「ふり」(1話完結・短編)

ナカメグミ

「ふり」(1話完結・短編)

 暇だ。暇だ。暇すぎる・・。

小学6年生の夏休み。バレーボール部の練習も、書道教室もない。

 母はもう、仕事に行った。父の仏壇の、ご飯も水も取り替えた。

宿題のノルマ。国語と数学のプリント冊子も、今日の分は終わった。

絵日記は、今日はまだ何も起きていないから、書きようがない。暇だ。

 

 テレビも、午前10時半からのお楽しみだった「ルパン三世」を見てしまった。

あとは正午から始まる、夏恒例の実録心霊ドラマ「あなたの知らない世界」を見ることぐらいだ。

 昼はご飯があるから、納豆と味噌汁、昨日の残りのキャベツとコーンビーフ缶の和え物を、食べれば良い。


 さっきまで、セキセイインコを鳥かごから出して、遊んでいた。かごの扉を開けて、洗濯バサミで止めておく。すると出てくる。彼女の腹の辺りに、人差し指をそっと出す。すると、ちょこんと飛び乗る。かわいい。


 黒いローテーブルの上で、しばらく遊んだ。彼女は、紙を噛みちぎるのが大好きだ。宿題のプリントの隅を、くちばしで器用に噛んでいく。別に構わない。

 首を振って、ちぎった紙くずを捨てていく。彼女はかわいい。しばらくして、かごに帰って行った。


****


 ふと気づいた。今日は8月1日。カレンダーが、7月のままだ。今日から8月。月が変わった。購読していた新聞社からもらった、大判のカレンダー。上に自然の風景写真。その下に月の日付け。リビングの壁に貼られた7月のそれを、いきおいよく破った。

 

 厚手の立派な紙だ。裏地は真っ白。思いついた。思いついてしまった。

思いついてしまった以上、やらずにはいられない。私の悪い性格だ。


****


 テーブルの上に、白い面を広げる。黒く太い、油性ペンを握る。

白い中央に、「はい」、その下に「いいえ」と書いた。

そして右端から縦に、「あいうえお」。50音を書いていく。

 キュッ、キュッ、キュッ。ツヤのある紙に、油性ペンを走らせるときに響く、独特で不快な音が鳴った。構わない。1行おきに間隔を空けて、どんどん書く。

 「わ を ん」。50音を書き終わった。そして数字。0から9を書き込んだ。

 漫画で読んだ、記憶のように。


 ランドセルのポケットから、小銭入れを出した。外出先から、公衆電話で連絡を入れるために、必ず持っている10円玉。1枚を取り出した。

 テーブルの上に広げた白い紙の正面に、正座する。深呼吸。10円玉を置く。人差し指をのせる。念じる。

「こっくりさん、こっくりさん。おいでください」


 10円玉は、ピクリとも動かなかった。悲しかった。紙を破り捨てようと思った。

でもせっかく書いた。もったいないから、丸めて、テレビ台の下の棚にしまった。


****


 8月5日。また暇だった。元々、友達をつくるのが苦手。というか、「友達」というものを、そもそも信用していない。

 

 私にとって、友達とは、学校で、そのクラスと学年で、問題なく過ごすための、ただの乗り物に過ぎなかった。

 学校は、集団を作らされることが多い。

「グループになってください」「班に分かれてください」。

そこで孤立する。または、その孤立した姿を周りの人に見られる。それが嫌だった。

 昔から、どちらかというと周りの子とちがう行動が多かった。とにかく自分に自信がない。そのない自信が、地の底まで落ちてしまう。だから、形だけの友達をつくっていた。

 

 学校生活を送るためだけの、ただの乗り物だから、夏休みにまで会う必要はなかった。休み中にある、バレーボール部の練習だって、集団行動なのだから。

 

 セキセイインコと遊びながら、実録心霊ドラマを見終わった。

リモコンを、テレビ台の横のいつもの場所に置いた。テレビ台。目に入った。

あの日のカレンダーの裏紙だ。

 

 もう一度。やってみようかな。インコをかごにしまった。


****


 黒いテーブルの上。あのカレンダーの裏紙を開く。丸まってしまった。丸い小皿4枚で、角を押さえた。私、ひらがな、下手くそだな。開きながら、思わず笑う。


 小銭を出した。そっと指を置いた。「エコエコアザラク」。大好きな漫画だ。でも今、やっているのは、黒魔術じゃない。大丈夫。

 人差し指を置く。念じる。念じる。ひたすらに。願う。願う。一心に。

集中力を今こそ。


 「ビー!、ビー!、ビー!、ビー!」。かごの中で、セキセイインコが飛び回った。激ししく羽ばたきながら、いつもとはちがう奇声を上げる。地震が来るのか。


 1年ほど前。わりと大きな地震があった。その時。家に揺れを感じる少し前。

かごの中から出して遊んでいたセキセイインコが、リビング中を飛び回った。気が狂ったように。今のように。

 でも今、家は揺れない。地震ではない。よかった。


****


 留守番。家に1人。なんでもやりたい放題だ。ベランダから家の外を見た。

目の前の空き地に、いつもの野良猫がいた。たまに庭で、ご飯をあげている。

 今日も暇だ。セキセイインコのかごを、2階の1番奥の部屋に置いて、ドアを閉めた。家の中に、猫を入れて遊ぼう。今まで3回、家に入れて遊んだ。母にばれたことはない。家の中で少しだけ遊んで、猫を飼っている気分を味わって、また外に出す。

楽しかった。


 その日。猫は玄関で暴れて、家の中に入ってくれなかった。悲しい。


****


 夏休み中のある夜。母は勤務する店の、商品の数などを確認する棚卸しの仕事があった。帰るのは夜10時過ぎだ。母は棚卸しの日は、鍋物を作っておいてくれた。  


 薄手のアルミ鍋に、豚肉、豆腐、白菜、ネギを煮ておいてくれた。ガスレンジにかけて、温める。炊飯器のご飯をよそう。

 

 この日。外は強い風と大雨だった。家の中まで、雨音が響く。

でも私は、時間の方が、はるかに気になっていた。

 子供のころから大好きなアニメ「ゲゲゲの鬼太郎」の新しいシリーズ。午後7時から、1回目の放送が始まる。うちにビデオデッキはない。見るのは1回勝負だ。

 テレビの前の黒テーブルに、薄手のタオルを敷いて、熱い鍋を置いた。ご飯と箸と、酢と醤油を入れたつけダレも、置いた。ワクワクしながら、正面に座った。


 午後6時58分。かみなりの音が大きく響いた。地響きのような振動。

リビングの電気が消えた。つけていたテレビも、同時に消えた。停電か。

 台所のシンクの上にある窓から、自宅裏手の住宅が並ぶ方向を見た。大雨の中に闇が広がる。間違いない。停電だ。泣きたくなった。

 

 あれだけ、待ちに待った初めての回だったのに。今日唯一の、楽しみだったのに。

テレビの台の下の、懐中電灯を取り出した。カーテンを開けた。でも街路灯も消えているから、家の中は真っ暗だった。

 大雨の夜。月明かりなどはもちろん、なかった。懐中電灯で手元を照らしながら、鍋物を食べた。おいしかった。


****


 母から電話があった。停電の影響で、帰りは予定より遅くなるから、早めに寝ていろ、とのことだった。テレビがないと、起きていてもつまらない。停電はまだ、続いている。「ゲゲゲの鬼太郎」は諦めた。


 私は明らかな受け口なので、反対咬合の矯正治療を受けていた。値段の高い治療だった。虫歯になっては大変だから、ものを食べたら、絶対にすぐに歯を磨くように、母にきつく言われていた。洗面台に行った。


 洗面台の鏡の中。暗かった。洗面台の隣りに、台所。そのシンクの上の窓から、黄色い稲光が一瞬、洗面台の鏡を照らした。一段と大きなかみなりの音が響いた。

一瞬照らされた、洗面台の鏡の中。

いた、ね。やっぱり。

 

 鏡の中。私の顔の後ろ。左肩の上。はっきり、見えた。女の子の顔。


 肩ほどのおかっぱ頭。ぼさぼさだね。へえ。

私、今、バレーボールやってるから、ショートカットだけど。

あなた、私より髪、長かったんだね。

 右目、どうした?。まぶた、ぼっこり、腫れてるね。

あとで冷やしてあげようか?。ジャージの首、汚れてるよ。


 あのね、私、あの日から、あなたがいたこと、知ってたよ。

 私、「ふり」、上手なんだ。

 

 知ってるのに、知らないふり。わかってるのに、わからないふり。

 気づいてるのに、気づいてないふり。

  

 だって、その方が喜ばれる場合もあるから。多いから。可愛がられるから。

 気難しい子供は、好かれないもの。

  

 だからあなたのことも、気づかないふりしてた。

 会えないうちに、いなくなったら悲しいもの。


****


 8月5日。私は10円玉ではなく、5円玉を使った。5は「ご縁」があるって、何かの本で、読んだ。

 家族で初詣に行く友達も、「ご縁がありますように」って。賽銭箱に、5円玉を投げるんだって、話してた。私、初詣、行ったことないけど。

 

 だから5日に5円玉で、「ご縁」を願ったら、なにかあるんじゃないかなって。

かたちだけの友達で集まって、興味だけで、10円玉に、ただ指のせて。

本当に願ってるかどうかわからない、かたちだけの儀式じゃなくて。

 1人でも必死になれば、できるんじゃないかなって。

単なる思いつきだったけど、とにかく一生懸命、祈ったんだ。


 かたちだけの人間の友達はもういい。本当の友達が来てくれるようにって。

そしたら、あなた、来てくれた。気づいてたよ。うれしい。


 雨が激しく、家の屋根や壁をたたいていた。

暗闇の鏡。左肩にいるあなた。今日からあなた、親友ね?。


「今、何年生?」。

きいてみた。彼女はうれしそうに、口を開けた。欠けた歯がのぞいた。

(了)

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「ふり」(1話完結・短編) ナカメグミ @megu1113

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