを見つめている。
「……あんた。自分がどれだけの『徳』を積んでここに来たか、自覚はないようじゃな?」
「徳……? 僕はただ、勉強してただけで……」
「いいや。動物と老人に好かれすぎるその体質――この世界じゃ『聖域の御子』と呼ばれる神の加護じゃよ」
おばあさんは僕の手を引き、立ち上がらせた。
不思議と、身体が軽い。あの重苦しい不安が、嘘のように消えている。
「少年。あんたのその力、国のために貸してくれんか? ……といっても、戦うわけじゃない」
彼女はいたずらっぽく微笑み、彼方の壮麗な王都を指差した。
「あんたにしかできない、とびきり平和で、とびきり重要な『お役所仕事』があるんじゃよ」
これが、僕と――異世界の愛すべき「隣人」たちとの、新しい日々の始まりだった。
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