カラメル

あじみうお

カラメル

   

鉄道模型店モコ。その店はスズラン商店街の路地裏にある。

ぼくは学校が終わると、お好み焼き屋の譲を誘って毎日のようにモコに行く。店中に張り巡らされた線路を走る鉄道模型を眺めていると最高にワクワクする。細かく作り込まれた架空の街中にはアニメのキャラクターが紛れ込んでいたりして、日々新しい発見がある。

おかげで、無口で無愛想な店主のおさむさんともすっかり顔なじみになってしまった。

そんなある日のことだった。

ぼくと譲が店に着くなり、おさむさんはふらりと店の外に出て行った。と思ったら、慌てて引き返してきて手招きをする。

「おい、ちょっと」

客はぼくらだけだった。

「えー何?今きたばかりなのに」

文句を言いながらも、店の外に出て行った。

「おごってやる」

おさむさんは、ぶっきらぼうな言葉に似あわない困った顔でモコの隣の「カラメル」という喫茶店を指差した。

ぼくと譲は顔を見合わせて首をかしげた。、

「オレ、この店知ってるぜ。プリンがうまいんだ」

譲がにんまり笑った。

譲はすずらん商店街に住んでいる。アーケード内のお好み焼き屋「みのり」の二階が住居なのだ。だから商店街の事なら大抵なんでも知っている。ぼくらはカラコロと鳴る扉を開けて「カラメル」に入っていくおさむさんの後に続いた。

店内は薄暗くて、コーヒーとおしぼりと水とたばこがまじりあったような独特のにおいがした。大人の雰囲気。お客さんも大人ばっかり。慣れた様子で奥のオーナーに手を振る譲とは逆に、ぼくは気後れしながらおさむさんの後についていった。向かい合わせのソファーシートに落ち着くと、譲はさっそくメニューを開いてプリンを探し始めた。ところがおさむさんはそそくさと店員を呼んで、勝手にオレンジジュース二つとコーヒーを注文した。

「えー、おれプリンがいい」

譲はおさむさんに抗議する。

「ここのプリンは大人向けだぞ」

おさむさんがぼそりとつぶやいたところで、店のドアがカラコロあいて、にぎやかな話声が入って来た。近所の大学生たちだ。 

「あ!はるみ!いた」学生たちは、一足先に来ていたらしい窓際のポニーテールの女性と合流し、「あたしプリン」「チェリーパイ」「ザッハトルテ」などと席に着く前から次々に注文を始めた。

にぎやかな集団に気を取られているうちに、オレンジジュースが運ばれてきた。

「やったあ、おまけでポッキーがついてる。オーナーったら気が利くなあ」

譲は立ち上がって奥にいるオーナーに手を振った。ぼくらはすっかりくつろいでジュースを飲み始めたが、おさむさんはぎこちない表情でコーヒーを見つめるばかり。

「ねえ、なんで急にここに来たの?」

譲が聞いても、黙ったままだ。ぼくはたまらず、おさむさんが必ず答えてくれそうな鉄道模型の質問を始めた。

「おさむさんはいつから模型始めたの?」

おさむさんは急に眼の焦点があったような顔になり、ぼくと譲を交互にみた。

「ああ。模型は小3くらいだったような。でも電車のプラモデルはもっと前からやってたかな」

「へえ、おれも作りたいけどさ、部屋がせまくてさ。」

「うちも無理。社宅で自分の部屋ないし。弟に破壊されるのがおちだもん」

譲とぼくはため息をついた。

「鉄道模型って、店にあるような大きなものだけじゃないんだよ」

さっきまでのぎこちない様子はどこへやら、おさむさんは僕たちを交互に見ながら話しだした。

「情景の一部分を切り取って作ったものもあるし、箱庭式に小箱の中に収めたものもある。まずは小さいものから、自分の気に入った鉄道の景色を作ってみるべきだと思うよ。俺もはじめはそうだった」

「へえ、おもしろそう。今度教えて」

「おう、まかせとけ」

なんて、すっかり鉄道模型の話で盛り上がっているうちに、にぎやかだった学生たちは帰ってしまって、いつのまにか、店内はぼくらだけになっていた。

おさむさんはしまったというような顔をして、慌てて立ち上がると「店開けっ放しだった」と言うなりとびだして行ってしまった。

「一体なんだったんだ?」

ぼくらは首をかしげた。

店の奥でオーナーが手招きしている。

譲がすっ飛んでいくと、おやじさんはひそひそ声でこういった。蝶ネクタイのきりりとした姿とは裏腹な、やわらかな話し方。

「おさむちゃんね、恋しちゃったみたいなの。ポニーテールのかわいこちゃん。いたでしょ。秘密よ」

「こ、恋?」

ぼくらはすっとんきょうな声を上げた。

おさむさんが恋だって。しかも相手は大学生。なんか似合わない。

それから、ちょくちょくぼくらはカラメルについて行くようになった。向こうは女子大学生の集団。おさむさんは一人で行くのが心細いのか、度々ぼくらを道連れにした。

そんなある日、モコに行くと、見慣れない模型が出来上がっていた。イチゴののった2段重ねのケーキの模型の上に線路が張り巡らされており、ピンクの電車が走っていた。

「変わり種ってやつだ。これも立派な鉄道模型だ。これなら場所も取らないだろ?」

おさむさんは赤い顔でもごもごと説明しながらその模型を透明な箱にしまいリボンを掛け、紙袋に収めた。確かにおいしそうだし面白いけど、レースだのリボンだのが使ってあって、おさむさんには似合わない。

「それ、どうするの?」

譲がきいても、おさむさんは答えない。

それどころか、「ちょっと行ってくる」

もごもごとつぶやくと、ケーキの鉄道模型を持って店を出て行ってしまった。

「ちぇ、一人で行っちゃった」

譲はつまらなそうに僕をみた。

「カラメルかな?」

「決まってるよ。あのふりふりの鉄道模型をポニーテールにプレゼントするつもりなんだよ」

譲は言いながら、にんまりした。

ぼくらはただちにカラメルに向かった。ただし裏口から。

譲は慣れた様子でカラメルの裏の扉を開けた。ぼくらはこっそり厨房から店内に潜り込み、空いた席に滑り込んだ。背もたれの高いソファーシート席。同じ列の二つ向こうの席におさむさんの頭が見える。ポニーテールは窓際だ。今日は3人でろうそくを立てたケーキを囲んでいる。

「そうか、今日はポニーテールの誕生日なんだな」

ぼくらは椅子の陰からそっと店内を偵察した。いつもと違う方法で店内に入り、店の隅々にまで目をはしらせる。何だかまるで探偵にでもなった気分。わくわくする。

譲も同じらしい。ポケットの中からしわくちゃの千円札を取り出して、興奮気味に「プリン食べよ」と言った。

その時オーナーがぼくらに気づいて、近づいてきた。譲は、ひそひそ声でプリンを一つ注文した。オーナーはおさむさんの方に顔を向け、「一緒じゃないの?」という顔をする。譲はあわてて首を横に振り、静かにというように唇に人差し指を押し当てた。

オーナはおさむさんと大学生とぼくらをこっそり見比べて、事情を察したのか、あきれ顔で譲にささやいた。

「大人の話に首突っ込むんじゃないの」

「ぼくらプリン食べに来ただけだよ」

譲は平気な顔でうそぶいた。

しばらくするとプリンが一つ運ばれてきた。スプーンが二つついている。

「気が利くう」

譲は喜んで、スプーンを一本ぼくに手渡してくれた。ぼくらはさっそく一口づつ食べた。

「おいしい!大人の味なんて嘘ばっかり」

器はマグカップくらいの大きさで、一人分にしては量が多いものの、たまごが濃厚なカスタードプリンだ。でも確かにカラメルがほろ苦くて、僕たち以外の子どもには向かないかもしれない。なんて考えながら、夢中で食べていると、譲がふと身をかがめた。おさむさんが立ち上がり、こちらに歩いてくるのがわかった。

「やばい、気付かれたかな」

ぼくらは座席の奥に身を寄せた。

おさむさんは、ぼくらの横を通り過ぎて奥のトイレに入っていった。

ぼくがほっと胸をなでおろしていると、譲は何を思ったかオーナーではない別の若い店員を手招きした。

「チャンス到来だよ」

譲は店員にひそひそ声で注文をした。

「7番テーブルのポニーテールの女子大生にプリンを一つ。あそこの、いま席立ったとこ3番テーブルでしょ?そこのお客様からですって言ってね」

店員は子どものいたずらだとおもったのか、オーナーを探して店内をきょろきょろした。しかしオーナーは、厨房に引っ込んでいるらしく店内には見当たらなかった。

「大丈夫。お金はちゃんとオレが払うし」

譲はポケットからしわくちゃの千円札を引っ張り出す。しかし店員はやっぱりオーナーを探している。譲はじれったそうに両手を合わせながら店員に訴えた。

「ねえお願い。オレ、この店のオーナーも3番テーブルのおさむさんもよく知っているんだ。うち、すずらん商店街でみのりっていうお好み焼き屋やっているからさ。でね、ちょっと、じれったい恋のキューピッドを頼まれてるんだよ。早くしないと、あのおねえさん帰っちゃう」

店員は窓際の席で帰り支度を始めている女子大生たちと3番テーブルの座席に置かれたリボンのかかった包みを見比べて、なんとなく理解したらしい。

「3番テーブルのお客様に頼まれたんですね?」

念をおすようにささやく店員に、譲は大真面目な顔で頷いた。

こうして、席を立ちかけたポニーテールのもとにプリンが届けられた。しかしおさむさんはまだ席に戻っていない。店員は3番テーブルの方を手でしめしながら説明をしている。

「おさむさん何やってるんだよ。遅いよ」

譲がつぶやく。

はるみさんの視線は3番テーブルを素通りしてその奥の席に向かった。奥の席では大学生くらいの若者がコーヒー片手に文庫本を読んでいた。

「あら」

知り合いらしく、ポニーテールは若者に声をかけた。若者は顔をあげ、ポニーテールはプリンを持ち上げて大きく笑った。

「ありがたいけど、私、ケーキを食べたばっかりなの。その上こんなに大きなプリンは食べられないわ」

他の二人の女子大生はクスクス笑いながら、「お先に」と店を出て行き、代わりに若者がポニーテールの向かいの席に移動した。心なしかポニーテールはとっても嬉しそうにしている。

そんな矢先に、いつもより髪型を整えた様子のおさむさんが戻ってきた。そして、窓際の席を一瞬みつめてぼうぜんとした。そのままレジに向かう。店員が「忘れ物ですよ」と、座席の包みを渡す間もなかった。おさむさんは、脇目もふらずに店を飛び出して行ってしまった。

店員はあわててぼくらの方に目を向けた。ぼくらは、うろたえるしかなかった。譲は店員の視線をさけるように残りのプリンをかきこんで、「うへえにがい」と顔をしかめた。ぼくも残りのプリンを少し食べて、顔をしかめた。「うへえ・・・」底にたまったカラメルのにがさが、口いっぱいに広がった。

次の日、鉄道模型店モコに行くと、扉には臨時休業の紙が張り出されていた。

「おさむちゃんは大丈夫よ。これ以上おせっかいはしないこと」カラメルのオーナーにはくぎを刺された。けれども、ぼくらは申し訳なさでいっぱいで、どうしても気になって仕方がなかった。

一週間がたったが店はまだ休業のまま。心配でいてもたってもいられなくなったぼくらは、裏口にまわった。扉をノックするが、反応はない。譲が半べそでぼくを見る。「どうしよう、オレのせいだ。失恋のショックで食事がのどを通らないとかよくいうじゃん」ぼくは息をのむ。「おさむさん、死んじゃってたらどうしよう」

ぼくらは必死で、扉をたたいた。

「おさむさんごめんなさい」

大声で謝りながら何度も何度もたたいていると、中から人の気配がした。

「なんだ?うるさいなあ」

扉が開いた。ひげまみれのおさむさんだった。

ぼくらは涙まみれの顔でおさむさんにしがみついた。

「おいおい、どうした?何があった?店ずっと休みっぱなしでごめんな」


 おさむさんは、失恋で落ち込んでいたわけではなかった。仕事が入って、納得のいく作品を作るために、ここ数日はずっと模型作りに没頭していたのだという。

 それというのも、あの日カラメルに置いてきたケーキの模型が発端だった。カラメルのオーナーが、それを大変気に入って店に飾っていたところ、ぜひ譲ってほしいという客が現れたのだという。

 しかしその模型は、もともとポニーテールのためにつくったもので、結局渡せないままの苦い失恋模型である。そんな作品を、他の誰かに売るというのも気がひける。

おさむさんが断っても、その人はあきらめず、熱心におさむさんに連絡をしてきた。

 おさむさんは悩んだあげく、お客さんの好みを確認したうえで、納得できる作品を一から作ってみることに決めた。 

 それからおさむさんは、店を開ける間も惜しんで作品作りに没頭した。

 一見美味しそうで柔らかそうなケーキのような雪山の模型だが、よく見ると急こう配の険しい山を、赤い列車がじわりじわりと登っていく。二本のレールの間に歯車レールをひいたアプト式の登山鉄道だ。列車床下の歯車と歯車レールをかみ合わせながら進む列車の後ろから機関車が押し上げる。万が一にも列車が急こう配を滑り落ちることの無いように、機関車は安全ブレーキの役割をも果たしている。ミニチュアの機関士たちの顔はりりしくて真剣そのものだ。

 「かっこいい」

 ぼくらはおもわずため息をついた。そんなぼくらを見たおさむさんは、ひげまみれの顔で嬉しそうに笑った。

 やがて、雪山の鉄道模型は無事に引き取られていった。長い休業を終えて、鉄道模型店モコはすっかり日常をとりもどした

 ぼくらは相変わらず、放課後には毎日モコに通っている。何もかもがすっかり元通りと思いきや、無愛想なはずのおさむさんが最近やけににこにこしている。様子を見にやって来たカラメルのオーナーがそっとぼくらに耳打ちをする。

 「おさむちゃんね、模型を気に入ってくれたお客さんと、あれからずっと手紙のやり取りしてるんですって」

 譲とぼくは思わず顔を見合わせる。

 オーナーはウィンクして、カラメルにもどっていった。

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