謹賀新年、呪い申し上げます

川詩夕

あけましておめでとうございます

 冬は嫌いだ。

 冬は災いを運んでくる。

 冬と書いて邪悪と読む、そんな未来が見えて仕方がない。

 全ては冬特有の乾燥で喉を痛めたのが事の発端だった。

 通勤時の満員電車で風邪を移されたのか、身体が冷えて自身で風邪を引いたのかは定かではない。

 とにかく風邪を引いて免疫力が低下し、挙句の果てにインフルエンザに罹った。

 会社の出社は強制シャットダウン、見舞いの面会は拒否断絶、自身の自信はノックダウン。

 更に追い討ちを掛けるかのように、朝起床できない体質へと変化を遂げていた。

 徐々に体調が回復し数週間ぶりに出社する事となった日の朝、ベッドから起き上がる事が出来なかった。

 思春期に起こり得る倦怠感にも似た様なものと言ってしまえばそれで方が付くのかもしれない。

 非情にも大人はその一言で全てを終わらせる訳にはいかない、労働に従事し自らが一社会の歯車として賃金を稼がないと生きていく事ができないからだ。

 働かずして何一つ不自由なく生きていける者、この世に生を受け贅沢ができる恵まれた環境が整っている強運の持ち主はほんの僅かな一握りだけ。

 案の定、出社日数が会社規定に届かず解雇され、年末の寒空の下で無職となった訳だ。

 四六時中気が滅入る日々を過ごしていると、姉が亡くなった。

 死因は窒息、要は自殺だ。

 遺書が六通個別に残されていたけれど、二通読んだ後は文字を読む事が面倒臭くなって残りの四通は読まずにビリビリに破いてゴミ箱の中へ放り込んだ。

 亡くなった姉は浮かばれないかもしれない。

 けれども、一人きりで姉の事後処理をする残された者の身にもなってほしい。

 許してくれるかもしれない。

 姉は地頭が良くないのでそこまでに至る理解には到底及ばないかもしれない。

 程なくして、入院中だった母親が逝った。

 死因は定かではない、要は老衰だ。

 父親は俺が中学生の時に他所で女を作って出て行ったきり連絡先が不明な為、今では生きているのか死んでいるのかさえ分からない。

 父親の最後の記憶は冬の寒い日曜日の昼過ぎ、家族で昼食をとった後「二万円貸して、利子付けて返すから」いつもと変わらない表情で言われ親戚から貰ったお年玉の二万円を貸した事だった。

 父親からお金を未だに返して貰っていないし、生きてる間に会えるとは思えないのであの世で会ったら問い詰めてやろうと思う。

 姉の葬儀を終えた数週間後に母親の葬儀まで丁重に行う気にはならなかった。

 病院から母親の遺体を家に運び布団に寝かせた後、せめてもの気持ちでぬるま湯で身体の各所を拭き、目を開ける事のない痩せた母親の顔を見下ろしながら一人で泣いた。

 翌日、姉の葬儀を行った葬儀屋へ連絡を入れ、火葬だけを済ませ一人で母親の遺骨を拾った。

 その日を境に物事の全てが色褪せて目に映り、生きる気力が明らかに薄れていった。

 一ヶ月間何を食べて過ごしたのか記憶がなく、口当たりの悪い水道水を飲んだ事だけは覚えていた。

 風呂には入っていない、着替えや洗濯をした記憶も当然ないのだから。

 カーテンを閉め切った暗い部屋でテレビをつけて、今が年末という事に気付かされる。

 テレビ画面にファストフード店のコマーシャルが流れている。

 雪景色のなか姉妹という設定らしく、今をときめく二十代の妹、往年の時代の象徴でもある四十代の姉が二人で一つのアイスを寄り添いながら食べている。

 四十代の姉の方が愛嬌があり魅力を感じる、何よりこの姉妹が美味しそうに食べているアイスを食べてみたいと、見事に宣伝の術中にはまっていた。

 コマーシャルの姉妹に促され、新年を迎えるにあたり食事をしたくなり、空腹を覚え食欲が湧いてきた。

 一ヶ月ぶりの入浴を済まして、玄関の扉を開けると外はどぶねずみのような曇り空で驚くほど寒かった。

 一旦家に戻って冬服を着込んだ後、さっそく近所のファストフード店へ足を運びコマーシャルの姉妹が美味しそうに食べていた同じアイスを暖房の効いた店内で食べた。

 冷たく甘い口溶けの感覚、一ヶ月ぶりの外出という高揚感も相まって良い意味で脳が麻痺を起こしそうだった。

 その後、店内の席でメニュー表を五分程度眺めてから、三日分のハンバーガーとサイドメニューのフライ等を買い込んで寄り道せずに帰宅した。

 年末のテレビ番組は気が滅入るほど面白くなかった、国内における全世代がテレビ離れする加速も納得できる。

 仕方がないので弱肉強食の世界に生きる動物の一生を追ったドキュメンタリー番組をだらだらと観ながらフライを食べていると新たな年の幕が開けていた。

 暗い夜のどこからか鐘をつく音が響いてくる。

 去年の今頃だと友人や職場の同僚、細く長い関係の知り合いから新年を祝うメッセージが七件ほど送られてきていた。

 今年は一通のメッセージも受信していない。

 今年は一通のメッセージも受信していない……。

 今年は一通のメッセージも受信していない…………。

 仕事を辞めてしまうとこれまで築き上げてきた人間関係ははさみで指を飛ばした時の様に断ち切れるものなんだと知った。

 虚しさを通り越えて薄情者達に沸沸と深い憎しみとドス黒い怒りが込み上げてくるのを感じる。

 もう会う事もないし縁が再び繋がる訳もないのだから何をしても構わない。

 呪ってやろう。

 蔑み陰口を叩き嫌な思いをさせた奴らを一人残らず全員全員全員全員。

 ああ、そうだ、思い出した、撮影しといて良かったな、こんなところで役に立つとは思ってもみなかった、まさに不幸中の幸いというやつだ。

 姉が自殺した部屋、姉が首を括ったロープ、姉の異様に伸びた首、姉の白目を剥いて鬱血している顔面。

「私事で大変恐縮でございます。先日、姉が亡くなりました。自宅で首を吊っての自殺でした、ロープです、ホームセンターでよく見かけるあれです、見ればきっと分かります。新年のお祝いに姉が死んだ時の記念写真をお送り致します。年末年始を迎える度に姉の凄惨な表情を鮮明に思い出していただければ幸いです幸いです幸いです幸いです誠に。追伸、よろしければ姉の遺髪をお送りする事も可能です勿論、鋏が折れて使い物にならなかった血とか脂とか透明の汁みたいなのがこびり付いてるし、だから髪の毛を指にぐるぐるに巻きつけて引っ張ってぶちぶちしたので毛根付きで匂いも残ってますこれは死の匂いでしょうか? お気軽にご連絡ください指もあります十本姉の姉姉。年越しそばは食べましたか? そばって姉の異様に伸びた首に似てるんです、年越しそばを食べる度に姉の異様に伸びた首を思い出してあげてください姉は絶叫して喜びます。謹賀新年、呪い申し上げます」

 *

 翌日、翌々日と罵詈雑言の返信が幾通か届いていた。

「死ね死ね死ねゴミクズ野郎早く死ね!」

「きも」

「捕まるよ」

「今度見かけたら殺すからな」

「警察に通報しといた」

 年始早々嫌な気持ちにさせられたんだからあんたらにも嫌な気持ちになって欲しいと思いながら数人に対して適当に返信した。

「あけおめメッセージが来ないならそっちから送ればいいじゃないすか?」

 元後輩からの返信だ。

 じゃあ先に送ってこいよ相変わらず馬鹿だな責任転嫁するな。

 二日前に買い溜めした冷たくて硬くなったハンバーガーを咀嚼しながら姉の首を締め上げたロープを自分の首に巻きつけた。

 スマホを片手に動画配信を行い、呪いたい相手の本名を順番に読み上げていった。

「これから死ぬ、最後の瞬間を見てて欲しい、そしたら脳の片隅に、記憶のどこかに、遺伝子の細部に刻み込まれるだろ、いつかあんたらに子供ができて、そのまた子供にも受け継がれる、未来永劫、この呪いが叶いますように」

 息苦しい……。

 頭がぼうっとしてきた……。

 視界がぼやけている……。

 スマホに通知が……。

「明けましておめでとうございます、本年もどうぞよろしくお願いします」

 同僚の……。

 女……。

 笑顔で……。

 優しかった……。

 気にかけてくれる人がいたんだな……。

 そろそろ終わる……。

 苦しい……。

 もう……。

 何も視えない……。

「私はすごく幸せな日々を送っています、毎日毎日幸せがいっぱいに溢れてるので先輩にも私の幸せをお裾分けします! 少しずつ元気になって、いつでも帰ってきてくださいね!」

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謹賀新年、呪い申し上げます 川詩夕 @kawashiyu

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