3

 通話を切って、六人部屋に戻ると、祖母が心配そうな顔をしていた。祖母は明らかに怯えている。それは自分が悪いのだとわかっている。どうにもならない。しかし、祖母の近くで座っている二人の男性が気になった。


 一人は先程、右奥のベッド付近に座っていた男。目が合うと立ち上がった。一八〇は超えてはいないようだが、背が高かった。深々と頭を下げられ、両手が動いた。声が別方向から湧き立った。


『初めまして。本日は、本当に残念だと思っています』


 真幸は、声の内容を理解した。が、目の前で繰り広げられた大きな違和感で「意味がわからない!」と身体がビクッと震えた。けど、得体の知れなさは続く。


『突然で申し訳ありません。失礼なのは承知しています。……日高勉さんのお葬式に参列させて頂けませんか?』


 安河真幸が遠くに飛ばされたことに気づいたのは、祖母が孫の肩を揺らしたからだ。とても心配している表情だ。


 冷静になりたいのに、動揺が止まらなかった。


 目の前の男は、宇宙人のように、両手を動かした。男はいっさい喋らない。じゃあ、これ、宇宙人だ。真幸は、そう断じた。そうしないと、足元が崩れる。


 宇宙人は、静かに、目を細めた。仕方ないと、わかっているように。


 なぜかそう見えた。


 男は、少し微笑んだ。そして困ったように、首をかしげている。


 それで「あ、感情が伝わっている」と真幸はようやっと気づいた。慌てて、表情を変えた。自分は冷たい拒絶の視線を向けていた。


 そして、男は再び微笑んだ。


「まさきちゃん。……そのくらい、いいんじゃないのかねえ?」


 真幸は、祖母の控えめな発言に苛立った。もう一人の男性が手を動かしている。真幸より背は低いが、一六〇センチ台だろう。見上げながら、手を動かしている。話し声は無い。


 手話通訳士だと、真幸は気づいた。「ならば、あの人は耳の不自由な人か」と納得いった。ふに落ちるところで状況が何も変わらないが、改めて自分を恥じた。きこえないと言うだけで侮蔑していいわけがない。しかし、頭が拒絶反応を起こしてしまう。


 真幸は余裕が持てない自分に腹立ち、兎に角も、手っ取り早く収容をつけたいと思った。


 がりがりと頭を掻き、真幸は頭を切り替えた。そして、先ほど葬儀会社に電話して決めた内容を話す。祖母の顔は見ないようにした。


 耳が不自由な男は、隣の手話通訳を見て、頷いた。手を「待った」という仕草をしてから、スマホを打ち込んでいる。何となく「できる奴だ」と思った。


「以上です。不明点等は無いでしょうか?」


 会社で慣れ親しんだビジネスの常套句を言うと、いつも通りの自分を取り戻せた。「これは仕事だ」と思えばいいと思った。それも、恐らく来週でことは終えられる。


 なら、耐えられるだろう? と真幸は己に問いかけた。答えは無かった。


「ありがとうございます。問題ありません」


 男の手話を見ながら、隣で、声が発された。その後に無言で手を動かし、話し合っている。通訳の方が「オッケー」とサインを示した。男は、それに対して頭を下げた。それから真幸に向き合い、手話をした。言っていることはわからないが、礼儀を感じる。


「申し遅れました。改めて、大節冬梧と言います。急なお願いで、すみません。ありがとうございます」


 と通訳した後で、手話通訳の男性が改めて、自己紹介をする。


「僕は、手話通訳者の上山叶と言います。葬式ですが、大節の通訳として、参列しても宜しいでしょうか?」


「もちろんです」


 上山は頷くと、大節に向かって、手話をする。


 奇妙な光景で、変な人間関係だ、と真幸は思ってしまった。しかし、「大変だな、耳がきこえないというのは」と思うことで気持ちが安らぐのは否定できなかった。


 話が済むと、大節が手を動かし、上山が声を出す。何と無しに、間のずれを感じるのが不思議だった。でも真幸は、ずっと大節を見たくなる。しかし、見過ぎると大節には不愉快だろう。自分ならそうだ。それに、何を言っているかがわからない。そのために、通訳がいるのだと、遅まきに理解した。祖母もこの光景に対して、神妙にしている。不可解な様子ではない。そうしたら、この人に、とても失礼だともう知っている。


「連絡先を教えて頂けませんか? それを、上山にも共有しても宜しいでしょうか?」


「細かいところに頭が回るな」と真幸は感心した。ごく自然に、頷き、そのまま上山でなく、大節に向かって「はい、大丈夫です」と伝えた。そうした自分も不思議な気持ちで、「なにが不思議なんだ?」と心の中で首をかしげた。そのわけはすぐ後でわかった。


「RINE、メール、ショートメール、どれが安河さんにとって都合が宜しいでしょうか?」


 真幸は目を見張った。


 まず、自分の苗字を知っていること。それから「当たり前のことをきかれているようで、当たり前でないことをきかれている」と思った。だからなのか。その違和感を知りたくなる。気持ち悪さと新鮮さが混じるような些少な違和だが。


 声を出しているのは通訳の上山。しかし、これは、大節による意思だ。とっさに、通訳が手助けをしているのか、と真幸は思った。しかし、そうは思えなかった。そう思ってしまえば、大節がいなくなる。だからこそ通訳がいるのだ、と改めて認識した。


「あ、……RINEでいいですか?」


 真幸が疑問符をつけながら、返事した。真幸は、なぜ疑問符を付けたのかわからない。しかしなんであれ、返事になっている。


 大節はスマホを操作し、瞬く間にQRコードを提示した。真幸も自分のスマホを素早く指を動かし、大節の連絡先を読み込んだ。


 「大節冬梧(DAISETSU TOUGO)」の名と、高層ビルが見える青空写真のアイコンが表示された。真幸はそれらを見て、大節のセンスが高いことを把握した。写真も趣味がいい。


「やすかわです。よろしくお願いします」と、文字を打ち込み、送信した。


 大節が頷いた。それから「大節です。これで失礼します。今日は有難うございました」と送信が来た。返信が速い。その後で大節はスマホを上山に見せている。真幸は、その様子にさっき自宅で流した映像の彼ら。もとい、あの二人を思い出す。その北欧映画のタイトルは「最低で、最高な二人」。目の前の二人も、恐らく、様々なハードルを超えて仲がいいのだろうと、真幸は思った。


 大節が真幸と真幸の祖母のみならず、看護スタッフにも向かって、頭を下げた。上山は下げない。看護スタッフがたどたどしく手を動かしている。大節は朗らかに笑い、右の拳を左腕にトントン叩く。後は、わからない。


 大節が父親に対面し、深々と頭を下げると、出て行った。背中が寂しそうだった。

 その一連は、何もおかしくなかった。大節がやたら頭を下げているのが気になった。一つもおかしくはなかったのが、奇妙で、不思議だった。

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