供養
@wasabishow
供養
私は地方の山寺で住職をしている。
うちの寺は観光客が訪れることもほとんどないし、由緒を誇るほどの歴史もない。ただ名を知っている人は多い。なぜなら、いわゆるいわく付きの品の供養をしているからだ。
いつ頃からそうなったのか、私自身もはっきりとは覚えていない。人形や鏡、古い数珠、写真やビデオテープなどが、時折送られてくる。理由は様々だが、
「捨てると祟られそうで怖い」
「持ってから不幸が続く」
そういった品が全国から送られてくる。
呪いというものは、それぞれに語られぬ事情を抱えて生まれる。だから私は、供養の場において理由を問わない。中身を確かめるより、決められた手順で送り出すことを大切にしていた。
ある年の初夏、梅雨入り前の湿った風が境内を吹き抜けていた日、差出人不明の荷物が一つ届いた。大きさの割にはずっしりと重く、送り状には何も書かれていない。こういうことは珍しくなかった。
箱を開けると中に入っていたのは一本の斧と白い封筒だった。
斧は古びており、刃は欠けが目立つ。柄の木は黒ずみ、長く使われてきた道具であることが分かる。山仕事か薪割りにでも使われていたのだろう。
同封されていた封筒の中には、便箋が一枚だけ入っていた。
「これを持ってから、夜眠れません。
何かが、私を見ている気がします。
どうか供養をお願いします。」
筆跡は震えていた。文字の形は整っているのに、線の太さが不自然に揺れている。何度も書き直したことが想像できた。
斧は、本堂の奥に安置した。
数日後、差出人だという男が寺を訪ねてきた。三十代半ばほどだろう。身なりは整っているが、顔色は悪く、目の下には濃い隈ができている。
「……あの、斧の件で」
彼は本堂に入るなり、深く頭を下げた。
私は茶を出し、必要以上のことは聞かないように心がけた。
「夜になると、夢を見るんです」
「夢、ですか」
「ええ。あの斧を手に持って、同じところを何度も繰り返すような……そんな感じで」
それ以上男は説明しなかった。説明できないからこそ、人は「呪い」という言葉を使う。
「斧を手放してからは、少しは楽になりましたか」
私がそう尋ねると、男は小さく頷いた。
「はい。でも、まだ……完全じゃないです」
捨てることは、できなかったのだろう。
男は一瞬だけ目を伏せた。
「……怖くて」
その言葉に、私はそれ以上踏み込まなかった。
供養は、男が帰った翌朝に行った。
いつも通りの手順だった。読経をし、斧を清め、最後は境内の炉で火にくべる。
木の柄は、乾いた音を立てて燃えた。
刃は赤くなるまで、少し時間がかかった。
すべてが灰になったとき、私は深く一礼した。供養は、滞りなく終わった。それで終わりだった。
供養から数週間が経ったある朝、私は庫裏で新聞を広げていた。地元紙の地方欄だった。普段なら、事件の記事には目を通さない。
「山間部の空き家で女性の遺体発見」
「頭部を中心に複数の損傷」
そこまで読んで、私は一度、新聞を置いた。
山奥の事件は、珍しくない。どれも似たような書きぶりだ。
もう一度、紙面に目を戻したとき、記事の脇に、小さな写真が載っているのに気づいた。任意で事情聴取を受けている人物。三十代後半の男。正面を向いた、はっきりしない表情。
その顔を見た瞬間、息が止まった。数週間前、本堂で向かい合った男だった。目の下の隈。伏せがちな視線。言葉を選ぶような、あの間。
写真の下には、短い説明が添えられていた。
「被害者の夫。容疑者として事情聴取」
「凶器が見つかっておらず、逮捕には至らず」
私は、記事の続きを読むことができなかった。写真だけが、紙面から浮き上がって見えた。
あのとき、男は言っていた。
――同じところばかり、何度も思い出す。
それは、呪いのせいではなかった。心霊現象でもなかった。私は、そのとき初めて、あの斧を凶器として思い出した。刃の欠け。黒ずんだ柄。長く使われてきた、あの重さ。
凶器が見つからない理由は、私の中では、すでにはっきりしていた。
新聞から目を離せずにいるうち、ふと、あの封筒の中の文章が頭に浮かんだ。
「これを持ってから、夜眠れません。」
それは、斧のせいではなかった。眠れなかったのは、夜になるたび、斧を振り下ろした瞬間を思い出してしまうからだ。
「何かに見られているような気がします。」
それは、曖昧な言い回しではなかった。見られていたのだ。斧を振り下ろした、そのあとも。倒れたまま動かなくなった妻の、開いたままの目に。
「どうか、供養してください。」
あの男が求めていたのは、斧の救済でも、妻の冥福でもなかった。警察に見つからない形で、二度と自分の前に現れない形で、消してほしいという依頼だった。
私は、そこでようやく理解した。あの手紙は、呪いを解いてほしいという依頼ではない。見返されない場所へ、消してほしいという願いだった。
私は新聞を畳み、しばらく動けなかった。本堂から聞こえてくる風の音が、誰かの呼吸のように感じられた。
秋の終わり、寺に一通の手紙が届いた。
差出人は、書かれていなかった。
中には、便箋が一枚だけ入っていた。
「ありがとうございました。」
それだけだった。供養の礼ではなかった。完全になった罪からの、挨拶だった。文字は、震えていなかった。
私は、その手紙を本堂で燃やした。なぜか、そうしなければならないと思った。
供養とは、罪を清めることではない。少なくとも、私はそう教わってきた。だが、あの斧を燃やしたとき、私は人を裁くための最後の拠り所を、自分の手で消してしまったのだ。
今でも夜、境内を歩くと思い出す。私の手は、あのとき一度、役目を誤った。
それ以来、私は供養を引き受けていない。
供養 @wasabishow
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