マスクの下を見せて
雀野ひな
マスクの下を見せて
ボクには、クラスで気になる子がいる。
彼女の名前は、
そんな彼女について、ボクは一つ疑問を抱いていた。いや、ボクだけではない。クラス中の誰もが、そのことを気にかけている。
登校するとき、水を飲むとき、ご飯を食べるとき、運動をするとき——彼女はいつなんどきも、その大きなマスクを外さないのだ。
彼女の徹底ぶりは、すぐに話題になった。クラスの中では、マスクの下があまりにも不細工だからに違いないと言うやつもいた。
だけど、ボクはそうは思わない。彼女から溢れる気品や美しさは、マスクの下一つで失われるようなものには思えなかった。
それでも、どうしても彼女の素顔が見たかった。彼女の小さな顔の半分以上を覆う、そのマスクの下が、気になって気になって仕方がなかった。
ボクは、他人の顔を見ることに強い執着を持っていた。どんな手を使ってでも、その人の素顔を見たいと思ってしまう。「
だからボクは、ひそかに彼女を観察した。
異常だった。
水を飲むとき、必ず後ろを向いて誰にも見られないようにする。ご飯を食べるときは、左手で少しマスクを浮かせ、できた隙間に箸を滑り込ませる。体育で持久走があったって、彼女は苦しそうにするどころか、マスクをしたまま一番にゴールしてしまう。
他にもマスクをしたがる人はいるけれど、ここまで徹底する人なんて、見たことがなかった。
ただ見ているだけでは、マスクの下を覗くことなどできはしないと分かった。だけど、そんなことで諦められるほど、ボクの意志は脆くはない。
もう手遅れだ。ボクは人の素顔を見なければ満足できない変態で、そのうえ、すでに彼女の虜になっているのだ。
ボクは、彼女の机にメモを仕込んだ。
『放課後、この教室で待っていてください』
メモを見つけた彼女は頬を赤らめ、周りをキョロキョロと見渡した。ボクは咄嗟に顔を伏せる。
困った顔ですら、なんだか可愛く見えてしまう。
放課後、彼女はメモの通り、教室に一人で残っていた。マスクの上からでも分かるくらい、顔を強張らせている。
「露口さん」
ボクは声をかける。彼女とはたまに言葉を交わすものの、二人きりでゆっくり話すようなことはなかった。
「願念くん……」
ボクに気づいた彼女は、顔の緊張を少し和らげた。メモの差出人がわかって安心したらしい。
「ごめんね、突然呼び出したりして」
彼女はふるふると首を振った。長い黒髪が揺れる。
ボクは口を開きかけて、ふと窓の外に目をやった。少し大袈裟に。
彼女はそれに釣られた。意識は窓の外にある。
ボクは、いまだ! と言わんばかりに、彼女のマスクに手を伸ばした。ずいぶんと単純で姑息な手だが、構わない。
それほどまでに、マスクの下を見たいというボクの欲望は、膨れ上がっていた。
「きゃっ!」
マスクがはらりと落ちる。ボクは息を飲んだ。
マスクの下から現れた、赤い唇。その端は、耳たぶにいたるまで裂けていたのだ。
彼女は咄嗟に、両手で口元を覆った。しかし、それでは隠しきれないほど、それは大きく裂けている。
「酷い、酷いわ……」
震えた声でそう言って、彼女はうずくまってしまった。ぐすん、ぐすんという、彼女のすすり泣く音が、静かな教室に響いている。
けれどボクには、彼女がどうして泣いてしまうのか、わからなかった。
だって彼女は、こんなにも美しいのに。
「どうして隠すんだい。こんなに美人なのに」
ボクの言葉に、彼女は泣くのをぴたりとやめた。それから、おそるおそる顔を上げる。
「美人?」
「そうだよ。いや、前からそう思っていたのだけれど。でもこんなの……想像以上だ!」
ボクの反応に、彼女は目を瞬く。それから、覚えたての言葉を話す子どものように、カタコトの日本語で言った。
「ワタシ、きれい?」
ボクは、そんな彼女を愛おしく思った。こんなに可愛いのに、自信を持たずに泣いてしまうなんて。
「きれいだよ。とってもきれい」
少し屈み、手を差し伸べる。彼女は顔を赤くして、恥ずかしそうにその手を取った。
「あなたって、変わってるのね」
はにかむ彼女に、ボクは首をかしげる。
「変わってる? どこが?」
彼女は嬉しそうに笑った。マスクのない彼女の笑顔は、とっても華やかで、可愛らしい。
少しして、彼女はボクをじっと見つめた。顔の隅から隅までを観察するように。
顔が熱い。鼓動がドクドクとうるさい。
「ねえ。あなたの素顔も見せてよ」
「え?」
ボクは驚きのあまり、たじろいだ。彼女はボクの顔を指差す。
「それ。よくできているけれど、本当は偽物でしょう」
彼女の、大きな口が動く。ボクは動揺しながらも、その口から目が離せない。
「ねえ。あなたのマスクの下を見せて」
彼女は、ボクの両頬に手をかけた。少し力が加わった。と思った瞬間、カパッ、と音がする。
「まあ、素敵。きれいな肌をしているのね」
彼女は、右手でボクの顔を撫でた。左手には、目と鼻と口のついた、ボクのマスクが握られている。
まさか、見破られるなんて。
「へへ、ありがとう。この顔を褒められたのは初めてだよ」
ボクは照れ臭さから、頭をかいた。
「ねえ、どこから声を出しているの?」
彼女は興味深そうに、ボクの顔を覗き込む。
目も鼻も口もない。まっさらな、ボクの顔を。
「さあね、どこだろう」
「ふふ。本当に、あなたって不思議」
そう言って、彼女は笑った。大きく裂けた口を、めいいっぱいに広げて。
「ワタシたち、とってもお似合いね」
マスクの下を見せて 雀野ひな @tera31nosuke
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