魔国解放ー双魂のパンデシネー

相上圭司

第0話 プロローグ

 ブレス歴503年、魔大陸スガル平地


 この日のスガル台地は魔素とともに荒く吹いている風がやみ、妙に静かだった。アスラ王国近衛副騎士団長フセルニア・ボーゼスはいいしれぬ不安を抱きながら、それでも勝利を確信していた。


「勝ったな」


 目の前には六英雄の一人、英雄王ベルクが馬上から魔国軍を見据えていた。その目線にある魔国軍はアスラ軍に比べて見劣りした。兵士も装備も寄せ集め。兵士の数も圧倒的に少ない。それでも魔国軍は不気味なのだ。それは異常なまでの士気の高さ。六英雄の一人、黒魔女ダスティスの非凡なカリスマ性にある。 


 それでも、負けようがない————フセルニアは思う。


 戦闘中に西へ西へと誘導されたように感じたが、斥候の報告では、罠はない。魔国軍は罠を仕掛ける余裕もなかった。


「負けるわけがない」


 フセルニアが呟いた時、それは起こった。広範囲で闇魔法による黒い霧が立ち込め、アスラ軍、魔軍ともに友軍の位置を見失った。

 そして、風魔法による音の遮断である。軍は混乱した。フセルニアは配下へベルクの警護を徹底するように命じたが、もう何も聞こえない。


「何が起きている」


 フセルニアは無力だった。何もできない。一刻が永遠にも感じる暗闇の世界でフセルニアは焦っていた。





 ほんの一時だが、軍を混乱と不安に落とすには充分な時間であった。黒い霧が晴れ、音が戻ってきた時にフセルニアが見たのは、最悪の状況だった。


(魔軍に入り込まれている!)


 両軍が入り乱れていた。乱戦である。しかもすぐ先には、


「ベルク王!」


 ベルクとダスティスが相対していた。


「ベルク王に敵兵を近づけるな!」


 フセルニアは混乱する近衛騎士に指示を出しつつ、剣に魔力をこめる。剣に込めた魔力は光の刃となって遠くの敵を切り裂く。だが、光刃はダスティス女王に届く前に、ベルク王の盾によって防がれた。


「フセルニア、下がっていろ。我は女王と語らねばならない」


 周りでは泥沼の乱戦が始まっていた。あたりには血臭が色濃く漂よい、人馬が血まみれで倒れ伏していた。


「あの闇魔法を知っているのだな」


 ベルクの言葉にダスティスはかすかに身じろいだ。————この闇の魔法を知っている。フセルニアはそう直感した。


「ダスティス、引けぬか」


 ベルク王の声は低く響いた。フセルニアはその声に友誼があるように思えた。だがダスティスは首を振り、ベルクから視線を逸らした。


「引けぬ」


 魔国の民をこの呪いの地から移住させるための戦争。戦場に魔国女王の声は憂いを帯びて響いた。


「…あの呪いが解けぬ限り、引けぬ」


 周囲では兵士たちが次々と倒れていく。ゴブリン族の兵士が胸を槍に貫かれ、アスラの騎士が首から血を噴きながら崩れ落ちる。ダスティスは唇を噛み締めていた。守りきれない命に懺悔するかのように。


「 “混沌の魔人”の呪いは、まだ生きているのだ!」


 その叫びは、悲鳴に近かった。そして、フセルニアにはダスティスの焦燥が痛いほどわかった。


「ベルク。すまぬ」


 ダスティスは小さく頭を振り、水の魔素を高める。無数の氷塊が彼女の周囲に渦巻き、肌を刺すほどの冷気が広がった。ベルクを害するために。


「近衛!防御!」


 フセルニアの号令で騎士が動く。魔女の一撃の方が速いか。————フセルニアが魔法を防御しようとした時だった。

 大地が鳴動した。腹の底に響く地鳴り。そして、地を割って巨大な塔が突き出てきた。フセルニアは息を呑んだ。恐怖が、背骨を氷のように冷たくなぞった。


「あれはなんだ?」


 フセルニアが振り向くと、塔の中は黒くうごめく無数の影があった。キシキシと金属が擦れ合うような不気味な音が聞こえてくる。その音は地獄の扉が軋むように戦場へ響いた。


「むうう…、ガーゴイルか…」


 そこにフセルニアが見たのは、青銅の皮膚が不気味に光るガーゴイルであった。それが無数に飛び立とうとしている。フセルニアは血の気が引いていた。


(これか!このために西へ、西へ戦場が流されていたのか!)


 戦場は混乱した。だが、二人の英雄は気丈だった。ダスティスは手にしていた杖を塔に向けると魔法を放った。魔法は無数の氷滴に姿を変えると飛び立とうと羽ばたいたガーゴイルを打ち抜いていく。その威力はすさまじく、数十のガーゴイルを破片とした。

 ベルクは巨大な剣を振りかざすと迫りくるガーゴイルの群れへ切り込んだ。ベルクの剣が赤く燃え上がる。振り下ろすたび、ガーゴイルが溶け落ちた。


 すさまじいまでの魔素量。英雄王ベルクと黒魔女ダスティスの強大な力。————六英雄はこれほどまでに強いのか!フセルニアは驚嘆していた。





 数刻の後もベルクとダスティスは戦っていた。そこにはもう戦争の大義はなかった。ただ無限にも感じる数の暴力は二人の英雄から徐々に力を削いでいった。


「ベルク…。多くの兵を逃せた…。礼をいう…」


 マントは千切れ、顔を泥だらけにしたダスティスが荒い息を吐きながら呟いた。ベルクが握った大きな剣からも炎は消えていた。


そして、一瞬戦場の空気が止まった。


「呪いを解呪する」


 女の声だった。声は塔からだった。塔の中からは一筋の光の粒子と一筋の闇の粒子が立ち上り、混ざり合っていく。その粒子は段々と数が多くなり、スガル平地を覆っていった。


 その粒子の広がりとともにスガル平地を覆っていた呪いの源たる魔素が薄まっていった。


 そして、「パン」という大きな破裂音とともに、スガル平地を覆っていた魔素は霧散した。その瞬間、世界が息を止めたように静寂があたりを支配した。


 フセルニアはこの光景を一生涯忘れることができないであろう。塔とガーゴイルが塵のごとく散逸し、光と闇の粒子が乱飛する光景を。そして太陽を背に輝く粒子の中心から、ひとりの影が落ちてきた。

 小柄な戦士だった。金色の髪が光を受けて揺れるのが見えた。フセルニアはその美しい姿に息を呑んだ。


「……きれいだ」


 フセルニアは心底そう思った。戦士の髪色はフセルニアの心をこれ以上ないくらいに揺さぶった。そして、誰もがこの大地を覆っていた呪いが、いま確かに消えていく瞬間を見た。その圧倒的な光景に戦場は静寂に包まれていた。





 落ちてきた小さな影をダスティスが慌てて水の魔法を編み、包み込む。柔らかな水膜に包まれた戦士はこころなしかぐったりしているように見えた。


(よかった……)


 フセルニアはこころから安堵した。戦士がかすかに動くのが見えたから。ふと見るとベルク王の左手がダスティス女王の肩に添えられていた。


「引かぬか」


 ダスティスはベルクの目を見返し、静かに、しかし確かな決意を込めて答えた。


「呪いが解けるならば」と。


 この時、六所の呪いのうち、スガル平地の呪いは消えた。両国は終戦協定を結び、争いは終わったかに見えた。だが、これは混沌の序章にすぎなかった。


―――――――――――――――


 後にフセルニアは報告書の一説にこう残した。


『魔国を封じる『六所の呪い』の解呪は可能。ただし、魔国一国では不可能、アスラ王国の協力が必要と愚考する』


 この一文はこの後、魔国とアスラ王国の運命を大きく変える。それが未来を救うのか、新たな厄災の始まりになるか。フセルニアには知る由もなかった。


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