Yagoo:魂の欠片を探す検索エンジン

Tom Eny

魂の指紋と、夜明けの静寂

Yagoo:魂の欠片を探す検索エンジン


もし、世界中のアルゴリズムが『価値がない』と捨てたデータの中に、あなたの最も大切な記憶が眠っていたら?


 モニターを流れる無機質な文字列を見つめ、アキラ・タカギは指を止めた。かつて彼が心血を注いで磨き上げた検索アルゴリズムは、今や冷徹な「門番」へと変貌していた。被リンクがない、PVが足りない。そんな理由で、誰かの切実な独白が、効率という名の巨大なシュレッダーにかけられていく。 「これは検索じゃない。葬送だ」


 アキラが巨大企業を辞め、自宅の裏庭に粗末なサーバーラックを組み上げたのは数ヶ月前のことだ。彼を突き動かしていたのは、数年前の火事で失った自費出版の詩集「夜明けの静寂」への執着だった。ネットの片隅に残したはずのバックアップすら、大手エンジンのアップデートにより「価値なし」と判断され、インデックスの深淵へと葬り去られていた。


 彼は退職金のすべてを投じ、既存の指標を根底から覆す二つの機能を開発した。  文章の切実さを測定する『情熱指数(Passion Index)』。そして、消滅したサイトのエラーログや古いキャッシュの断片を泥臭く繋ぎ合わせる『タイムトラベル・アルゴリズム』。  皮肉を込めて「Yagoo」と名付けられたそのエンジンは、瞬く間に、過去の自分を探す人々の「最後の灯台」となった。


 ある日、裏庭のサーバーの前に、世界最大の検索企業のCEOが現れた。 「買収したい。君のアルゴリズムは、我々の欠陥を埋めるために必要だ」  CEOは最新のタブレットを差し出した。そこには、アキラの詩の断片を元にAIが完璧に補完した、高画質な「作品」が映し出されていた。 「これが君の求めていた完成形だ。欠けていた部分はすべて埋めてある」


 アキラはその画面を一瞥し、静かに首を振った。 「あんたのシステムは、失われたものを『再生』しているんじゃない。別の何かで『上書き』しているだけだ」  アキラは自分のノートPCを指差した。そこには、文字化けと「」の記号にまみれた、無惨なほどに欠落した詩が表示されている。 「この欠落こそが、この言葉が時間の波に抗って残ったという『指紋』なんだ。完璧な補完に価値はない。俺が探していたのは、完璧な答えじゃなく、あの日、俺の魂が確かにそこに存在していたという証拠だ」


 CEOは何かを言いかけ、口を閉ざした。  夜、CEOが去った後の裏庭に、冬の夜気が降りてきた。アキラは、うなりを上げるサーバーラックにそっと手を触れた。冷たい鉄の筐体は、膨大な演算の果てに、生き物のような微かな熱を帯びている。  ふと画面を見ると、情熱指数のカウンターが、また一つ小さく跳ねていた。世界のどこかで今、誰かが自分自身の一部を見つけ出したのだ。その「誰か」が、先ほどまでここにいた男であることに、アキラは気づかない。


 数日後、世界最大の検索エンジンから、最新のAI補完機能が密かに削除された。  アキラの元には、一通の白い封筒が届いた。中には、名前も言葉も添えられていない、一枚の古びた絵葉書が入っていた。それは、何の変哲もない、どこにでもある小さな公園の風景だった。


 アキラはモニターの電源を切った。途端に、サーバーの駆動音が遠い潮騒のように耳の奥へと退いていく。  窓の外を眺めれば、空が白み始めていた。かつて失い、そして不完全な姿で再会した詩集と同じ、音のない青い世界。 「……おかえり」  アキラは独りごちた。  二度と戻せない場所へ葬られたと思っていた自分の過去が、今の冷たい空気と、確かに地続きであることを感じていた。


【AI補助利用】

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