ひとりぼっちたろう

砂張 悟

1

むかしむかし、あるところに、ひとりぼっちたろうという男がいました。


ひとりぼっちたろうは、にぎやかな村のすみっこで、はたけをたがやしながら、のんびりとしあわせにくらしていました。


ひとりぼっちたろうは、いつもひとりぼっちでした。村の人たちや、山のどうぶつたちには、ひとりぼっちたろうのことが、みえません。ひとりぼっちたろうのこえも、きこえません。

ひとりぼっちたろうは、うまれつき、だれからもみえないにんげんだったのです。


それでも、ひとりぼっちたろうは、さみしくありませんでした。村の人たちをみていたり、はたけにやってきたすずめをみていたり、山でたぬきをみていたり、それだけで、まいにちがたのしかったからです。


ある日、ひとりぼっちたろうは、きのみをとりに、山にいきました。すると、きりかぶのうえに、足をけがをしたうさぎがいました。とても、いたそうにしていました。


ひとりぼっちたろうは、そのうさぎにちかづきました。そして、ひとりぼっちたろうがうさぎに手をかざすと、ほんのりとひかったあと、うさぎの足のけがは、みるみるうちになおっていきました。


ひとりぼっちたろうには、ふしぎなちからがありました。いきものの、びょうきや、けがをなおすことができたのです。


げんきになったうさぎは、ぴょんぴょんとはねて、いえにかえっていきました。ひとりぼっちたろうがうさぎをみおくると、うしろから、人のこえがしました。


「いま、うさぎのけがを、なおしたのですか」


ひとりぼっちたろうは、びっくりして、ふりかえりました。そこには、女の人がいました。しっかりと、ひとりぼっちたろうの目をみていました。


「ぼくのことが、みえるのか」


ひとりぼっちたろうは、そういいました。


「みえますとも。ふしぎなことを、いうのですね」


女の人は、そういいました。


ひとりぼっちたろうは、だれにもみえないにんげんなので、人からはなしかけられることは、うまれてはじめてでした。


「ぼくは、ひとりぼっちたろう。だれにもみえないにんげんさ。どうしてだか、きみにはみえるみたいだけど」

「たろうさんと、いうのですね。わたしは、はる、といいます」

「はるは、どうしてこんな村のはずれの山にきたんだい」

「この山のてっぺんにあるほこらにおいのりをすると、びょうきがなおるといわれているの」

「そんなうわさがあったのか」

「ええ。でも、わかりました。ほんとうは、たろうさんの、そのふしぎなちからのおかげなんですね。なんという、やさしくて、すてきなちからなんでしょう」


はるのいうとおり、ひとりぼっちたろうは、この山にきた人が、びょうきがなおりますようにと、おいのりしているのをみて、いつもびょうきをなおしていました。それが、村ではおいのりのおかげだと、うわさされていたのです。


「はるは、びょうきなのかい」

「いいえ。わたしの、おとうさんがびょうきなのです」

「そうか。では、ぼくを、おとうさんのところにつれていってくれ」

「よいのですか」

「もちろんさ。ただし、ぼくのことは、だれもみえないし、きこえない。だから、人のまえでは、だれもいないふりをしてほしい」

「わかりました。たろうさん、ありがとう」


はるは、にっこりとわらいました。

ひとりぼっちたろうは、うまれてはじめて人とはなして、うまれてはじめておれいをいわれて、とてもうれしいきもちになりました。






ふたりは、山をおりて、村のまんなかにある、はるのいえにいきました。


ねどこには、くるしそうにねている、はるのおとうさんがいました。


「ただいま、おとうさん」

「はるや、おかえり」


ひとりぼっちたろうは、はるのうしろにつづいて、おとうさんのそばにいきました。


そして、そこにすわって、はるのおとうさんに手をかざしました。手のあたりが、ほんのりとひかりました。はるのおとうさんは、じぶんの体のようすがかわったことに、すぐにきがつきました。


「はる、なんだか、体のくるしさが、うんとかるくなったようだ」

「おとうさん」

「はる、ぼんやりとしかみえなかった、おまえのかおも、よくみえる。いったいどうして」


はるは、よこにいたひとりぼっちたろうのかおをみました。ひとりぼっちたろうは、くびをよこにふりました。


「山のほこらに、おいのりにいったのです」

「そうか。すごい、もうおきあがれる。きせきだ。ありがとう。ありがとう」


はるのおとうさんは、すっかりげんきになりました。


ひとりぼっちたろうは、ふたりのようすをみとどけたあと、にっこりとわらってたちあがり、いえをでていきました。


はるは、かえっていくひとりぼっちたろうを、おいかけました。


「たろうさん。ほんとうに、ありがとう」


はるは、おおつぶのなみだをながしていました。

ひとりぼっちたろうは、それをふしぎにおもいました。


「はる、かなしいのかい」

「かなしいものですか。うれしくてうれしくて、たまらないのです」


はるは、そういいました。


「そうかい」


ひとりぼっちたろうは、そういって、にっこりとわらいました。


つぎの日から、ひとりぼっちたろうのいえに、よく、はるがたずねてくるようになりました。


あるときは、いっしょに山にいき、さんさいや、きのみをとりました。またあるときは、おはなばたけで、のんびりと空をみました。いっしょにごはんをたべたり、あそんだりして、すごしました。


「はる、ありがとう。ぼくは、まいにちがたのしいよ」

「ええ。わたしもです」

「これまでずっとひとりぼっちでもたのしかったけど、はるといるほうが、ずっとたのしい」

「たろうさん、あなたはもう、ひとりぼっちではないということですよ」

「そうだね。ただの、たろうだ」


たろうとはるは、そうしてまいにちをしあわせにすごしていました。






ところが、ある日から、ぱたりと、たろうのいえに、はるがたずねてこなくなりました。


しんぱいになったたろうは、村のまんなかの、はるのいえに、いきました。


「はる。いるかい」


たろうがいえのまえでそういうと、なかから、ちいさなこえで、へんじがありました。


「たろうさん」


それをきいて、たろうは、いえのなかにはいっていきました。すると、ねどこでくるしそうにねこんでいる、はるがいました。よわよわしく、げっそりとやせてしまっていました。


「はる、どうしたんだい」

「たろうさん。わたしはどうやら、びょうきにかかってしまったようです。きっと、おとうさんと、おなじびょうきです」

「そうだったのか。でもぼくがきたからには、しんぱいはいらないよ。おそくなってごめん」


たろうはそういって、はるに手をかざしました。

ところが、いつもならほんのりとひかる、たろうの手が、ひかりませんでした。


「あれ。おかしいな」


たろうは、なんどもふしぎなちからをだそうとしましたが、いくらやっても、ちからがでなかったのです。


「どうしてだろう」

「たろうさん。どうかしたのですか」

「はる。ぼくのちょうしが、わるいのかもしれない。びょうきをなおすちからが、でてこないんだ」

「そうなんですね。たろうさんは、これまで、たくさんの人をたすけてきましたから、ちからをつかいきってしまったのかもしれないですね」

「ごめんよ、はる」

「いいのです。あやまることは、ありませんよ。それいじょうに、わたしはたろうさんから、たくさんのものをもらいましたもの」


よわよわしくなったはるが、いっしょうけんめいはなしてくれることに、たろうはくるしくなって、なみだをながしました。


「なにかできることがあるかもしれない。となりの町までいって、おいしゃさんや、くすりをさがしてくる」

「けさ、わたしのおとうさんが、となりの町までいきました。なんにちかすれば、もどってきますよ」


はるはそういいましたが、たろうには、はるのびょうきがおもく、なんにちももたないことが、みるだけでわかっていました。


「たろうさん」

「なんだい」

「また、あなたをひとりぼっちにしてしまいますね。ごめんなさい」

「あやまらないでくれ」

「でもこうして、しぬまえに、あなたのこえを、きくことができて、くいはありません」


はるのそのことばに、もうはるの目がみえていないことがわかったたろうは、さらにむねがくるしくなりました。なにかできることはないか、そうおもって、じぶんにできることを、さがしにいくことにしました。


「あした、またくるよ」

「ええ。きをつけてかえってくださいね」


たろうは、はるのいえをあとにしました。






そのかえりみち、たろうは足をけがしたねこをみつけました。


ほんとうに、ちからをつかいきってしまったのか。そうおもったたろうは、そのねこの足に手をかざしてみました。


すると、手はいつものようにほんのりとひかり、ねこのけがが、みるみるうちになおっていったのです。


そして、どこからともなく、こえがきこえてきました。


「ひとりぼっちたろうや」


あたりをみまわしても、だれもいません。


「だれですか」

「わたしは、そのふしぎなちからにやどる、ようせいです」

「ようせいさん。おしえてください。ちからが、はるにつかえませんでした。どうしてですか」

「このちからは、あなたのことがみえるものには、つかえないのです。あなたは、だれからもみえないかわりに、あなたのことがみえないものだけをなおせるちからを手にしていたのです」

「そんな。あんまりだ」


たろうは、かなしみのあまり、じめんに手をついて、おいおいとないてしまいました。


「ただし、えらぶことができます。わたしは、そのためにあらわれました」

「えらぶとは、なにをですか」

「あなたがつよくねがえば、このちからで、はるのことをなおせます。ただ、そのかわりに、はるからもみえなくなってしまいます」


ようせいのそのことばに、たろうははっとしました。なみだをぬぐって、たちあがり、むねをなでおろしました。


「まようりゆうなんかない」

「よいのですか。みえなくなるだけでなく、たろうは、はるのなかで、はじめからいなかったにんげんになり、すべてをわすれてしまいます」

「かまうもんか。ようせいさん、ありがとうございます。ぼくは、はるのところにもどります」


たろうはそういって、はるのいえにむかって、はしりだしました。



「はる!もどってきたぞ!」


たろうはおおきなこえをだして、はるのことをよびました。


「たろうさん」


よわよわしいこえで、はるがへんじをします。


「はる。もうだいじょうぶ。いまから、きみをなおそう」

「たろうさん、どうか、むりはなさらず」


たろうは、はるのそばにすわりました。

つよく、つよく、いのるようにして、はるに手をかざしました。すると、ほんのりと手がひかりだしました。ちからがつかえたのです。


「よかった」


たろうはそういいましたが、たろうのからだは、あしもとからすこしずつ、ひかりのつぶにかわっていきました。


「たろうさん。なんだかからだが、すこしずつ、らくになっています」

「ああ、そうだろう。すぐにげんきになるさ。あしたには、山まであるいたりもできるよ」

「ありがとう」

「いいんだよ。ぼくはきっと、はるのくすりになるためにうまれてきたんだ」


はるは、たろうのそのことばをきいて、はっとしました。


「たろうさん、どこかにいってしまわれるのですか」

「そんなことはない。ぼくはいつでも、きみのそばにいるさ」


みるみるうちにからだがなおっていくはるは、だんだんと目がみえてきました。その目にうつったのは、ひかりのつぶになっていく、たろうのすがたでした。


「たろうさん。やっぱりいなくなってしまうのですね。わたしのために、そんなつらいことを」

「いいんだよ。これで」

「でも、ないておられます。かなしいのでしょう」

「かなしいもんか」


たろうはそういって、にっこりとわらいながら、ひかりのつぶになって、きえてしまいましたとさ。


おしまい。

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ひとりぼっちたろう 砂張 悟 @sabaringoo

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