かつての魔王の娘は、今日も人間を演じている。

のけ物怪

プロローグ

 人間の世界は魅力的だ。なぜなら一人で生きていく必要がないから。


 魔族の世界も魅力的だ。力さえあれば生きていける。


 人間の世界は面倒だ。一人で生きることができないから。


 魔族の世界も面倒だ。力がなければ生きていけない。


 静かに生きていきたい、最低限の力だけ使って。


 *


 世界には、マナと呼ばれる目に見えない粒子が満ちている。


 血が体を巡るように、マナもまたすべての生命の内を流れている。


 だが、その均衡が崩れたとき、命は容易く歪む。


 過剰なマナに侵され、理性と形を失ったもの。

 災害のように生まれ、災害のように牙を剥く存在。それが魔獣だ。


 一方で、マナそのものから形を得た存在もいる。


 意志を持ち、思考し、選択する者たち。それでいて、魔法と呼ばれる超常的な力を使う者たち。


 人はそれを、魔族と呼んだ。


 かつて魔族と人間の間には、大きな戦があった。


 魔族も人間も、多くの物を失い、同時に多くの物を得た。


 その爪痕は、数百年を経た今も世界に残り続けている。


 そして時が経った現在。


 そのどちらにも、完全には属さない存在がいた。


 これは、誰よりも静かに生きることを望んだ存在が、世界を巡る争いに引きずり出されていく物語である。

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