キャンセル勇者とマウント賢者の、時を戻す物語 ~「はい」と言うまで魔王戦から逃がしてくれない~
大隅 スミヲ
第1話:魔王城にて
不気味な空間だった。
空は引き裂かれたザクロのような不気味な赤に染まっている。
ラストダンジョン「ザ・デプス・オブ・ヘル」を越えた先にあったもの、それは重力さえも歪ませる闇の中に浮かび上がる、剥き出しの心臓のように脈動する魔王城の姿だった。
この魔王城さえ攻略できれば、すべてが終わる。この三年、泥水をすすり、死線を越え続けた日々が報われる。勇者一行は、最後の力を振り絞って魔王城攻略に乗り出したのだった――。
魔王城の階段は、一段あがるごとに魂を削り取られるような呪詛に満ちていた。城内はラストダンジョンと同じくらい、あるいはそれ以上に長く、そして絶望的に辛いものがあった。
現れるモンスターたちは強力であり、激戦を繰り広げながら最上階を目指して進む。
持っていた回復薬は尽き、精神は磨り減り、幾度となく「ここで死んでもいいのではないか」と心が折れかけた。
だが、勇者カイトには仲間がいた。魔物が現れれば先頭に立ちその大盾で攻撃を防ぐ剛腕の戦士がおり、背後には静かに祈りを捧げる聖女の微笑みがあった。
我々はチームだ。勇者カイトは彼らの献身によって支えられ、ついに最上階にある魔王の玉座へとたどり着くことができたのだ。
「ガハッ……、はぁ、はぁ……っ!」
勇者カイトは折れた聖剣を杖代わりにして、辛うじてボロボロの身体を支えていた。全身の骨は悲鳴をあげ、視界の半分は流れ落ちる血によって塞がれている。
聖者によって作られた、あの苦い、しかし命を繋いでくれた
視界の端で、仲間たちが地に伏せていた。
一番に飛び込み、魔王の攻撃から勇者を庇い続けた鉄壁の盾の戦士。
最速の拳で魔王の側近を
最期まで仲間の傷を癒やし、祈りを絶やさなかった聖女。
伝説と
彼らの指先はピクリとも動かず、その体温は城内に吹き込む凍てつく風に奪われていく。
目の前には、憎しみ、恨み、妬み、嫉み――この世の負の感情をすべて煮詰め、
だが、魔王もまた無傷ではなかった。勇者カイトが仲間たちの死の間際に放った絶技は、魔王の強固な鎧の胸部を砕き、その奥にある
紫色の霧のような魔力が、ひび割れた核からシュウシュウと音を立てて漏れ出している。
「……見事だ、人間。我が
カイトを見下ろす魔王の声は、数千年の孤独を抱えた墓標のように重く、しかしどこか晴れやかだった。死を目前にした者だけが持つ特有の
「だが、貴様にはもう、その指先一つを動かす力すらも残っておらぬだろう。我が一撃で楽になるがよい。勇者よ、貴様の戦いはここで潰える」
カイトは血に濡れた歯を食いしばった。
悔しさが、鉄錆のような血の味と共に口の中に広がっていく。
あと少し。あともう一歩で、この長い、長すぎる旅は終わるはずだった。
この戦いが終われば、カイトは剣を置き、冒険者を引退するつもりだった。故郷の小さな村で、戦いとは縁のない、ただ土をいじり、季節の移ろいを感じるだけのような、穏やかなスローライフを楽しむつもりだったのだ。
その夢が、魔王の剣の影に飲み込まれようとしていた。
「カイト……。まだ……終わらせないわ……!」
背後から、血を吐くような、這い寄る声が聞こえてきた。
その声は、パーティの頭脳であり、唯一生き残っていた賢者リアナのものだった。
かつては大賢者のみが着用を許される『真理のローブ』を誇らしげに纏っていた彼女だが、今はその布切れも無残に引き裂かれ、端麗な顔は
だが、彼女の青く輝くその瞳だけは、恐怖でも絶望でもなく、異様なまでの執念の光を宿していた。その光に射すくめられたカイトは、わずかに背筋が凍るのを感じた。
「私の……残された全ての魔力を……。いいえ、私の魂そのものを……あんたに流し込むわ。これを使えば……あいつの核を撃ち抜ける! 私の力を使いなさい、カイト!」
リアナが這い寄り、冷え切っているが、力強い手でカイトの背に触れた。
その瞬間、カイトの網膜に、この世界の絶対的な
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