第2話 悪役令嬢からの手紙

 お義父様はテディに爵位を譲って隠居すると言って屋敷を出て行った。私とテディが結婚して三日後のことだった。そんなわけで私たちは辺境伯とその夫人である。王太子殿下に魅了をかけるなんてとんでもないことをやらかした女なので言うことを聞いてくれないのではと不安だったが使用人たちは私の言うことをよく聞いてくれたので女主人としてなんとかやっていけそうである。テディもお仕事が忙しそうだった。


 私の王都追放から三ヶ月、私たちは穏やかに暮らしていた。そんなある日、公爵令嬢エスメラルダ・ロドニー様から手紙が届いた。書いてある内容は意味が分からなかったが私にも一つだけ分かったことがある。放っておいたら大変なことになってしまうということだ。


 曰くこの世界は乙女ゲームで私はヒロイン。私の状況は王太子ルートのバッドエンドだそうだ。好感度が足りないと王太子殿下の護衛に横恋慕されて連れ去られるらしい。エスメラルダ様が悪役令嬢としての役目を果たさなかったが為にこんなことになって申し訳ないと書かれていた。意味が分からないが彼女は私とテディが両想いではなくテディの一方的な好意で私が辺境へ連れ去られたと思い込んでいるようだ。おまけに私を王太子殿下の愛妾にしてあげると書かれていたのだ。あり得ない。彼女は私が殿下を好きだと思っているのだろうか。卒業パーティーでなにもかもぶっちゃけたから普通はそんな勘違いをするとは思えないんだけど。そんなわけでテディに手紙を見せて相談した。


「ねえ、意味が分かる?」


「分からんな。だがお前を俺から引き離そうとしていることは分かる」


「私嫌よ。殿下の愛妾だなんて」


「まあお前は王都には行けないんだ。断りの手紙を書いておけばいいだろう」


「それもそうね」


 テディに言われた通り手紙を書いた。私は殿下のことなんてなんとも思っていないし幸せなのでそっとしておいてほしいと。だと言うのにまた手紙が来た。今度は王都に来れないことを気にしているのね、大丈夫よ! などと書かれている。そんなことは一切気にしてない。その他にもいろいろと書かれていた。


「不愉快だわ」


「今度はどんな内容だ。なになに? 汚されたあなたでも殿下は受け入れてくださる? この女はお前を馬鹿にしてるのか?」


「私というか私たちを馬鹿にしてるんじゃないかしら」


 だいたい汚されたってなんだ。確かにテディに抱かれたけれど私たちは愛し合ったんだと声を大にして言いたい。


 今度は返事を出さなかった。王城から、王太子殿下の生誕記念パーティーへの招待状が届いた。


「テディ、私は留守番してるから行ってきて」


「それがな、ナンシー。お前も連れて来いとのことだ」


「陛下直々に二度と王都に足を踏み入れるなって言われたのに?」


「奇妙なことにその陛下の許しがある。連れて行きたくはないがお前を連れて行かざるを得ない」


「どうなってるのかしら」


「分からん。……俺からけっして離れるなよ」


「ええ、そうするわ」


 とうとうパーティーの日が来た。この日のために一週間かけて王都へ出てきた。テディは私にドレスを仕立ててくれた。淡いピンクのドレスだ。胸元はサーモンピンクで裾はローズピンクのグラデーション。私は可愛らしいデザインが似合うけど既婚者なのでフリルは控えめ。アクセサリーはイエローダイヤ。キラキラ輝くそれはテディの目の色に似ている。本当はテディの髪の色のドレスが着たかったけれど残念ながら私の雰囲気にはそぐわなかった。もっと妖艶な感じなら似合うかもしれないが私は可憐な美少女なのでチグハグな感じになってしまったのだ。


 男爵令嬢時代もドレスは持っていたけれど、それより高価な品だということは一目で分かった。だって生地の光沢が全然違う。なにが言いたいかというと私は一目でテディの寵愛を得ていると分かる身なりをしているということだ。あとは私がテディを愛していると分かってもらえればいいのだ。


 パーティー会場で誰もが私たちを遠巻きに見ていた。ヒソヒソと噂話をしているようだ。王太子殿下に魅了をかけた愚かな女の話をしていると思ったのに聞き耳を立ててみると全然違った。テディが恋人たちを引き裂いた悪者になっている。どういうことだ。意味が分からない。


「お前があんな愚かな真似をしたから我が家は大変なことになっているんだぞ! アン!」


 父と再会した。あの日私の前で泣き崩れた男は掴みかからんばかりの剣幕で捲し立てた。毛艶も悪く顔色も悪い。装いだって去年の流行で暮らしぶりは悪いようだ。私がいた頃はもう少し余裕があったはずだが。ああ、もしかしたら私との結婚がなくなった伯爵が援助をやめたのかもしれない。


「申し訳ございません、お父様。ですが今日は祝いの席です。どうかご容赦を」


 元々私とテディは目立っていたが父のせいでさらに注目を集めている。


「お前が辺境伯令息なんぞと結婚したせいでソールズベリー伯爵は金を返せと言ってきたんだぞ! 分かっているのか! この落とし前はつけてもらうぞ!」


「それならばアデラインお姉様を伯爵に嫁がせればよいではありませんか」


 アデラインお姉様は一つ年上の私の異母姉である。私は話したことがないけど貧乏男爵令嬢よりは後妻といえども裕福な伯爵夫人の方が幸せなんじゃなかろうか。どうせ貧乏男爵令嬢にまともな縁談など来ないのだから。


「アデラインはれっきとした男爵令嬢だ! 娼婦の娘のお前とは違う! 拾ってやった恩を忘れたのか?」


 ヒソヒソ声がまた大きくなった。父は遠回しにソールズベリー伯爵をも罵っていることに気付いているだろうか。その言い方では伯爵には娼婦の娘がお似合いだと言っているも同然なのだが。


「お父様、いえ、オールストン男爵。立場を弁えてくださらない? 確かに私はあなたの娘だけれど今は辺境伯夫人なんですよ」


 父が言葉に詰まった。


「それに拾ってやったなんて恩着せがましいことを。十五になるまで放っておいたくせに」


 私だってとっくに気付いていた。この男が泣き崩れたのは娘を差し出さなくともよくなった幸運に泣いたということに。


「オールストン男爵。あなたの態度次第では私が援助してもよかったんだがその必要はないようだな」


 ああ、テディ、私の実家の困窮を知ってたんだ。


「そんな、リード辺境伯。我が家は妻の実家なんですよ」


「だがあなたはその妻を侮辱した。私としては援助する理由はない。自力で借金を返済なさることですね」


 テディがそう言って私たちはその場を離れた。


 視線がどこに行ってもまとわりついてくる。鬱陶しい。


「旦那様、ここは視線が煩わしいです。早く二人きりになりたいです」


「そうだな、ナンシー。早く殿下にご挨拶して帰ろう」


 私は人前ではテディのことを旦那様と呼んでいる。私だって弁えているのだ。ちゃんと敬語を使う。私たちは王族に魅了をかけた死罪になってもおかしくない女とそれを救った男なのだから。


 それから殿下にお祝いを言ってさっさと帰った。殿下の視線が頭からつま先まで絡みつくようで不快だった。


 会場を出るまで纏わりつく視線が本当に鬱陶しい。もう面倒くさいからこの場でテディにキスでもしてしまおうか。私が娼婦の娘だとさっき父が暴露していたし品行方正な辺境伯夫人だと思っているような人間なんていないだろう。いやでもそれじゃあテディの評判も下がってしまうかもしれない。それはダメだ。というわけで私は自分ができる最大限のすまし顔で楚々として振る舞った。


 それからは辺境に引っ込んで社交の誘いも断って引きこもった。父は結局アデラインお姉様を伯爵に嫁がせたらしい。けっこう伯爵にいびられていたようだ。まあ殿下の生誕記念パーティーで遠回しに伯爵を悪し様に言っていたし仕方ないよね。娼婦の娘がお似合いだなんてなかなかの侮辱である。


 時間というのはあっという間に過ぎるもので私がテディの妻になってから二度目の殿下の生誕記念パーティーの日が訪れた。

 普段私は夜会に出向かないのだが流石に王族の生誕記念パーティーは断れない。行かざるを得ない。そこでアデラインお姉様に会った。私は彼女に負い目があった。だって私の代わりに借金のかたとして貰われていったから。普段が幸せなら幸せなほど後ろめたい気持ちが大きくなるのだ。


「アン、こうして話すのは初めてね」


「アデラインお姉様……」


 アデラインお姉様はどこか値踏みするような目で私を頭からつま先まで舐めるように見た。私もまたそんな目でアデラインお姉様を見た。仕立てのいいドレスを着ている。あの光沢を見るに生地は一級品に違いない。レモンイエローのドレスもペリドットのアクセサリーもアデラインお姉様によく似合っている。どうやら夫の寵愛を得ているようだ。恐らくなに不自由ない暮らしをしているだろうことに私はホッとした。なぜか私を庇うようにテディが前に出る。


「随分愛されてるのね」


 そう言ってアデラインお姉様は苦笑する。


「はい、アデラインお姉様。私も旦那様を愛しています」


「アン、あなた今幸せ?」


「はい」


 そう言って微笑めばアデラインお姉様も笑みを返してくれた。


「あなたを愛妾にという話があるようだけれど」


「愛妾なんてなりたくありません」


「そう。なら夫にしっかりと尽くすのですよ」


そう言ってアデラインお姉様は踵を返した。


「アディ」


「旦那様」


 名前を呼ばれたアデラインお姉様がそれはそれは幸せそうに微笑んだのを見て私の中にあった後ろめたさは完全に無くなった。


 その後私を愛妾にという話は無くなった。なんでもソールズベリー伯爵が愛妾を持つなんて不義理なことはせず妻となる令嬢を愛するべきだと言う空気を作ってくれたらしい。財力のある伯爵は貴族の中でなかなかの影響力を持っていた。私はアデラインお姉様のおかげだろうなと思い彼女にお礼の手紙を書いた。

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王太子殿下に魅了をかけてしまいました。大至急助けてください キマイラ @chimaira0220

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