光に満ちた神の現身は、今日も<日常>を満喫中 ~皇子の生まれ変わりですが、異星人の帰還要請は即却下~
常盤 陽伽吏
第1話
「おはよう、ジェイ、
オフィスのドアが開いて
「おはようございます、雅人さま」
ジェイがパソコンのモニターが並んだデスクから立ち上がった。
「寒いねー……」
ジェイは菅田から雅人のキャメル色のダッフルコートを受け取り、ハンガーにかける。
「外、雪降ってたよ」
「暖房の温度をあげましょうか?」
「ううん、大丈夫だよ。ここ、十分あったかいから……ねぇ、紫苑は何をしてるの?」
雅人の到着にひと言もない紫苑を見やって、彼はそう訊ねた。
ジェイは雅人の視線を辿って応じる。
「テレビを見ているようです」
「ここのところ、ずっと見てるね」
それもそうだろう。
この数日、テレビに限らずSNSもこの話題で持ちきりだった。
異星人の来訪。
ある日突然、銀河連邦を名乗る異星人がこの地球に降り立った。
昔から都市伝説で語られていたような目の大きなグレイタイプでもトカゲ人間でもなく、極々普通の人間に見える彼らは、銀河連邦の宗主を名乗り、そこの皇子の転生者を探していると告げた。
当然のことだが全ての人々が驚き、慌てふためく中で、驚くべきことに雅人は、それに対して何の反応も示さなかった。まるで予定されていたことのように、へぇ……と言っただけだった。
「紫苑、全然仕事してないねぇ……」
異星人の来訪を告げるテレビ放送を繰り返す画面を食い入るように見ている紫苑を眺めやって、雅人は言った。
「まぁ……世界中が大騒ぎですから……」
「こういう時って、株ってすっごく動くんじゃないの?」
「ええ……そちらは私一人で事足りるのですが……」
ジェイはさらりとそう言った。
「そんなに面白いかなぁ……」
「世界中、釘付けですよ」
「ジェイも?」
「いえ……正直現れた日はさすがに驚きましたが、今現在は特には」
「そう。お茶をもらおうかな」
「かしこまりました」
元来、お茶を淹れるのは紫苑の仕事なのだが、その彼がテレビに釘付けになっているのでジェイが席を立ち、キッチンへ向かう。
確かに世間は異星人の来訪と言う今回の出来事に夢中だったが、その彼らが国連に保護という名目で隠されて以来、新しい情報は漏れてきていない。
そんな状況であったことと、雅人が今回の出来事に一切興味を示さなかったこともあって、ジェイはあっさりその出来事から意識を離した。
キッチンで紅茶を用意し、ソファーに腰を下ろした雅人に差し出しながら、ジェイは疑問を口にする。
「雅人さまは今回の出来事にまったくご興味をお持ちになられませんね」
「ん-……まぁ、そろそろかなぁって思っていたし……」
「ご存知だったのですか?」
「大きな流れとしては、ね」
雅人はブランデーを落とした紅茶をひと口飲む。
「ん……おいしい」
雅人は柔らかく微笑った。
「ジェイの紅茶は格別だね」
「恐れ入ります」
「紫苑って、ずっとああなの?」
「世界中、彼のような状況ですよ」
「……そんなに驚くような状況かなぁ……」
「市井の人々からすれば、重要な出来事かと思いますが……」
「ん-……でも、ずっとUFOとか来てたし……」
雅人は呟くように言った。
「人々はそういうものは都市伝説の一つだと思っていたでしょう。幽霊や妖怪のようなものです」
「幽霊も妖怪もいるよ? ジェイだって、
「はい。存じ上げております」
「慎太郎はそっちの世界の人間だもの……まぁ、慎太郎をそこらにいる人間の同類って言うとちょっと語弊があるけどね」
言って、雅人は微笑う。
「人間より、そっち側に近い人間だから」
「では、
「どうかなぁ? しばらく慎太郎には会ってないから……慎太郎が今回のことをどう受け止めてるかは興味があるね」
雅人は柔らかく微笑ってそう言った。
「雅人さまがお望みであれば、一度お食事にお誘いしましょうか?」
「いいね。どうせゴハンは食べるんだし……慎太郎と……そうだね、
「雅人さまは千陽路さんがお気に入りなのですね」
「お気に入りって言うか、僕の周囲に千陽路くらいの子供っていないから。すっごく珍しいからしゃべってて面白いんだよねぇ」
「さようでございますか……では、連絡を取ります。雅人さまのご都合はいかがでしょうか」
「僕はいつでも。慎太郎は
「そうおっしゃられても、高生さんであれば何を置いても雅人さまのご都合に合わせていらっしゃるのではないでしょうか?」
「慎太郎だったらそうだろうけど……そこはジェイが上手く伝えて。僕はいつだって時間あるんだから」
言って、雅人はふわりと微笑う。
「紫苑も来るかなぁ……」
丁度、空に光り輝く数多の宇宙船が現れた様子が映し出されている画面に釘付けになっている紫苑に視線をやって、雅人は言った。
「あれ、録画でしょう? 同じ映像見て、楽しいのかなぁ……」
「世界中の人々は多かれ少なかれ、彼と同様です」
「へぇ……そうなんだ……向こうからは何も動きないのにねぇ……」
「そうです……不気味なほど静かですね」
「まぁ、国連の中では大騒ぎなんだろうけどねぇ……」
雅人は先ほどから何やら思わせぶりなことばかり口にしている。
その雅人に何かを訊ねることもなく、ジェイは先ほど話に出た高生慎太郎に連絡を取った。
高生慎太郎。
彼は当代随一と謳われる最強の
その、血の繋がっていない娘である千陽路も、強い霊力を持っている。
「高生さん。ご無沙汰をしております。ジェイ・リーです」
電話の相手はワンコールで電話に出た。
柔らかな、落ち着いた声音が耳に届く。
『先生。こちらこそご無沙汰をしており申し訳ありません。あの方はお元気でいらっしゃいますか?』
「ええ。お元気にしておいでです。早速ですが、雅人さまがこの度の異星人来訪について、高生さんの見解をお聞きになりたいとおっしゃっておられます。お嬢さまとご一緒にお食事でもいかがでしょうか?」
『雅人さまのお召しとあれば、いつでもお伺いいたします』
慎太郎はジェイの予想通り、そう返答した。それにうなずいて、応じる。
「そうおっしゃると思っていました。ただ、雅人さまにおかれましては、高生さんは重要な任に就いておられるので、あなたの負担にならないようにとおっしゃっておいでです」
『私などに過分なご配慮、ありがとうございます。ご配慮はありがたいことですが、何と言っても雅人さまのお召しですので、何を差し置いても参上いたします』
「そうですか……それでは、明日は土曜日ですからお嬢さまも学校はお休みでしょう。明日でいかがですか?」
『娘のことまでご配慮いただき、ありがとうございます。それでは明日、お伺いいたします』
「では、後ほど来ていただくお店の場所についてメールを送ります。何かリクエストはありませんか?」
『とんでもない。あの方のご希望をご優先ください』
慎太郎の言い様に、ジェイはかすかに笑みを浮かべた。
「そうですか……では、雅人さまにご確認の上、お店を決めますので。後ほどメールを送ります」
『はい。お待ちしております』
「では、失礼します」
ジェイは電話を切って雅人を振り返る。
「明日で約束ができました、雅人さま」
「そう」
「お店はどこにいたしましょうか?」
「そうだなぁ……千陽路もいるし、気取った店とかよりイタリアンでいいんじゃない?」
「かしこまりました。いつものお店でよろしいですか?」
「うん」
「千陽路さんはまだ小学生ですから、ランチタイムでよろしいですか?」
「あ……そうだねぇ……そうしようか」
雅人の言葉に従い、ジェイは行きつけのイタリアンの店に予約をし、店の名と時間を慎太郎にメールで連絡をした。
「慎太郎と千陽路に会うの、久しぶりだね」
「さようでございますね」
「紫苑は誘わない方が親切かなぁ?」
雅人は紫苑の方に視線を投げるが、彼はテレビのモニター画面に夢中だった。
「竹階くんは、とにかく異星人に夢中ですから」
「世界中そうだって言うのがねぇ……」
呟いて。
雅人は結局のところ、紫苑を翌日の食事に誘わないという結論に達したようだ。
翌日。
行きつけのイタリアンの店に雅人とジェイが到着した時には慎太郎と娘である千陽路はすでに店内で待っていた。
「慎太郎、千陽路。久しぶり」
予約しておいた個室に通されてコートを脱ぎ、雅人がにこやかにそう言った。
ジェイは受け取ったコートを店員に預ける。
「ご無沙汰をいたしております、雅人さま」
「お久しぶりです、雅人さま」
席にも座らず待っていた慎太郎と千陽路が、深々と頭を下げた。
「気を張ることはないよ」
ジェイは椅子を引き、雅人を座らせる。
「ゆっくりおしゃべりしながら食事しよう。座って」
「はい、雅人さま。千陽路、お座り」
「はい」
雅人に続いて、ジェイも、慎太郎と千陽路も席についた。
「いつもジェイと二人だからね。久々に人数多いから、コースにしようか? 千陽路。好き嫌いある?」
「いいえ、雅人さま」
「そう? じゃあ、コースで頼もうかな……僕らはワインもらうとして、千陽路はどうする?」
「お水でいいね? 千陽路」
「うん、パパ」
ジェイがウエイターにオーダーを通すのを見やってから、雅人は千陽路に微笑いかけた。
「千陽路って、いくつになったの?」
「はい。十一歳になりました」
「そう。千陽路ってずいぶんしっかりしてるね、慎太郎」
「恐れ入ります」
慎太郎の返答に雅人は微笑う。
「今日は、急に呼び出してゴメンね。今、何か世の中にぎやかじゃない? そのことで慎太郎の意見が聞きたかったんだ」
雅人は巷をにぎわす異星人来訪をそう端的に口にした。
「今、世間で話題になっている異星人の来訪ですね? 宗主の皇子の転生者を探しているとか……」
「うん。慎太郎はどう見てる?」
「そうですね……なにがしかを隠しているのではないかと思ってはおります」
「隠す?」
「はい」
「ふうん……何を隠しているんだろう……」
「彼らはまだ何も発表してはおりませんが、すでに目的の者を探し出してはいるでしょう。ただ……それが正しいかどうかはわかりかねます」
「彼らがだまされてるってこと?」
「おそらく、ではありますが……」
慎太郎の言葉に、雅人は一瞬考え込む仕草を見せた。
雅人が黙ってしまうと、ジェイはもちろんだったが慎太郎も千陽路も口を開かない。
「……まぁ、いいか……」
考え込んでいた雅人だったが、ふっと思考を切り替えるように顔を上げた。
「放っておこう。さぁ、ゴハン食べようか」
言って雅人はワインをひと口飲む。
ジェイが取り皿に前菜の生ハムやカプレーゼやカルパッチョなどをそれぞれに取分けてくれるのを待って。
「さぁ、食べよう?」
雅人はそう言って、さっそく皿に盛られた前菜を口に放り込む。
「千陽路、いただきなさい」
「はい。いただきます」
食事を始めると、雅人は久々に会う慎太郎と千陽路に対して、最近はどうしているかなどと話しかける。
「千陽路は慎太郎の後を継ぐの?」
「はい。私はパパのことを助けたいんです」
「千陽路……」
「慎太郎は反対なんだ……」
「いえ……ただ……」
「悩みどころだねぇ……」
雅人はふわりと微笑う。
「慎太郎は千陽路のことがかわいいからこそ、希望を叶えてあげたい気持ちと、何も陰陽師なんて仕事を選ばなくてもいいんじゃないかって気持ちで揺れているんだね」
雅人は微笑ってそう言った。
「正直なことを申し上げると、雅人さまがおっしゃる通りです。私の後継ということは、つまり松岡家本家を背負うことになります。何も好き好んでそういう苦労をする必要はないのではないかとも思います」
言葉を選ぶ慎太郎に雅人はふわりと微笑う。
「でも、慎太郎は千陽路がかわいいから、千陽路がそうしたいって言うなら強くは止められないでしょう?」
「……はい」
「パパ……」
慎太郎は千陽路に対してはずっと後継の話題を避けてきた。しかし今、その父から後継者として認める旨の言葉が出たのだった。
「いいの? ホントに……」
「佐保姫にも言われたことだけど……その上、雅人さままで千陽路の気持ちを優先するようにおっしゃるからね。これはもう、パパがどうこうできる話じゃないんだってわかったんだよ」
「ありがとう! パパ! 私、がんばる!」
「お礼なら雅人さまに申し上げなさい。後押ししてくださったのは雅人さまなんだから……」
「雅人さま。ありがとうございます。私、がんばります」
「よかったね、千陽路。でもこれは流れだよ。千陽路はそうなる流れに乗っているんだ。千陽路が自分で選んで、その道を歩き始めた……慎太郎は絶大な能力をもっているけれど、一人でできることはたかが知れている。慎太郎であってさえ、目に見えない強い流れには抗えないよ」
柔らかな雅人の言葉。
柔らかな物言いの中に潜む強さ。
雅人はただただ優しい神ではないことを、慎太郎は実感していた。
「目に見える流れとしては、今の世の中の流れだけど……今日、紫苑が来てないのは紫苑が異星人に夢中だからなんだよ」
「紫苑が、ですか?」
「うん……事務所には来てるけど……全然仕事もしてないし……ずっとテレビ観てるんだよねぇ……慎太郎と千陽路はどう?」
「日々のニュースとして接してはおります。ただ、松岡家本家当主としての責務がありますので、そればかりにかかり切りというわけには参りません」
「そう……千陽路は?」
「私も……学校では話題ですけど、あまり……」
「そう……二人とも他の人みたいにはなってないんだね」
言って、雅人はワインをひと口飲む。
「ジェイもなんだよ。ジェイは僕が興味ないものには興味ないから」
雅人は微笑ってそう言った。
「失礼ながら、雅人さまは彼らの目的の人物をご存知なのですか?」
「え? ……ああ……僕だよ」
雅人はさらりと爆弾を落とした。
雅人からすれば、ジェイにしろ慎太郎にしろ、全幅の信頼が置ける人間であったので、ここで話したことが外部に漏れることを心配する必要はない。
案の定、爆弾を落とされた側のジェイも慎太郎も
「そうだったのですね、雅人さま」
得心したようにジェイはうなずいた。
好奇心旺盛な雅人が、彼らに興味を抱かなかったことの理由がわかった気がする。
慎太郎と千陽路は言葉なく、雅人を見ていた。
「だけど、慎太郎が言うように彼らが欺かれているんだったら、僕に辿りつくことは難しいだろうね」
「雅人さまはご自身から彼らにお声を掛けるおつもりはおありではないのですね?」
「探してるのは向こうの都合」
あっさりと、雅人はそう言った。
「メイン来たよ。ほら、何してるの? 食べよう?」
肉と魚の皿が運ばれてきたので、雅人は嬉しそうにそう言った。
雅人が口を閉じれば皆余計な口は開かないし、彼が食べると言うなら皆それに従う。
この場にいる全員が、それぞれ異なる理由ではあったが、雅人という存在が特別なものであることを熟知していることは間違いようのない事実だった。
その後も雅人は何ということもない会話を楽しみながら、食事を堪能したようだった。
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