第28話:どちらも選ばない
世界は、判断の直前にだけ、奇妙な静けさを見せる。
それは嵐の前の静寂とは違う。
破壊を予感させるものでもない。
選択肢が、削られきったあとの沈黙だ。
街はいつも通りに機能していた。
広告は光り、音楽は流れ、人々は消費し、言葉を投げ合っている。
けれど、そのすべてが――
どこか「再生された映像」のように感じられた。
ルシアはそれを、はっきりと感じ取っていた。
──かつてルシアは、絶対的な王者だった。
欲望を煽り、奪い、与える側として、世界の中心に立っていた。
美優という存在が現れるまでは。
彼女は敗れたのではない。
王座を奪われたのでもない。
ただ――
王者という役割そのものが、意味を失った。
美優は奪わず、操らず、支配しない。
ただ、そこに在るだけで、世界を鎮めてしまう。
多くの者にとって、それは救いだった。
だがルシアにとっては、致命的な異物だった。
与えられた瞬間、彼女は存在理由を失う。
救われた瞬間、彼女は“役割”を奪われる。
だからこそ、彼女は気づいてしまった。
これは、この世界の均衡が崩れたのではない。
均衡を管理する“何か”が、動いたのだと。
高層施設の外廊。
透明な防壁越しに、都市を見下ろす。
かつて彼女は、この世界で「絶対王者」と呼ばれた。
だが今、その肩書きは何の意味も持たない。
重要なのは、彼女が**何度も世界の終わりを“見てきた側”**だということ。
「……来てるわね」
呟きは、風に溶けた。
空が、少しだけ“遠い”。
時間の流れが変わったわけではない。
未来が近づいたわけでもない。
ただ、
この世界が、どこかの比較対象に置かれた
そんな感覚。
「観測……」
その言葉を、彼女は途中で飲み込んだ。
名前を与えた瞬間に、
それは「理解可能な存在」になってしまう。
それだけは、避けたかった。
世界の外側。
あるいは、世界の“後”。
そこでは、言葉による会話は存在しない。
過去と未来。
選択と結果。
文明の速度と、精神の耐久。
それらが同時に参照されている。
この世界だけではない。
人間が滅びた世界。
龍族が滅びた世界。
どちらも生き残った世界。
どちらも存在しなかった世界。
無数の分岐。
そして、今のこの世界は――
再び、同じ分岐点に立っていた。
人間という存在は、例外だ。
消費に適応しながら、
精神を失いきらない。
速さに飲まれながら、
沈黙を捨てきらない。
それは危険で、
不安定で、
管理しづらい。
だからこそ、選択肢が浮かぶ。
――隔離。
――封印。
過去にも、何度も選ばれてきた“最適解”。
その判断が、世界に“影”を落とした瞬間。
ルシアは、ゆっくりと一歩、前に出た。
何かを遮るように。
何かの進行を、止めるように。
「……それは、違うわ」
誰に向けた言葉でもない。
反論でもない。
ただの宣言。
彼女は敵対しない。
戦わない。
壊そうともしない。
だが――
通さない。
「隔離も、封印も……
どちらも、“楽な方”でしょう?」
かつて人間が、物質主義を選んだ理由。
かつて龍族が、精神主義に留まり続けた理由。
どちらも、間違いではない。
ただ――
時間が、合わなかった。
「急ぎすぎた世界と、待ちすぎた存在」
ルシアは笑う。
自嘲でも、皮肉でもない。
「それを“失敗”って呼ぶなら……
この世界は、まだ失敗してない」
同じ頃。
美優は、撮影スタジオの中央に立っていた。
ライトは点いている。
カメラも構えられている。
けれど、シャッターは切られない。
「……ミユさん?」
誰かが声をかける。
沈黙に耐えきれずに。
美優は、答えなかった。
ポーズを取らない。
笑顔を作らない。
意味のある言葉を、差し出さない。
ただ、そこに“いる”。
消費されるためでも、
評価されるためでもなく。
存在するために、存在している。
その瞬間。
観測されていた数値の一部が、
説明不能な揺らぎを見せた。
言葉の消費速度が、落ちた。
感情の回収率が、下がった。
異常値。
だが、それは――
破壊ではない。
ルシアは、空を見上げた。
「見てるんでしょう?」
返事はない。
だが、否定もない。
「あの娘は、選ばないわ」
隔離も。
封印も。
「だから――
あなたたちにも、選ばせない」
それは挑発ではなかった。
交渉でもない。
可能性の提示。
未来を知っている存在に対する、
唯一の抵抗。
――まだ、この世界は終わらせるには早い。
世界は、その判断を
ほんの一瞬だけ、保留した。
その一瞬が、
やがてすべてを変えることになるとも知らずに。
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