『沈黙する黄金(サイレント・ゴールド)』

春秋花壇

沈黙する黄金(サイレント・ゴールド)

沈黙する黄金(サイレント・ゴールド)


ロンドンの空は 今日も低い 雲の切れ間に 神の姿はなく ただ 湿った灰色が 石畳の隙間から 体温を奪っていく


テムズの流れは 銀ではなく鉛の色 かつて世界を飲み込んだ 大英帝国の胃袋は 今も地下深くで 鈍く 重く 見知らぬ国の 祈りを咀嚼(そしゃく)している


分厚い扉の向こう側 並べられた黄金は もはや光ではない それは 凍りついた時間の集積 買えなかった薬 届かなかったパン 市場で触れた あの老女の乾いた指先


「政治」という名の天秤の上で 数字は踊り 命は削られる 正しさを語る口元から こぼれ落ちる白い息は 地下に潜れば 黄金の毒に変わるだろう


見よ 金塊は 溶ける夢を見ている 床を這い 壁を侵し 靴の底に絡みつき 所有という名の呪縛で 私たちを動けなくする


返せぬものは 罪か、それとも誇りか 静寂の中で 耳を澄ませば 金(かね)は 悲鳴を上げることさえ忘れた 誰よりも残酷な 雄弁さで満ちている


私は書く その重さに 名前を与えるために 白い息が ただの霧に消えてしまう前に この街の冷たさを インクに変えて


黄金は まだ沈黙している 世界が その重さに耐えかねて 軋(きし)む音を 立て始めるまでは


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